メール その3

 白金台駅から徒歩五分程の所にあるパン屋へ二人は入った。


「こんにちはー」

「いらっしゃい、アキラちゃん」

「友達のウミツキ君連れてきました。店長のアライさん」

 太鳳はカウンターにいる年配の女性に会釈をした。

「いらっしゃい」


 白と朱色のトレイがあって、明は朱色のトレイを取って太鳳に見せた。

「店内で食べる時はこっちのトレイ」


 明はトレイにどんどんパンを載せていく。

「そんな食えんの?」

「今日の夕飯分と明日の昼食分」

「ああ、ここで夕飯済ますんだ」

 うん、とか細い声で明は返事をした。


「じゃあ、俺もたまには外食にしよっかな」

「無理に付き合わなくてもいいよ。ウミツキは」

 海月は、お母さんがご飯を作ってくれるんだから。

「別に無理なんかしてないよ。実はパン屋入るの初めてだったりする」

「ほんと?」

「ほんと。だからこう見えて内心は結構テンション高い」


 太鳳はパンを優しくトングでつまみトレイに載せた。

「いいとこ選びましたね、ウシオさん」

 太鳳の柔らかな笑みが嬉しくて明もみるみる笑顔になっていく。

「でしょ。私のおすすめはこれ。食べてると顎がすごい疲れる」

「おすすめなのに下げてない?」


 ここのパン屋はカフェが併設されていて購入したパンをそこで食べる事ができる。二人は会計を済ませカフェの窓際の席に座った。


「アライさん、だっけ。仲良さそうだけど知り合い?」

「ほぼ毎日来てるからもうすっかりお得意さん」


「そんなにパン好きなん」

「好き。私が幼稚園児だったら将来の夢はパン屋さんって答えるくらい好き」

「高校生のウシオさんはなりたくないと」

「今は食べる方がいいの。作るのは任す」


 明はベーグルサンドに齧りついた。

「これは顎疲れない」

 太鳳は小さく笑った。

「それじゃあ私は顎が疲れるというおすすめのパンをいただきましょうかね」

 太鳳はBLTにかぶりついた。長い事咀嚼し、飲み込んだ。

「確かに疲れるわ。美味しいけど」

「でしょ」


 食後、明は得意げになってメールのやり方を太鳳に教えた。いつも享受する側だから教示できるのが嬉しいらしい。それを太鳳は茶化す事なく真剣に聞いていた。


「じゃあ、送ってみて」

「はーい」

 太鳳は明へメールの送信を試みる。

「きた」


 届いたメールを開くと「テス」とあった。

「テス?」

「『テスト』の『テス』」

「駄目。0点」

「んー、何が?」

「もっとちゃんとした文章を送ってきなさい。私が手本を見せてあげる」

「はぁ」

 どうせ碌な文章じゃない、と太鳳は確信していた。

「送ったよ」

 太鳳は届いたメールを開いた。


 ――こんにちは。はじめまして。私は汐明です。元CIA長官です。


 添付されたファイルを開くとなぜかカモシカの画像だった。


「……素晴らしいです」

「でしょ」

 太鳳は突っ込まなかった。明は満足げな笑みを浮かべている。


「やり方は分かった?」

「分かった」

「じゃあ、気が向いたらメールしてね」

「毎日業務連絡するんじゃなかったの」

「ウミツキがしたいならいいよ」

「したくないです」


「ウミツキが私に気持ちを伝えたくなったらメールして。そしたら直ぐ駆けつけるから」

「ああ、返信しないで直接来るのね。いよいよ何のためにメール教わったのか分かんなくなってきた」

 言って、太鳳は疑問に思う。気持ち?


「ね、夏休み何か予定ある? 一緒に遊ぼうよ」

「気の早いお嬢さんだな。まだ二か月先なのに」

「二か月なんてあっという間だよ。予定あるの、ないの」

「あるある、ありまくり。もしかしたら死ぬかもしれないくらいある」

「何があるの」

「秘密ー」

「あー、言えないって事はないんでしょ」

 太鳳は肩を竦めるだけで何も答えなかった。


「どこ行きたい? 海? 山? 宇宙?」

「お前、宇宙に行けるコネがあんのかよ」


「あ、またウミツキの家にもお泊まりしたい」

「お前すげえな。よく彼氏でもない男の家に泊まろうなんて思うよな。他の男にもそうなの」

「そんな訳ないじゃん。ウミツキが初めてだよ。友達の家に行ったのも小学生以来だし」

「マジ?」

「まじまじ」


 少し驚いた。いつも一緒にいる真希や祥子、咲の家にも行った事がないのだろうか。あんなに仲が良さそうなのに。取り敢えずは深入りせず気のない「へー」で流した。


「夏休みの予定に入れておいてね。私と遊ぶ事と家に泊める事」

 太鳳が黙り、明は焦った。

「あ、ごめん。嫌だったら断ってくれても、全然、平気……」

 どんどん声が萎んでいく明に太鳳は苦笑した。

「平気じゃなさそうに言うなよ。別に嫌じゃないって。ただこう見えて色々忙しいのよ」


 太鳳はスマートフォンを指した。

「暇できたらメールするよ。直ぐ駆けつけてくれるんだろ」

「うん、ドア開けたら目の前に立ってるから」

「こわ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る