お弁当 その1
朝六時。
スマートフォンの目覚ましが鳴り、画面をタッチして止めた。
明は上体を起こした。
寝起きのぼんやりした頭でも辺りを見れば直ぐに思い出せる。
そうだ。私、海月の家に泊まったんだ。
戸をそっと開けてダイニングを覗いた。
キッチンに立つ美里の姿が見える。明は和室を出て美里に挨拶をした。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい」
美里の手元を見ると弁当箱が二つ。お惣菜を詰めている最中だった。
「タオ君とお父さんのですか」
「そうよ」
美味しそう。明の羨望の眼差しが弁当箱に注がれる。
「アキラちゃんの分も作ろっか」
「いいの?」
「二人分作るのも三人分作るのも大して手間は変わらないから」
「嬉しい! ありがとう!」
「顔を洗いに行くでしょ。洗面所にタオル出しておいたから自由に使って。それとリュックはソファーに置いてあるから」
明はるんるん気分で洗面所へ向かった。
顔を洗い、タオルで拭いていると、ふとコップに入った二本の歯ブラシが目に留まった。
太鳳はこれを見てどう思っただろう。渋い顔をしてコップを睨む姿が容易に想像できる。今から顔を合わせるのが楽しみだ。
歯を磨いた後、歯ブラシをまたコップに戻した。
ダイニングに戻り、リュックを確認した。どこを触れても湿った感触はない。ちゃんと乾いている。寝室で制服に着替え、身支度をした。
七時少し手前、再びダイニングへ行くと賢二がいた。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れた?」
「はい」
明は昨日と同じ席に着いた。
みそ汁、卵焼き、ベーコン、納豆、漬物、こんな真っ当な朝食を食べるのは今年の春に祖母の家に泊まった時以来だ。
美里は茶碗にご飯をよそい、明と賢二に渡した。
「先に食べてて」と言って美里は二階へ上がった。太鳳がまだ起きてこない。
「タオ君、朝弱いんですか」
「んー、まあ」
なぜか煮え切らない言い方を賢二はした。
美里が下りてきてトースターにパンを入れ、暫くして太鳳も下りてきた。
「おはよう」と賢二。
「おはよう」と明。
「おはよぉございまぁす……」と太鳳。
辛うじて聞こえるくらいのか細い声だった。
太鳳はのろのろと洗面所へ向かった。丁度パンが焼けた頃に戻ってきて席に着いた。
パンにマーガリンを塗り、ちびちび齧っていく。
テンションが低い。学校でよく見る状態の太鳳だ。これでは歯ブラシの事を聞いてもいい反応は返ってこなさそうだ。
朝食を終え、太鳳は身支度のため自室へ戻った。その間に賢二が先に家を出て、明はテレビを観ながら太鳳が下りてくるのを待った。
制服に着替えた太鳳が下りてきた。相変わらずテンションが低い。
「へい、お待ち」
美里が二人分の弁当を差し出す。
「食べ終わったらタオに弁当箱渡して」
「ありがとうございます」
明は宝物を預かったように弁当箱をリュックに仕舞い、太鳳は無言で受け取りリュックに仕舞った。
玄関で靴を履いた。濡れた感触はない。靴もちゃんと乾いている。
「お世話になりました。ご飯とても美味しかったです」
明は美里に深く頭を下げた。
「気が向いたら遊びに来てね」
「はい」
太鳳は二人のやり取りを興味なさそうにぼうっと眺めていた。
「それじゃあ行ってきます」
明に続いて太鳳も「行ってきます……」と辛うじて聞き取れるくらいの声で言った。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
美里に見送られ、気持ちよく玄関を出た。昨日の雨が嘘のように晴れている。
「こっち」
太鳳が指した方へ歩き出した。
「お弁当作ってもらっちゃった。お昼が楽しみだ」
「そっすか」
「ウミツキのお母さん、素敵な人だね。お父さんも優しそう」
「ああ、自慢の両親だよ」
明は目を丸くした。
「何」
「ううん、何でもない」
まさかそんな素直な言葉が出てくるとは思わなかった。
「そういやお前、勉強道具はどうすんの」
「学校に全部置いてあるから大丈夫」
「ああ、そう」
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