最後の手紙 その2

 実家に着くと叔父の浩一こういちが迎えてくれた。

 祖母の遺体が安置された仏間へ通された。

 奈津子は祖母の顔に掛けられた面布をそっと取った。

 安らかな祖母の顔を見て亡くなった事を明はようやく実感した。

 奈津子が仏間を出た後も明はずっと祖母の傍にいた。


 その夜、小さなセレモニーホールで通夜が執り行われた。


 綺麗な子。

 あの子、モデルの昴って子じゃない。

 サインもらっちゃおうかしら。

 去年辞めたんじゃなかったっけ。

 宇野さんのお孫さんだったのね。

 言ってくれれば良かったのに。


 明は辟易した。参列者から聞こえてくるのは明の事ばかり。中には一緒に写真を撮らせてほしいと声を掛けてくる者もいて流石の明も嫌悪感が滲んだ。


 祖父が亡くなった時もそうだった。

 誰も祖母の死を悲しんでいない。私がいるせいでおばあちゃんが落ち着けない。

 明は隅の方でなるべく目立たないようにしていた。


 通夜振る舞いの最中、一人で控室にいると浩一が顔を出してきた。

「アキラちゃんもこっちに来て一緒にお寿司食べない?」

 明はかぶりを振った。

「私がいると、皆、私の話ばかりになるから」


 おばあちゃんの通夜なのに。


「じゃあ、こっちに何か持ってきてあげるよ。食べたいネタはある?」

「玉子」

「分かった。ちょっと待っててね」


 浩一は好きだ。祖父母の優しい性格を引き継いでいる。


 だがそう言ったきり浩一が中々戻って来ない。

 どうしたんだろう、と廊下を覗くと遠くの方に浩一と奈津子が見えた。

 何か口論しているように見える。明はそっと控室に戻った。


 暫くすると浩一が寿司を持って戻ってきた。

「ごめん、遅くなって」

「ううん、ありがとう」

 浩一の表情がどこか硬い。明は気付かない振りをして寿司に箸を伸ばした。


 通夜振る舞いが終わると奈津子が控室に現れた。

「私、東京に戻るわ」

「え、明日のお葬式は」

「どうしても外せない用ができたの。アキラはどうする」


 どうする? 明は気力を削がれていくのを感じた。


「……残る」

「そう。じゃあ、これ、帰りのお金」

 奈津子が一万円札を五枚差し出してきた。

 こんなにいらないのに。


「何かあったらコウイチに言いなさい。それじゃあね」

 奈津子は振り返る事なく控室を出て行った。

 明はのろのろと受け取った一万円札を財布に仕舞う。


 本当に大切な用事だったのかもしれない。

 千載一遇のチャンスが舞い込んできたのかもしれない。

 子どもには分からない大人の事情がきっとあったんだ。

 親の葬儀よりも大切な事が。


 そう自分に言い聞かせても失望してしまう。

 あの人に期待するなんて事、もうないと思っていたのに

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