最後の手紙 その1

 朝、家を出る間際、スマートフォンが鳴った。母の奈都子なつこからだった。


「もしもし」

「アキラ? お母さんだけどまだ家にいる?」

「うん、ちょうど今学校に行こうとしたとこ」

「あのね、おばあちゃんが亡くなったの」

「え……」


「私はこれから実家の方に戻るけどアキラはどうする」

「行く」

 食い気味で答えた。


「じゃあ、一度家に戻るからそこで待ってて」

 通話が切れた後、明は少し玄関で立ち尽くしていた。


 ダイニングでひっそり待っていると奈津子が慌ただしく帰ってきた。

「おかえり」

「ただいま。二、三日休むかもしれないから着替えも用意して」

「お父さんは?」

「あの人が来る訳ないでしょ。学校に連絡は入れた?」

「あ、まだ」

 そういえば真希達にも伝えてない。

 祖母が亡くなったから休むと短くメッセージを入れた。


 奈津子の運転する車に乗って横浜へ向かった。

 道中、聞くところによると、祖母は先週から風邪をこじらせて入院していたらしい。それが明け方に容態が急変し、そのまま息を引き取ったそうだ。

 けど多分、寿命でしょうね。奈津子はぽつりと言った。

 何となく予感はしていた。ずっと便りがなかった。


 小さい頃から祖母と祖父が大好きで、奈津子が実家へ帰省する時には必ず付いて行った。二人と別れるのが嫌で、その度に明が大泣きするものだから奈津子は困った。


 仲睦まじい夫婦だった。互いを愛し尊敬していた。明の二人が好きな理由だった。

 明の性格は二人の影響によるものが大きい。心を込めて感謝を伝えるのは祖母の教えだった。


 奈津子が帰省する事がなくなった今も明だけは長期休暇の際に訪れていた。

 明の数少ない楽しみの一つだった。

 だが去年、祖父が亡くなり祖母の元気がみるみる無くなっていった。家に引きこもりがちになり体調を崩す事が多くなった。


 祖母を元気づけてやりたい。独りにしては危険だと思った。

 できる事なら毎週末でも顔を出してやりたい。だが当時の明はモデル業に追われそんな余裕がなかった。


 このデジタル全盛期に於いて直接会えずとも交流する手段などいくらでもあるが、祖母は機械に疎く、携帯電話も電話を掛けるくらいにしか使いこなせず、またそういう明も機械に疎かった。


 困り果てた明は真希に相談した。デジタルや文明の利器を使わずして何か交流できる手段はないか、と。

 真希は呆れながら一言。


「手紙」


 明と祖母の文通が始まった。

 その日起きた出来事、真希の事、祥子の事、チョコパフェが美味しかった事、モデルの事、学校の事、何でも書いた。時には写真を同封し、時には自分が載っている雑誌の切り抜きを同封した。


 どんなにモデル業が忙しく、学業に追われても手紙を書く事だけは怠らなかった。

 祖母も明に返信するため、祖父がいた頃のようにとまではいかないまでも、少しずつ色々な事にまた関りを持ち始めた。

 そのさまが文章に綴られている事が嬉しく、文通を始めて良かったと明は心から思った。


 手紙は祖母だけでなく明の活力にもなっていた。

 次の返事はまだかと郵便受けを覗くのが楽しみだった。


 けど、それももう。

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