クラゲ その3

 カフェオレとオレンジジュースどっちにしようか。

 明は自販機前で少し悩み、ボタンを同時に押して出てきたのはオレンジジュースだった。


 さて教室に戻るかと踵を返して固まった。目の前に黒田がいた。

 その後ろには黒田の友人が三人。八つの鋭い眼光が明を射る。


 これはまずい。


 明は一縷いちるの望みにかけ、頭を下げつつ黒田の脇をすり抜けた。


「あのさぁ、ちょっといい?」


 よくないです、とは流石の明も言えなかった。

 従わざるを得ない。四対一ではあまりにも分が悪い。


 人気のない校舎裏へ連行され、四方から罵声を浴びせられた。貶され、悪態をつかれ、言いがかりをつけられた。

 明はぐっと堪えた。

 これが黒田の八つ当たりなのは分かっている。

 この程度の誹謗中傷は言われ慣れている。暴力を振るわれないだけましだ。

 とにかく今は黒田の気が済むまでじっと耐えるしかない。


「あ、いた」


 男子の声だった。全員が振り向くとそこにいたのはクラゲだった。


「ウシオ、お前、化学のノートの提出当番だろ。早く持ってけよ、先生怒ってたぞ」


 そこまで言って、この状況の異様さに気付いたのか怪訝な目で周りを見た。

「何してんの」

 黒田達は気まずげに沈黙している。


「えっと、直ぐ行く」

 明は頭を下げ、今度こそ黒田の横をすり抜けた。

 校舎に入って溜息が漏れた。運が良い。ノートの提出当番だったのを忘れていたおかげで抜け出す事ができた。


「あれ」


 そういえばいつの間にかクラゲがいない。


「シオ!」

 呼ばれた方に振り向くと真希と咲だった。

「あんたどこの自販機まで買いに行ってたの。一向に戻ってこないから心配したじゃん」

「あ、うん、ごめん。私、化学のノートの提出当番だったのすっかり忘れてて」

「化学? 今日化学の授業なんてないよ」

 咲が小首を傾げた。

「え……、あ」


 クラゲが助けてくれた事に気付いた。


「でも良かった。クロダ先輩に捕まってた訳じゃなかったんだね」

 咲はほっと胸を撫で下ろした。


 実は捕まっていました、とは言えない。

 本当の事を話せばこの二人ならきっと怒って黒田の所へ向かって行く。


 教室に戻ってもクラゲの方はまだ戻っていなかった。

 お礼を言わなきゃ。

 だがそういう時に限ってタイミングが合わない。

 結局、放課後になってもクラゲに礼を言えず、そのまま学校を後にしてしまった。

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