四人分の過去 その6

「こちらアズマショウコさん。私の友達」

「……どうも」


「こちらヤナセマキさん。私の友達」

「……どうも」


 祥子も真希も何だか極まりが悪くて動けない。

 当の明は満足げに、にこにこ笑みを浮かべているだけ。


 真希は溜息が漏れた。

 強張っていた肩の力が抜けていく。

 クラスが別になって不安だったのは真希も一緒だった。

 明を囲う人だかりを見てずっと心配で堪らなかった。

 だがこの能天気な面を見る限り心配なさそうだ。

 きっと目の前にいる彼女のおかげだ。


「よろしく、アズマさん」

「ショウコでいいよ。私もマキって呼ぶから」


 祥子も苦笑いを浮かべていた。

 まさか本当に友達の紹介だったとは。

 でも彼氏やスカウトマンを紹介されるよりずっと嬉しかった。

 明が自分の事を友達と言ってくれた事が何より嬉しかった。


 祥子の高校生活は順風満帆だった。


 真希とも直ぐに打ち解けられた。言葉遣いが荒く一見取っ付き難そうに見えて根は優しい。忙しく明の世話をする姿を見て「お前はおかんか」と思った。


 楽しい毎日だった。

 だがふとした瞬間に中学時代を思い出しては自己嫌悪に陥った。

 今まで築いてきた人間関係を全て捨てて東京へ逃げてきた。

 別れも告げず、音信不通になったアタシを皆はどう思っているだろうか。

 怒っているだろうか、憎んでいるだろうか。


 アタシには友達がいないとずっと思っていた。けれどもそれはアタシの主観であって相手からしたらきっとアタシは友達だった。

 アタシがもう少し他人を信頼できていたのなら。

 今更そんな事を考えても意味がないのにそれでも同じ事を延々と考えてしまう。


 アタシは弱くて、臆病な人間だ。明を見ているとより強く感じてしまう。

 祥子は明が眩しかった。自身がカリスマモデルだからとそれを鼻にかける事なく、誰が相手だろうと飾らず等身大の自分を見せている。

 それは祥子がしたくてもできない事だった。


「アタシ、中学の時の友達全部捨ててここに来たんだよね」


 明と何気なく会話をしている時だった。

 ふと鍵をしていた心の声が漏れてしまった。

 しまった、全くの無意識だった。だが止まらなかった。ずっと溜め込んでいたものが堰を切ったかのように次から次へと言葉になって溢れてくる。

 明は黙ってそれを聞いていた。


 言い終わって、言ってしまった事を後悔した。

 その場凌ぎに明るく振舞って無理やり話題を変えた。

 自分の笑顔が引き攣っているのが分かる。


 重いと思われただろうか、引かれてしまっただろうか、アタシを嫌いになっただろうか。


 明は何も言及してこなかった。表情も態度も変わらない、いつもの明だ。

 あまりにもいつも通り過ぎて話を聞いていたのかと疑いたくなる。

 勿論聞いてなかった方が助かるが。


 その日の学校帰り、別れ際に明がぽつりと言った。


「私はショーコと出会えて良かったよ」


 はっとして振り向くと、明は祥子を真っ直ぐ見つめ、柔らかな笑みを湛えていた。


「ショーコが友達になってくれて嬉しかった」


 祥子は言葉が出なかった。明は胸元で小さく手を振った。


「ばいばい、また明日」


 家に帰り、少しだけ泣いた。

 明は祥子の行いに対し肯定も否定もしなかった。ただ自分の気持ちを素直に伝えただけだ。

 だがその言葉は祥子がその時、一番掛けて欲しかった言葉だったのかもしれない。


 明は祥子を頑張り屋さんなんだと思った。

 きっと頑張りすぎて無理をしてしまったんだ。


 明は放任主義だ。

 自身のコミュニティであろうと深く干渉しない。来る者は拒まず、離れる者も拒まず。それが人間関係でストレスを溜めない明なりの処世術だった。


 対して祥子は博愛主義だ。

 自分の手の届く範囲なら誰であろうと手を差し伸べる。

 輪の隅っこで黙っている子がいたら声を掛けてあげる。

 自分だけ楽しければいいとは思わない。

 自分が楽しくて周りのみんなも楽しければ最高だ。

 それを実現させるだけの力を祥子は持っていた。結果こそ理想は理想のまま頓挫してしまったが。


 明は思う。

 友達に黙って東京へ進学した事を気にする必要はない。

 祥子を本当に友達と思っているのなら、黙っていた事を本当に怒っているのなら、祥子の実家を訪れ、祥子の行方や連絡先を尋ねるくらいはするはずだ。

 それがないという事は所詮その程度の関係性だったという事だ。


 まだ短い付き合いだけれど祥子の良いところは沢山知っている。中学の同級生より私の方がずっと祥子を理解している自信がある。

 意地悪な言い方だが祥子がここへ逃げてきてくれてよかった。

 おかげで友達になれたのだから。

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