四人分の過去 その5

「マキに会わせたい人がいる」


 神妙な顔をして明は真希に言った。


「会わせたい人? 誰?」

「えっと……」

 何と言えばいいだろう。真希を驚かせてやりたい。

「……とにかく会ってほしい。放課後時間空けておいて」

 ボロが出そうなのでそう言い残し、早々と退散した。


 真希は不安になった。

 明が誰かに会わせようなどこれまで一度もなかった。もしかしたらただ事ではないのかもしれない。


「ショーコに会わせたい人がいる」


 神妙な顔をして明は祥子に言った。


「会わせたい人? 誰?」

「えっと……」

 何と言えばいいだろう。何だか急に照れ臭くなってきた。

「……とにかく会ってほしい。放課後時間空けておいて」

 ボロが出そうなので言うだけ言ってさっさと話題を変えた。


 祥子は胸が高鳴った。

 改まって言うくらいだから友達の紹介なんて事はないだろう。明が内緒に付き合っている彼氏か、はたまた明が所属している事務所のスカウトか。

 明と比較対象にならないまでも祥子も美人だ。芸能界に遠く憧れていたがまさかのデビューチャンス到来か。


 どちらにせよ明が自分を気に入ってくれているのは確かだ。それが何よりも嬉しかった。

 祥子もまた自身を明と重ねていた。

 明のようなカリスマ性はないが、祥子も中学時代は持ち前のコミュニケーション能力でクラスの中心人物に君臨していた。

 明と違うのは周りが祥子に気を遣っていたのではなく、祥子が周りに気を遣っていた事だ。

 人の表情や場の空気を敏感に察知し、時にはリーダーシップを発揮し、時には道化を演じたりもした。


 祥子は人を嫌うのが苦手だった。勿論嫌いな人はいる。

 だが自ら進んで人を貶したり陥れようなどとは思った事もなければした事もない。他人の口からだってそんな事は聞きたくない。

 火の粉が降りかかるようなら話は別だが、苦手な人だと感じたら直ぐに傍を離れて極力関わらないようにしている。そんな事のために自分の時間を費やすのは馬鹿らしい。


 だがいつしか人を気遣う事が嫌になってしまった。

 良い人間関係を維持するためにずっと仮面を被って生きてきた。気付いた時には本音を語れる相手がいなかった。

 心から信頼できる相手がいない。友達がいない。

 けど今ここで仮面を外す事もできない。

 自分の築き上げてきた地位を今ここで捨てる事など怖くてできない。

 息苦しくて堪らないのに。このままのアタシではいずれ窒息死する。


 もう、限界だ。


 親に無理を言って高校は県外を受験させてもらった。

 誰にどこを受験するのかと聞かれても曖昧に取り繕って決して答えなかった。祥子はこれまでの人間関係を全て断ち切るつもりだった。


 東京の高校に無事合格し、親元を離れ一人上京した。

 こちらに来る際、地元の知り合いとの連絡手段は全て絶った。

 自分を慕っていた子達を思うと罪悪感で胸が一杯だったがそれでも二度と会いたくなかった。


 入学式当日、自宅を出る前に鏡に映る自分に言い聞かせた。


 今度は絶対無理をしない。ありのままの自分でいるんだ。

 そして今度こそちゃんと友達を作る。


 学校に着くと何だか妙に騒がしい。あちこちから「スバル」というワードが聞こえてきた。


 入学式は非常に散漫な空気の中で執り行われた。

 在校生も、新入生も、その保護者も、教師陣さえも、ある一人の新入生に関心を寄せていた。


 祥子も一応は壇上で式辞を読み上げる校長へ視線を向けていたが、本当は左を向きたくて仕方がなかった。


 アタシの隣にあのカリスマモデルの昴がいる。クラスが一緒だった。

 こんな奇跡があるのだろうか。まさか同じ高校を受験していたなんて。

 祥子は胸の高鳴りが抑えられない。チャンスだと思った。

 昴と友達になりたい。

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