四人分の過去 その3
明からモデルになると聞かされた時は驚きよりも不安が勝った。
明ならなれて当然だし、彼女のルックスとカリスマ性ならモデル界の頂点を狙える。
だがそんな事より、明が仕事と学業を両立できるかどうかの方が気掛かりだった。
無理だった。
モデルになってからの初の中間考査で明は見るも無残な成績を収めた。
デビューして間もなく人気に火が点いた明は仕事漬けの日々で勉強どころではなかった。「大丈夫。次はいける、いける」と妙な自信を見せる明に眩暈がした。
日常的な遅刻、早退、欠席。勉強に遅れが見え始める。真希は焦った。
この時中学三年生、受験生だった。
真希が志望する私立高校は真希の偏差値ならば十分合格できるラインにある。
真希の偏差値ならば。
「私もマキと一緒のとこ受験する」
明も真希と同じ志望校だった。
理由は真希が行くから。それを聞いても嬉しくはなかった。
将来やりたい事は特にないし漠然とした未来しか思い描けない。先の事がわからなくても真希は自分なりに調べて自分の意志で受験する高校を決めた。
仲の良い子が行くから私も行くなんて、そんな安易な決断を明にしてほしくなかった。
「私にとっては一番大事な理由なんだけどな」
明がぽつりと言った。
「マキと離れたくない」
学校が別々になるからって疎遠になる訳じゃない、と喉元まで出かかって呑み込んだ。
真希も気付いていた。明には私しか友達がいない。
皆、明に気に入られようと媚びてくる。まるで明を名門ブランドのように扱い、明を身に着ければ、さも自分の価値が高まると勘違いしているようで腹立たしかった。
それを明が寂しく思っているのも知っている。
本来、明は真希と同程度の学力がある。だが株価が大暴落したが如く明の偏差値は下がりに下がっている。
仕事でまともに受験勉強もできていない現状で合格なんて夢物語だ。
仮に合格したとして明がいつまでモデル業を続けるつもりなのかは分からないが、学校の授業にちゃんと付いてこれるのだろうか。仕事と学業の両立ができる高校を選ぶべきではないのか。
私が本当に明を思っているのならそう言ってあげるべきではないのか。
真希は悩みに悩んだ末、明の意思を尊重する事にした。結局のところ真希も明と離れたくなかった。
とはいえ真希だって同じ受験生。正直、他人を心配している余裕はない。
全ては明の頑張りに掛かっている。受験という事を考慮され、仕事を抑えてもらっているらしいがそれでも学校を休みがちである事に変わりはない。
せめて一緒にいられる時くらいは、と真希はこれまで以上に明を献身的に支えた。
真希の熱心過ぎるサポート姿があまりにも板につきすぎて、そのうちニックネームが「お母さん」から「マネージャー」へと昇華した。
それで呼ぶと真希はやっぱり怒るので明は呼ばなかったが、真希ならやっぱりいいお母さんになる、と密かに思った。
そして明の努力は実を結んだ。
合格発表当日、張り出された一覧表に明の受験番号が載っていた。
自分でも驚いた。何度も手元の番号を見返し、見間違いでない事を確認した。
「あった! あったよ、シオ! やったじゃ~ん! あ~、よかった~! すごく頑張ったもんね~、偉かったね~」
真希は自分の番号を見つけた時以上に喜んだ。明を抱きしめ、まるで子供をあやすように褒め称えた。
やっぱりお母さんだ、と明は可笑しくなる。
真希はぶっきらぼうな性格をしているようで誰よりも情に厚い。明は真希のそんなところを気に入っている。
真希と出会えて良かったと心から思う。
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