汐 明 その4

「一番の解決はシオが男をつくる事だけどな。トキタ先輩以外の」

 ふと真希がそんな事を言った。


「そりゃ間違いない。ウッシー今気になる人とかいないの」

「いないねぇ」


「好きなタイプは」

「考えた事もないな」


「今まで付き合った男はどんなタイプだった」

「付き合った事ない」


「うっそ、初恋は?」

「ハツコイって……鯉の一種?」

「うおぉ、天然記念物級の生娘がここにいたぁ」


「こいつ昔っからそういう欲がないんだよ」

「皆無と言っていいね」

「いがーい、でもないな。ウッシーなら何か納得」


「もし私が男だったら、サキとかショーコみたいな子と付き合いたいって思う事はある」

「ほんと? 嬉しい!」

 咲が満面の笑顔を咲かせた。

「サキとショウコって事は、小動物系かうるさい系がタイプって事か」

「もっとポジティブな形容詞で例えろや!」

 祥子が憤慨した。

「うるさいのは嫌だな。ごめん、やっぱショーコとは付き合えないわ」

「何で勝手に振られてんのぉ?」


「じゃあ、小動物系か」

「サキより可愛い小動物がこの世に存在するとは思えないな。ましてや男に」

 明は後ろから咲を抱き寄せ、恋人のように微笑み合った。それを見て真希が投げやりに言う。

「あんたらお似合いだよ。付き合っちゃえば」

「恋愛するなら男がいい」と明。

「私も」と咲。

「あぁ、そう」


「ウッシーなら選り取り見取りなのになぁ。生涯独身街道を行くのかい」

「私、独身界の黒柳徹子を目指すわ」


「アキラちゃん、人と違う感性をしているから、まだ波長が合う人と巡り会えてないだけかもしれないよ」

「ウッシーのアンテナに引っかかりそうな人ってやっぱ変人かな」

「その説でいくと、ショーコは変人にカテゴライズされるけど」


「ウミツキは? あいつ変わってるでしょ」

 真希が思いついて言った。


「誰それ」

「うちのクラスの遅刻魔」

「あー……、あの人ウミツキって言うんだ。みんなクラって呼んでるよね」

「クラゲだからクラ」

「クラゲ? ……あぁ、『海』に『月』で『海月』?」


「相変わらず人の名前覚えないな。うちの学校じゃあんたに次いで有名人なのに」

「そんなに?」

「うちの学校で初の不良が出たって」と祥子が言い継ぐ。

「へー、そんな悪い人なんだ」

「ウッシーが思ってるような不良じゃないよ。遅刻が高じてそう呼ばれてるだけ」

「うちみたいないい子ちゃんが集う私立じゃ不良扱いされるけど、そこらの公立じゃ、ただのありふれた不真面目生徒」

 

「去年単位足りなくて進級できるかどうかの瀬戸際だったらしいじゃん」

「遅刻だけで?」

 祥子が指を一本ずつ伸ばす。

「遅刻、早退、欠席の欲張り三点セット」

「去年の私だ」

「シオの場合は仕事で仕方なくでしょ」


「どう? ウッシー。こんな優良物件滅多にないよ」

「今までの話の中に優良物件の要素あった?」


「何かセールスポイントないの、マキ」

「教師陣にマークされ、何度も生活指導に呼び出されてるのに、それでもサボり続けるという強靭な意志力を持ってる。あと顔も悪くない」

「意志力って言葉いいね。かっこいい」

「食いつくのそこかよ」

 祥子が突っ込む。

「じゃぁ私は『恋愛に興味なし』という意志力を持ち続ける」

「だめそうだ、こりゃ」

「そもそも彼氏候補にウミツキを挙げる時点で終わってる」

「マキが言ったんだろー」

「私はウミツキ君いいと思うよ」

 咲の言葉に真希と祥子は目を丸くした。


「ウミツキ君、誰に対しても分け隔てなく接するんだよ。それって中々できる事じゃないからすごいなって思う」

「よく……ご存知で?」

「何、サキってウミツキと接点あったの」

 祥子の疑問を真希が言い継いだ。

「うん、同じ中学だったもん。三年間同じクラスだったし、席が隣だった事もあるから結構話してた」

「あぁ、そうなん」と祥子は納得する。


「立場とか肩書だけで人を量るような人じゃないから、きっとアキラちゃんの事もアキラちゃんとして見てくれると思うよ」

「……そういう人なら、ちょっと興味ある」


「おやぁ……」

「これはぁ……」

 真希と祥子が互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。それを見て明は慌てて言葉を付け足した。

「彼氏とかは分かんないけど友達とかにはなれる、かも」

「そうですかぁ、そうですかぁ」

「いいんじゃないですかぁ」


 含み笑いをする二人に不安を覚え、明は堪らず念を押した。

「ねぇ、くっ付けようとか変な画策しないでよ?」

「分かってるよ。ウッシーが本気で嫌がる事はしないよ」

「むしろこっちがあんたに困らさられる事の方が多い」

「ごめん……」


 かしこまる明を見て真希はふと柔らかく笑む。

「ま、退屈しないからいいけど」


 間もなく次の駅に着くとアナウンスが流れ出した。次第に電車の速度が落ちていく。真希がバランスを崩さないようにポールを掴みながら言った。

「先行ってて。私、クロダ先輩に言ってくる」

「私が本気で嫌がる事はしないんじゃなかったの」

「あんたの為になる事は例外」


 ドアが開くと真希は駆ける勢いで外へ出た。人混みをぐいぐい掻き分け直ぐに姿が見えなくなる。そんな真希に祥子は感心してしまう。

「行動力のお化けだな、ありゃ」

「マキちゃんのいいところだよね」


 私にはマイナスに働いているけど。そう思いはしても口にはしない。

 明はこの三人が心から明を心配し、明のために動いてくれている事をちゃんと分かっている。

 明は自分が幸運だとつくづく思う。

 僅か十六歳で心から信頼できる友人が三人もできたのだから。

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