汐 明 その3

 黒田くろだ玲子れいこ戸北ときた彰吾しょうごは明達の通う高校の一つ上の先輩だ。その黒田は戸北に好意を寄せ、戸北は明に好意を寄せていた。


 ひと月前、明は戸北に告白され、それを断った。だが黒田にチャンスが回ってこない。なぜなら戸北がまだ明を諦めてないからだ。


 戸北の目には今も明しか映っておらず、黒田の事など眼中にない。


 二人の間に割って入る事もできず、永遠に来ないであろう自分の番を、指を咥えて待ち続ける。恐らく戸北が完全に明を諦めたとしても、私に振り向いてくれる事はない。

 そんな予感がしながらも、黒田もまた戸北を諦めきれずにいた。


 日に日に増していく明への嫉妬。明へ向けられる眼差しも次第に鋭くなっていく。


 だが明は慣れている。

 人から嫉まれる事を。これまで一体どれだけの人から嫉まれ、敵意を向けられてきた事か。

 理不尽に慣れるなと咲は言うけれど、明に降りかかる理不尽はそれこそ理不尽なくらい多いのだ。一つ一つ対応していてはきりがない。


 明は美しい。誰よりも。『絶世の』だとか『千年に一人の』だとか明にはまさにそれが当て嵌まる。街を歩けば必ず声をかけられるし、すれ違う人は皆振り返る。

 黒田も美人の類だが相手が悪すぎた。


 明は十四歳から十六歳までの二年間、「昴」という名前でファッション誌の専属モデルをやっていた。


 顔がいいだけではこの世界でやっていけない、上へ上り詰める事ができるのはほんの一握りだけ。

 周りからそう聞かされていたし、明自身もそんな甘い世界ではないと十分承知のうえで門を叩いた。


 だからデビューして直ぐ人気に火が付いたのは明も予想外だった。それも皮肉な事にファッション誌からではなく自身のSNSがきっかけだった。

 元々自己顕示欲が薄く、トレンドに疎く興味もない明にとってSNSは無用の長物だった。

 しかしモデルとなった今、それではいけないと(事務所からの指示でもあるが)渋々始めたインスタグラムとツイッターのフォロワー数がたったの一週間で一万を超えた。


 明の写真が瞬く間に拡散され、この美少女モデルは誰なんだと話題騒然となった。

 バズるとはこういう事かとぼんやり思っているうちにフォロワー数は百万を超え、何年も下り坂だったファッション誌の発行部数が急回復、マスメディアがこぞって「昴」の特集を組み、日本中にその名を知らしめた。


 それからは目まぐるしい毎日だった。

 高校に進学できたのが奇跡だったと我ながらに思う。

 仕事と学業の両立は極めて困難だったがそれでも充実した日々だった。

 この仕事は自分に向いている。

 

 ようやく一息ついて周りを見渡すと誰もいない。

 気付いた時にはモデル界の頂点に立っていた。

 そこで初めて自分の美貌が他を凌駕しているのだと自覚した。

 

 僅か二年で隆盛を極め、そして僅か二年でモデル界を去る事になる。

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