海月 太鳳 その1

「ただいまー」

 玄関で独り言のような小さな声でクラゲは言った。

 靴を脱ぎ、框を上がり、振り向くと明はじっと突っ立ったまま動かない。


「上がれよ」

「でも床が濡れちゃう」

「後で拭けば済むだけの事だろ。いいから上がれって」

 明は遠慮がちに框を上がった。つま先立ちでクラゲの後を追う。

 向かった先は脱衣所だった。


「取り敢えずシャワー浴びて身体温めろよ。身体洗いたければボディーソープとか使っていいし。タオルはそこの二段目の引き出し。ドライヤーはそこ。着替えはお母さんに用意してもらうから」

「あ、着替えならある」

 胸に抱えたリュックを示した。

「それ中大丈夫なん?」

「えっと」

 横を向いてリュックの中身を確認した。

「濡れてる」

「……お母さんに用意してもらうわ」


 ごゆっくりー、とクラゲは脱衣所を出ていく。

 残された明は一人その場に佇んだ。


 急にドキドキしてきた。クラゲの勢いに押され付いてきてしまった。

 思えば同級生の家に来たのは何年ぶりだろう。それも男の子の家に来たのは初めてだ。ましてやシャワーを借りる事になるなんて。


 改めてリュックの中を確認すると下着は濡れてなくてほっとした。

 とにかくここでじっとしていても風邪を引くだけだ。

 ここは厚意に甘えさせてもらおう。明はシャツに手を掛けた。


 シャワーを浴びていると、すりガラスの戸の向こう側に人影が見えた。

「もしもーし」

 女性の声。

「着替え籠の中に入れておくねー」

「ありがとうございます」


 ごゆっくりー、とクラゲと同じ事を言って脱衣所を出て行く。

 母親だろうか。

 浴室からそろりと出て籠の中を確認した。

 半袖のシャツにハーフパンツ。クラゲの物の気がする。

 抵抗がない訳ではないが袖を通してみた。クラゲは細身の体系をしているがそれでも大きい。

 これが男の子のサイズか、となぜか感慨深かった。

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