クラゲ その1
改札を抜けた先で待っていると渋い顔をした真希が直ぐにやって来た。
「あの女、逃げやがった」
明の顔が弾けたように明るくなる。
「ここ最近で一番いい顔してる」
祥子は苦笑した。
「失敗した。折角のチャンスだったのに。もっと慎重にいくべきだった」
「くっそー、ビシッと言ってやりたかったのになーっ! ほんと残念!」
「そこまで言うんだったら、何が何でも話し合いの場をセッティングしてやる」
「嘘です、ごめんなさい。マジやめて」
「取り敢えず行こ。学校遅れちゃう」
咲に促され、明達は歩き出した。
「ねぇ、私は気にしてないんだから放っとこうよ」
「だからそんなに嫌なら私が言うって言ってんじゃん」
「じゃあ、トキタ先輩の方は?」
前を歩く祥子が振り向いて言った。
「そもそもの原因はトキタ先輩がウッシーを諦めてない事にあるんだから、ちゃんと事情説明して今度こそ諦めてもらおうよ。そしたらクロダ先輩も落ち着くかもしれないし」
「何だ、急にショウコがやる気出した」
「アタシはいつだってヤル気マンよ。なんならアタシが説明するし、ウッシーは隣で置物になってればいいから」
「それだったら、まあ……」
「では放課後、トキタ先輩でよかですか」
「よか」と真希。
「よか!」と咲。
「よ、か……」と明。
「決まりね。そしたらアタシがトキタ先輩にアポ取り付けておくから」
長引くと判断した祥子の折衷案だった。
今も変わらず調整役を買って出る祥子だが、中学時代と違うのは明達のためなら苦ではないという事だ。
学校に着き、明は教室を見渡してみたがクラゲはいなかった。
今日も遅刻か、欠席か。まあ、どちらでもいい。
友達になれるなんて正直思ってない。
咲のお墨付きがあったからどんな人か少し気になっただけだ。
彼の話題を口にしたらきっとまた真希と祥子に冷やかされる。
ホームルームが始まってもクラゲは来なかった。
二時間目の授業が終わり、束の間の休憩時間、真希達と話していると教室に入って来るクラゲが見えた。気だるげな足取りで自分の席へ向かう。
「お、クラが来た」
他の男子もクラゲに気づき、声を掛ける。
「何だ、今日も殿様出勤か」
クラゲは自分の席にリュックを置き、冷やかす声の下へ向かって一言。
「図が高い!」
大名の如く一喝した。
「家臣共よ、二時間目までの授業のノートを余に献上せい」
「おい、謀反しようぜ。ウミツキの者に一切ノートは見せるな」
「お願いします、どうかこの私めにノートを貸して頂けないでしょうか」
「へりくだんの早すぎだろ、ほれ」
「お前のはいい。字汚いし。どうかヨコタニ様のノートを貸して頂きたく……」
「謀反だ! 謀反! ヨコタニ絶対こいつにノート貸すな!」
楽しそう、と遠目で眺めていた明は思った。
確かに不良という感じではない。どこにでもいる普通の男の子に見える。
「ヘイヘイ、その熱い視線は誰に向けられてるのかなー?」
「クラゲ君は中学の時から遅刻の常習犯だったの」
からかう祥子を無視して咲に訊ねた。
「うん、二年生になって直ぐだったかな、遅刻とかよくするようになって、一か月くらい学校休んでた事もあった」
「病気?」
「らしいけど、ウミツキ君から直接聞いた訳じゃないから本当のところは分からない」
「ふぅん」
「そんなんでよく受験合格できたね」
真希が尤もな疑問を口にした。
「裏口入学?」
「あほか」
明の軽口を真希は一蹴した。
ノートを借りる事ができたらしい。クラゲは自分の席へ戻っていった。
早速ノートを写しにかかるのかと思いきや、机に突っ伏して動かなくなった。
「あ、死んだ」
「ウミツキって身体弱いの? いっつも疲れた顔してる」
真希が訊ねると咲は首を傾げた。
「分からない、病気でそうなったのかも」
授業が始まるまでクラゲは起き上がらなかった。
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