第8話 バズるための第一歩!天真爛漫ショート動画!

短い動画の可能性。以前であれば、ただ可愛い女の子達が思い出として、動画投稿サイトに投稿するだけだった。今となっては、自身の動画チャンネルに誘導するためのキッカケを与えるための導線、あるいは特定の概念を若い人に植え付けるために刺激的なワードを言葉巧みに操り危機感を扇動するなど、様々なマーケティングで使われるようになった。

情報としての質量が増えてくる中、敢えて質量を抑えた短い動画というのもわりとありかも・・・。


時刻は深夜の2時。

アウトソーシングサイトで、年齢別に募集したレポートを見ながらも、自身で動画を研究する。今の時代『時間』の切り売りなんて大した問題ではない。

『情報』の切り売り。これが暗黙裡で行われている現代は大変異常であると私は常に思っている。

一人の情報を吸えるだけ吸い尽くす。そして、対価として仕掛けておいた甘い罠である現金を渡すわけだが、吸い尽くした情報をもとにさらに次の罠に引っ掛けていく。

好みなどのパーソナルデータを全て把握したプレイヤーは、ライバルに負けることなくターゲットを永遠に囲い続ける。『情報』は抜いたら最後。ターゲットが得たものを全て、見えない流砂に落として掌握していくあまりにも悪質な時代だと感じるのだった。






「リンちゃんおはよ!」


時刻は午後1時。休日はほぼ家をでない生活の私は今日は外に出る予定ができた。

自転車に乗りながら、あたりをよく観察する。


休日ということもあり、駅に近い流行りのパンケーキ屋は行列ができていたり、マスメディアにも取り上げられた定食屋はやはり今も混んでいるようだ。


「おはよ!涼香ちゃん。」


閑話休題、待ち合わせ場所の公園に辿りつくと、涼香はすでに到着しており

手を大振りに振っていた。


彼女はアクションカムつきの帽子を身に着け、スポーツブランドの服を

身に纏っていた。


公園の入り口に自転車を停めて、彼女のほうへ向かう。

停めた自転車の隣には、誰が使ってるのかもわからないくたびれた自転車が置いてあった。


「じゃあ来週のマラソンに向けて、、走っていこ――!!!」


すごい元気である。私は布団から出るのに精一杯だったが、彼女といるとその気持ち

もふっとびそうだ。


「私、ランニングなんてしたことないからすごい新鮮かも。」


不思議とカメラはあるのに、昨日のような緊張がない。

カメラと向かい合ってないからなのか、朝で意識が朦朧としているのかはわからない。

ペースを完全に合わせてもらってることを実感しながら、涼香と世間話をしながら脚を前に進めていくのだった。


「そうなんだ。私はなんか嫌な気持ちとかになった時とかによく走るんだ。」


「でもそんな時にね。全力で短距離とか走ると意外と嫌だった気持ち

とかもパっ!てなくなっちゃうんだよ!」


(涼香ちゃんも嫌になることとかあるんだ)


陰キャの私は、今まで机に狸寝入りしながら陽キャの生態をウォッチしていたが、

好きなことをやって好きなように話す。まさに、"ありのままの自分"を解放して生き

ていると思っていたが、やはり人間だれしも嫌な気持ちにもなるものなのだ。


「あそこの奥にトンネルがあるんだけど、これがまたよく声が反響して最高なんだよー。」


「声?」


ウォーキングから立ち止まって、進行方向とは異なる方向を指す。


指さした方向を歩いていくと、小さな公園とそこに繋がる歩行者専用の道路。

もう少し暗くなってくると、健康意識した方などがウォーキングやランニングなどに使うのだろう。さすがに、こんな暑い時間から走ることは誰だって避ける。


「涼香ちゃんも嫌になることあるんだね。」


とずっと頭に浮遊していた疑問を投げかける。


「あるよー!いっぱいある!このあいだの科学のテスト順位落ちてすごい病んだしー。」


あと最近だと・・・と考える仕草をしながら、


「そうそう、先週の体育でバレーボールやったじゃない?

あれで私がブロックできてたら勝てたのに、失敗した時はまじで一日頭でずっとフラッシュバックしたなぁ。あれはすっごい悔しいし、自分に超イライラしてた!」


まさか授業の体育でそこまで憤るとは。陽キャは陽キャで期待されているものの重さは陰キャの私が想像するよりずっと重いようだ。


「ついたー!ここのトンネルをねー。おもいっきり声を出しながら、走るとめっちゃ気分爽快だよ!リンちゃんちょっと見ててね!」


私にインカメ単体を頭につけ、トンネルに消えていく。


しばらくすると・・・


「わああああああああああああああ!!!!」


叫びながら、トンネルからすごい速度で走ってくる。


「わあああ!!」


思わず、目が大きくなりのけぞってしまう。


「へへへー!正直ちょっとだけ眠かったけど、すっきり目が覚めたー!」


ふと幼稚園のかけっこをしていた記憶がよぎる。


あの時は、同じ組の視線なんて何も考えずに、ただやりたいことをやっていた。


(私もあんなに天真爛漫な時期があったな)


なにか切なさと羨望を兼ねた気持ちになった。


「ささ、リンちゃんもやろ!!」


「ええ!?」


わ、私もこんなやばいことするの!?

で、でも夜中とか朝早いわけではないし・・・


「う、うん。じゃあ。。はい。これ。」


インカムを帽子に返して、彼女の歩いた軌跡を辿る。


(これは動画撮影のため。。別に私が大声を出したいわけじゃない!よし)


「わ、わあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


思いもよらないほど大きな声と加速していく自身の脚に、自分自身が驚いている。


(体育じゃこんなに早くないのに・・・!!)


蛍光灯もついてない洞窟を抜けると、彼女が少し目を広げて私の到着を見送った。


「はははは!リンちゃんすごい早いじゃん!!」


自分の身体能力が褒められたのは、日陰者代表としてなんともいえない気持ちになった。


「紅月さん、バトン受け下手だし一番手でいいんじゃない?」


「えーーー。最初から最下位確定じゃん。追い上げるこっちの身になってよー。」


体育祭前の会話がふいにフラッシュバックしたが、過去は過去。もう、あいつらから

嫌味を言われることはないのだ。


彼女が私の能力を評価してくれる。それだけで、今まで学校では愛想笑いしかでき

ず、家に帰ったら泣いていた日々だって水に流せる。


「なんか大きい声あげて走ると、足が軽くなってどんどん前に進んだ・・・かも。」


自然と笑いがこぼれる。


「す、涼香ちゃん、今度は二人で一緒に走ってみよ!」


走りながら声をあげるなんて、何も面白いことなんてない。でも、涼香といると

何でもないことが面白いと感じるようになってくる。そして、同じことを共有して同じ時間を共有したい。そんなことを思いながら、この短距離走に勤しんでいた。



私達のその奇行を動画背景として、私達のつけてるスマートウォッチの仕様などを紹

介するこのショート動画は、実はそれなりに視聴数・高評価を得ることとなったのだった。

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