第十五幕 助っ人再び
巨大なイタチの如き妖魔……
「ぬぅ……!!」
謙信は唸りつつ辛うじてその斬撃を薙刀で捌く。だがヤツの前肢は二本あるのだ。すぐさまもう一方の刃が謙信を襲う。彼女は最初の斬撃を受けたばかりで即座の追撃に対処する余裕がない。そのまま為す術もなく斬り倒されようとして……
「危ないっ!」
紅牙が側面から牽制を仕掛けてその攻撃を妨害する。法術の加護がない武器では奴に傷をつける事さえ難しいが、多少気を逸らせる程度の効果はあったらしく、それによって謙信は退避が間に合う。
「おのれ、やはり歯が立たんか……!」
謙信が歯噛みする。そのままでは勝負にならない事は解りきっていた。だが妙玖尼の法術の加護があれば、あの恐ろしい妖魔ともまだ戦いようがあったはずなのだ。だが……
「どうすんだい!? 尼さんはこっちに来れそうにないよ!」
紅牙が叫ぶ。そう、本来鎌鼬戦で要となるはずの妙玖尼が、未だに参戦できていない事が最大の誤算であった。尼僧の姿は御仏の救いを求める村人達の中に埋没してしまって、今やその姿さえろくに確認できない有り様だった。
鎌鼬とその裏にいる奈鬼羅という妖鬼は、
こちら側の苦境を嘲笑うように鎌鼬が咆哮して、再びその逆刃を立てて襲いかかってくる。奴は基本的には謙信を狙ってくるが、紅牙が妙玖尼を救い出そうと離脱の気配を見せるとすぐさま標的を変更して、紅牙にも攻撃を仕掛けてくる。
法術の加護もなしにまともに戦える相手ではない。奴は尻尾の刃も巧みに使って攻撃してくるので、こちらが謙信と紅牙の二人がかりでも全く手数が足りなくなる事がないようだった。結果的に鎌鼬の猛攻の前に一方的に押される二人。
「ち……このままじゃ不味いよ!」
「ぬぅ……!!」
紅牙の焦燥に謙信も打つ手が浮かばず唸る。打開策が浮かばないまま何とか防戦を続ける二人だが、それに焦れたのか鎌鼬が
「ひぃぃっ!? た、助けてぇぇっ!!」
「……!!」
半壊した村は村人全員が脱出できた訳ではなく、まだ逃げ遅れた者達が残っている。鎌鼬はそんな中の、倒壊した家屋の陰に縮こまっていた女性に牙を向いて腕の逆刃を振り上げた。
「いかんっ!」
「あ……おい!?」
謙信が咄嗟にその女性を庇うように間に割り込んだ。当然ながら回避は間に合わないし、そもそも攻撃の前に自分から身を晒したのだから回避も何もない。結果的に……
「ぐぁっ!!」
辛うじて薙刀を立てて防御したものの、当然それで完全に防ぎきれるほど上級妖魔の攻撃は甘くない。その衝撃によって謙信は苦鳴を上げながら吹き飛ばされた。
紅牙は歯噛みした。これが奈鬼羅と鎌鼬が逃げ遅れた村人を敢えて残しておいた理由だろう。彼女はともかく義侠心の強い謙信は村人達を見捨てる事ができない。多数の足枷を設置されているようなものだ。
「う……ぐ……」
案の定謙信はすぐには立てない程の衝撃を受けて、倒れ伏したまま呻くばかりだ。今なら簡単に殺せる。まんまと思惑を成功させた鎌鼬が謙信に牙を向ける。
「やめな、この化け物! あんたの相手はこっちだよ!」
紅牙が必死に斬り付けて時間を稼ごうとするが、法術の加護も得ていない状態では牽制にすらならない。鎌鼬が煩わし気に尻尾を振るとそれだけで紅牙は大きく後退せざるを得ない。結果謙信への追撃を留める事が出来なくなる。
最早奴の凶行を止めるものは何も無い。鎌鼬は勝ち誇ったような咆哮を上げて、まだ立てないでいる謙信目掛けて逆刃を振り下ろそうとして……
『ヒノカグツチの滅炎!!』
――突如
「こ、これは、まさか……」
一方で紅牙はこの光景を見て目を瞠った。彼女はこの法術とはまた異なる異能の力に
「……ああ、もう! 今度こそ手は出さないつもりだったのに、こんな酷い光景を見ちゃね! 後あなた達って毎度毎度危機に陥らないと気が済まない訳!?」
村で一番高い建物……恐らく村長宅か何かの屋根の上に立って、弓を構えながら悪態をつく巫女装束姿の女性。それはまさに紅牙が予想した通りの人物であった。
「
「細かい事は後! 今はそれどころじゃないでしょう!?」
「……! ああ、確かにね……!」
鎌鼬は既に奇襲から立ち直っている。確かに今は悠長に問答している場合ではない。
「伽耶! アンタは悪いけど
「アレ……? って、ああ、なるほど。何でこんな剣呑な妖魔相手に法術も無しで戦ってるのかと思ったら……。解ったわ、任せて!」
紅牙が指し示した方向を見た伽耶は得心して頷いた。確かにこれは自分の方が適任だろう。伽耶はすぐに村人の群れに埋没している妙玖尼の救出に向かった。その間に紅牙は鎌鼬を牽制しつつ、謙信を庇うように立ちふさがる。
「おい、いつまで寝てんだい! あたし一人にこいつの相手をさせる気かい!?」
「く……大事、ない……!!」
謙信は苦しげな表情ながら、薙刀を杖代わりに何とか立ち上がった。とりあえずは大丈夫だろう。後は何とか持ち堪えるだけだ。
一方で伽耶は屋根から飛び降りて、妙玖尼に群がる村人達の元に駆け向かう。
「全く……いつもながら世話が焼けるわね!」
ぼやきながらも懐から
『サクヤヒメの安寧』
彼女が大麻を振るうと、そこから甘い香りのする粉塵のようなものが舞った。その粉塵は興奮した群衆の上に満遍なく降り注ぐ。すると村人たちが次々と力が抜けたようにその場に崩れ落ちていく。倒れた村人はそのまま
「……! こ、これは……一体……?」
村人たちが折り重なって眠りこけている中央に、妙玖尼が狐につままれたような面持ちで立っていた。神力を弱めて彼女のような強い精神力を持つ者には作用しないように術を発動したのだ。妙玖尼は村人たちに揉みくちゃにされていた影響で酷い有様になっていたが、幸い大きな怪我などは負っていないようだ。
「しばらく眠ってもらっただけよ。これが一番手っ取り早いでしょ?」
「あ、あなたは……伽耶さん!? どうしてここに……」
呆然としたような問いかけに伽耶が脱力する。
「もう、揃いも揃って! 今はそれどころじゃないでしょ! まずはアレを何とかしないと!」
「あ……そ、そうですね! 事情は存じませんがありがとうございました、伽耶さん」
すぐに今の状況を思い出したらしく、法衣は大きく乱れ尼頭巾も取り去られて綺麗な禿頭が露出していたが、それらを直す手間もあればこそ、弥勒を片手に一目散に村の方へ駆け向かっていった。それを見届けて伽耶は嘆息する。
「……信濃に来て早々、またあなた達と共闘する事になるなんてね。しかも……よりによって
かぶりを振りつつ、それこそ今は妖魔の脅威を退ける事が先決と、気を取り直して弓を構えると、伽耶もまた再び戦場へと向かっていった……
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