第四幕 ちぐはぐな二人
「う……う……」
「……! 気が付いたか!」
間近で聞こえる男性の呼び声に妙玖尼はうっすらと意識を取り戻した。こちらを覗き込んでいる雷蔵の顔が非常に近い距離にあり、妙玖尼は慌てて目を覚まして上体を起こした。
「こ、ここは……? 紅牙さんは!?」
あの斜面で落石の罠を受けて転がり落ちた事、寸前で雷蔵が抱きかかえて助けてくれた事は覚えているが、紅牙と戎錬がどうなったのかは分からない。自分達より先に進んでいたので大丈夫だとは思うが……
「あやつらなら大丈夫であろう。尤も戎錬の事だ。妖魔退治を優先してそのまま先へ進んだだろうがな」
雷蔵が苦笑する。それは確かにその通りだろうと妙玖尼も同意した。
「だからこっちはこっちで別口であやつらとの合流を目指すべきだな。それで恐らくは自然と妖魔どもの元へと行き着くだろう」
「……!」
幸いにして自分も大きな怪我を負わずに済んだので、ならばやはり戎錬達の後を追うべきだろう。だがそうなると……
「……昨夜は紅牙さんと
どうしても余計な事が気になってしまう。別に紅牙が行きずりの誰と寝ようが構わないが、その紅牙と寝た人物と二人きりで行動を共にするとなると話は違ってくる。端的に言うと
ましてやそれが、美濃では紅牙の
「ぬ……!? いや、それはまあ……あのような気風の良い飲みっぷりの美女と
雷蔵は一瞬怪訝な表情になって呟く。咄嗟に嘘を吐いたという感じではなかった。酔い潰れるまで飲んだのなら、
「……では紅牙さんとは
「ああ、お主が何を気にしているか分かったぞ。誓って飲み食いしただけだ。紅牙殿は確かにこの上なく色香に溢れた女だが、あれは
そう言って胸を張る姿は確かに嘘を言っているようには見えない。妙玖尼はそう判断して肩の力を抜くと、大きく息を吐いた。
「はぁ……解りました。
妙玖尼がそう言うと雷蔵もまたホッと胸を撫で下ろしたようだった。だがすぐに満更でもなさそうな笑みを浮かべる。
「解ってくれて感謝する。だが……自分を巡る
「……っ! ふざけないで下さい。私はすぐに軽口を叩く人間は信用しません。あなたはその性格を改めた方が宜しいかと存じます」
妙玖尼は咄嗟に顔を赤らめると、目を吊り上げて弥勒の石突を打ち鳴らす。そしてそっぽを向くと、まだ微かに判別できる妖魔の気配に向かってさっさと進みだした。
「お、おい、待てって! 悪かった! 冗談だ!」
それを受けて雷蔵が慌ててその後を追っていく。兎にも角にも、こうして妙玖尼達も独自に妖魔の追跡へと移っていった。
*****
『ギギィッ!!』
山の木々の間を縫うように雪崩の如く襲ってくる餓鬼の群れ。一体一体は大した事がなくてもこれだけの数が揃えばそれなりに脅威だ。紅牙は刀を振って餓鬼共を牽制しつつ
「お、おい! 早くアタシにもあの武器が光る術を掛けとくれよ!」
「ふん……たかが餓鬼の群れごときに『破魔纏光』を求めるとは。どうやら妙玖尼は相当に
だが戎錬は鼻を鳴らしただけでその要求に応えようとしなかった。代わりに自身も錫杖を振り上げる。
「餓鬼程度、法術を用いずとも撃退は容易だ。法力とて有限なのだ。この先どの程度の妖魔どもが待ち構えているかも分からんのに、法力を無駄に消費するつもりはない」
「な、何だって!? く……!」
紅牙は驚愕して目を剥くが、迫ってくる餓鬼共を無視は出来ない。仕方なく法術の加護なしで戦闘に突入する。だが確かに餓鬼は妖魔としては最下級であり、『破魔纏光』がなくとも有効打を与える事は難しくない。法力の
(畜生……ケチな糞坊主が!)
代わりに心の中で毒づきながら餓鬼共を斬り倒していく。彼女の体術剣術であれば餓鬼共をいなすのは容易い。とはいえ本来奴らの最大の強みは数の暴力であり、如何に紅牙とて四方八方から群がられたら危うい。だが今に限って言えばその心配はしなくて良さそうだった。
「ぬぅぅん!!」
戎錬が力強い動きで錫杖を振り回すごとに餓鬼共が頭を潰されて消滅していく。餓鬼の群れを寄せ付けず、尚且つ法術も用いずに正確に奴らを駆逐していくその技量は相当なものだ。それは優れた剣士である紅牙が思わず感心する程であった。
それから程なくして、襲ってきた餓鬼の群れは一匹残らず殲滅されていた。結局戎錬は本当に一度も法術を使用する事がなかった。
「ふん、他に増援は無いようだな。どうだ?
「ちっ……!」
悔しいが戎錬の言う通りだった。だがそれを認めるのは癪なので、露骨に顔を逸らして舌打ちする。戎錬は皮肉げに口の端を吊り上げた。
「ふん、だが……貴様も少なくとも餓鬼の群れ程度に不覚を取る無能でない事は分かった。それが知れただけでも一応の成果はあったな」
「……! ふん……偉そうに。でもまあ、アンタも坊主にしちゃ大した腕前みたいだね」
紅牙もそれを認めるのは吝かではなかった。
「当然だ。退魔師は心技体全てが揃っていなければ務まらん仕事だ。私をそんじょそこらの生臭坊主と一緒にするな」
だが戎錬はそれに気を良くするでもなく傲然と胸を張った。本当に可愛げのない性格だと彼女は思った。法術も武術も腕前は確かなようだが、それと人間として信頼できるかどうかは別の話だ。少なくとも紅牙は妙玖尼の方が
「ふん! そんな素晴らしい退魔師様がよもや敵の居場所を見失ったりはしてないだろうね! ほら、さっさと敵の親玉のところへ案内しな! どんな妖魔か知らないけどアタシが一刀両断してやるよ!」
その妖魔を早く倒せばそれだけこの戎錬との共同作業も早く終わるという事なので、紅牙としては別の意味でやる気が出るというものだ。
「ほぅ、大きく出たな? 良かろう。案内しろと言うならいくらでも案内してやる。大言壮語にならねば良いがな?」
「……! アンタ……まさか、敵の親玉と戦う時まで法術をケチる気じゃないだろうね?」
もしそんな事をしたら妖魔の前にコイツを叩き斬ってやると心に誓う紅牙。果たして戎錬は肩を竦めた。
「さて、それは敵妖魔の種類次第だが……今感じている妖気の強さが本物なら、少なくとも貴様の余計な疑念は全くの杞憂だと言っておこう」
「ふん、どうだかね!」
紅牙は盛大に吐き捨てて、如何にも嫌々といった風に戎錬の後を追随していった。
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