12

 周子ちかこが退所することになったのは、3日後だった。

 相変わらず施設のルールを守らず、夜間に男性利用者を部屋に呼んで、話をしようとしていた時、ベッドから転落し、容態が急変した。


 ――結花のがなくなった。


 中規模なホールを取ったものの、周子の葬儀には、夫の明博と子供たちである結花、良輔、静華、良輔の妻である紫乃、加藤望海夫妻など他親族。

 孫達は誰も来なかった。

 良輔が無理して来なくていいと言ったから。

 友人や知人に案内をだしたが、返事は軒並み欠席、香典が送られるぐらいたった。

 良輔としては、親族に周子がどれだけ陰で嫌われてるかアピールするには絶好の機会であった。

 本当は無縁仏にしたいぐらいだったが、明博に止められた。


 葬儀中、結花はかなり泣いていたが、終了後、結花は呑気にお茶すすってるだけだった。

 一度自宅に親族達が呉松家本家の和室に集まり、喪主である良輔主導で今後の話し合いが始まった。

 結花は明博の隣に正座して、こころ踊っていた。


 お母さんが亡くなったって事は、遺産貰えるよね?

 ゆいちゃんのこと大好きだから、沢山いけるよね?


「――この家を売る」

 良輔の言葉に明博が頷く。

 出席したメンバー達は「やっぱりそう来るか」と納得した様子だった。

「な、なんで?! お父さん、どこに行くの?!」

 結花は立ち上がって、なんでと繰り返す。

「あー、相変わらずキャンキャンうるさいねぇ。いい加減落ち着いたしゃべり方出来ないの?」

 静華はおおげさにため息つきながら、結花に冷たい視線を向ける。

 親族達も、結花の超音波のような声に、眉をしかめたり、額に手をあてたりしていた。

 若い頃はよくても、アラフォーになれば落ち着くと思っていた。しかし、いつまでもお姫様扱いを求め、年相応の態度や言動ができないままになってしまった。

 諸悪の根源が長年甘やかし続けてきたから。


 呉松家の跡継ぎが結花であることを推してたのは周子だけ。しかし親族達は良輔の方がふさわしいと内心思っていた。

 静華も候補に挙がっていたが、当の本人がやる気ゼロ、結花と周子で確執ありだったこと、彼女は良輔の方がいいと言っていたから。


 陰では、結花が明博と血がつながってないこと、トラブルを起こしてばかりで、わがままな性格なのに、跡継ぎなんて何考えてるんだと親族達は軽蔑していた。

 ある程度年いったら、結花の性格も落ち着いたものになるだろうと多少思っていたが、結局メンタル成長しないままになってしまった。


 周子に合わせて結花を推しているフリをしていただけだった。

 逆らったら面倒くさいから。あとで陰湿な嫌がらせを食らうのが分かっていたから。


 葬儀や今の結花の態度を見て、親族達は良輔を跡継ぎにして正解だと思った。

 

「しずねえうるさいんだけど。黙ってくれる? この行き遅れババアが!」

 結花の中では静華は結婚していないままで終わっている。

 言わないだけだ。本当はしていることを。それを知らないのは、周子と結花だけ。

「今そんな話関係ないでしょ。相変わらず、論点ずらしとか、人のコンプレックス突く話しかできないの? それで人を屈服させた気でいるんだね。ほんと人を不愉快にさせる天才ね」

 静華は冷静な口調で言うものの、手汗がでていた。    

 

 昔ならすぐに折れていた。妹が泣いて周りに被害者アピールするから。

 彼氏を寝取られた時もそうだった。

 腹立たしさと無力感と妹の見た目にはあらがえないことの悔しさなどなど、全て心の奥底にしまって、もういいよと降参した。

 まさか妹が姉の彼氏と関係もつなんて思わなかったから。

 その代わり妹に対しての軽蔑と侮蔑と憎しみの感情が湧き出た。

 いつかその感情をぶつけそうで怖いから、妹が得意げに彼氏と遊んでいた姿を思い出すのが嫌だから、大学進学を機に離れた。

 顔を見るだけで負の感情がマグマのように出てくる。


 何十年ぶりに会った妹は、ちっとも変わってなかった。

 メンタルは女子中学生のまま。

 相手の弱みをついて罵るスタイルは母そっくり。

 

 随分前に妹抜きで実家に帰って、今後について話していた。

 跡継ぎは絶対兄の方がいい。妹よりはるかにマシだ。

 親族達もそう思っている。賛成していた。

 会社のことや家のことは、兄と父がやってきてたんだから。

 母はお飾りだけで、妹は家の名前が目当てだろう。

 見た目と家の名前しか自慢してないから。ただの中身のない薄っぺらい人間だ。


 妹をゴリ押しする母を兄と一緒に言いくるめてなんとか説得できた。


 妹は案の定反発してる。滑稽だ。


 家を売られたら、妹にとって誇りに思う要素がなくなってしまうんだから。

 自慢の見た目で結婚したものの、結局自己中過ぎて夫と娘に逃げられるわ、再婚先でも家族のお金パクって追い出されたと兄から聞いている。

 借金抱えて帰ってきただけ。

 これから借金地獄で、否応なしに働かないとダメだろう。

 それでいい。妹にぴったりな罰だ。

 一生結婚していることを言わないつもりだ。

 お金たかってくるだろうから。たとえ、警察のお世話になっても、身元引き取りなんて速攻拒否する。

 それが私の妹へ復讐だ。


「しずねえの言うとおり、お前の話はずれてる。この家は売るし、お父さんは施設に行くつもりだ。お前どのみち借金返さないとだめなんだから、売って田先さんとこへ振り込め。もしかしたら、警察のお世話になる可能性だってあるからな」

 親族達が警察という単語に耳目を集める。

「まだそれいうの? だってゆいちゃん捕まってないじゃん。転売でもお咎めなしなんじゃない?」

 結花はへらへらしながら「家売るとなれば、ゆいちゃんはどうなるの?」と聞く。

 

 一同は結花の遵法意識のなさに言葉を失う。


 これが天下の呉松家の末娘の性格であり態度だ。


「お前の住処すみかなんか知らん。出てけ。遺産はくれてやる。明日まで猶予やる。それ以降は、不法入居として警察に突き出す。お前は俺としずねえと父親が違うからな――つまり他人だ。今のうちに身の振り方考えろ。いいな? お父さんの施設の場所はお前に教えない。以上」

 良輔が啖呵切る口調で、結花の処遇を言い渡す。

 その瞬間結花は「ひ、ひどいよ? ゆいちゃん、どうすればいいの? 追い出すってひどくない? ねぇ?!」と、親族達に泣き真似してアピールした。


 良輔に対してそれは少し厳しいのではとそれでいいと分かれる。

 望海も「りょうにい、ちょっとそれは可哀想かな」と意見する。

 好き勝手いう親族に対して、明博が「もうこれは前から決めてたことなので」と付け加えた。


「結花は今まで甘やかされて生きてきた。何か問題起こしても、妻が無理矢理お金で黙らせて、沢山の人達を泣き寝入りにさせてきた。特に望海ちゃんは、長年結花のお世話係状態になっていたよね?」

 うんと黙って望海が頷く。

「はぁ? なに頷いてるの? それってゆいちゃんが悪いの?」

 結花が悪態をついた瞬間、良輔が「黙れ」と冷たく突き放す。

 

 同性の友達がろくにいない結花にとって、望海はある意味頼みの綱であり、召使い状態だった。

 結花のわがままに振り回されても、周子の命令だからと無理して付き合っていた。

 自分らしい生活が出来たのは、結花が悠真と離婚してからだ。

 憧れの外国のようなお家、平穏な生活、趣味に打ち込むことなど、結花にこき使われながらも、陰で努力して積み重ねた結果だった。


「結花はちやほやされるのが当たり前、周りの優しさに甘え続けていた。それを止められなかったのは、私と妻に責任がある。結果、元夫の悠真くんと娘の陽鞠ちゃんに逃げられた。あまりにも自己中極まりないことばかりやってきたから。過去の悪行によって、陽鞠ちゃんは中学時代、担任や同級生から嫌がらせを受けていた。担任と同級生のお父さんが、かつて結花による嫌がらせの被害者だったから。つまり結花への仕返しだ。それを知った陽鞠ちゃんは、結花に対して軽蔑している。妻の葬儀に出なかったのもそういうものがあるだろう。孫達が誰もこないのもそうだ。結花がいる以上行きたくない。だから今回無理してこなくていいと言った。その結果の答えがこれだ。お前と妻に対するだ」

 

 結花は厳しい現実を突きつけられて、下にうつむく。


「再婚先でも色々トラブル起こして、わがまま放題で家のことはなーんにもせず、他所の男と遊んでいた。悠真くんの時と同じことをしていた。挙げ句の果てには転売だ。向こうの家族からは蛇蝎のごとく嫌われていたそうだ。それもそうだな。悠真くんの時と同じことをしていたんだから。借金だけこさえてきた」

「結花、お前はもうこの家にいる資格ない。なんせお父さんとは血がつながってないからな。直系のお母さんも亡くなったことだし、出て行ってくれないか」

 子供に語りかけるように出てけ発言。

 結花は「なんでよ! ゆいちゃん無理」と泣きながら訴える。


「こんな遵法意識のない人間が呉松家にふさわしくない。その名前呼びも散々改めろと言ったよな? この言い方を聞くだけで虫唾が走る。みんな聞いてるだろ? 40代なのに未だに自分のこと名前呼んでるなんて、お前以外に見たことあるか?」 

 親族への呼びかけでみんな首を横にふる。

「こんなのお前ぐらいしかいないな。本当に世間知らずで、働いたことがないのが自慢。その取り柄である見た目ももう通用しない。一体何が残るんだ? いいか? 望海ちゃんも良輔も静華も、みんな努力して今の環境がある。お前は既にある環境に甘えて生きてきただけ。しかもめちゃくちゃに荒らしてる。自分の不遇は自分自身が原因だ。因果応報しっかり受けてこれから生きて行きなさい――私の子供は良輔と静華だけだ。お前はだ。こんな問題児の他人を優しくする義理なんてこれ以上ない」


 他人呼ばわりされ、結花はお父さんひどいと声を上げて泣く。


「あー、ほんと見苦しいな。それが事実なんだ。大人しく受け入れろ」

 良輔が思わず耳を塞ぐ。

「だ、だって、ゆいちゃん、家どうすればいいの?!」

「知らん。のとこにでも行けば? 普久原俊樹ふくはらとしきのとこに。ま、あそこも孫と妻がいるからな。得意なぶりっ子で媚び売ったら? 俺たちには関係ない。明日までに出てけ。ホームレスになろうが、孤独死しようが知ったこっちゃねぇ。お前とは他人だからな。しずねえも望海ちゃんも、こいつ助ける義理ないから、お金たかられたり、何か言ってきたら、警察突き出していいから。されたことは俺に話して。以上」


 良輔と明博が立ち上がって、じゃぁ解散と音頭とって終了となった。


 家から出るように言われた結花は、まだ声を上げて泣いているが、周りは突き刺すような視線を向けながら退室していく。


 望海も一瞬結花に視線を向けたが、静華が「こんな人無視していいよ」と言って、辞去した。

  

 良輔の宣言通り、結花は次の日、問答無用で呉松家から身一つで追い出された。

 車で新鋭地しんえいちという街の山奥まで連れて行かれ、下ろされた。

「最後のだ」

 結花は車を追いかけたが、すぐに出発し、一人途方に暮れて歩き回った。 


 追い打ちをかけるかのように、結花の因果応報がまだ続く。

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