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 男性利用者の1人が周子の夜の様子を個人面談で話したことがきっかけで、他の利用者達も、次々と、周子の嫌がらせの証言をした。男女問わずだった。

 

 被害者の1人である石田は『セクハラされても、周子が男性利用者からやったと言い出したら、自分たちが不利になるのを分かっているから、中々言えなかった』と漏らしていた。

 職員達も夜間の巡回を厳重にし、証拠を残すために、周子と男性利用者がいる様子や、周子と同じテーブルにいる須藤や川口など、彼らに協力してもらって、ボイスレコーダーを持って貰った。

 

『家族は冷たいねぇ。正志さん優しいのにねぇ。私がめい一杯甘やかしてあげる』

『寝れないの? 子守歌しましょうか?』

『勇さんの腕たくましいわぁー。鍛えてる男性は素敵ねぇ』

 

 所々男性利用者と思われる人から「やめてくれ」とか「もう寝ようよ」と止める声が漏れる。

 それに対して周子は「いーじゃない? おにーさん、おねーさんが来たら、ベッドの下に隠れればいいのよ」と巻き込む気満々だった。


「あーあ、西海さんに黙ってて貰おうとおもってたのに……ばれちゃった。今度はバレないようにしよ」

 てへっと悪びれもなく笑う声が出る。

「職員の周さんは外国人の癖に口うるさいのよ。だからお嫁にいけないんじゃない?」

「山下さんに色目使ったらあっさり見逃してくれたわ」と職員の悪口ももれなくついていた。


 お嫁さん云々は、周本人がこういうこと言われたと職員のオバチャン達に話して発覚した。

 聞いた彼女達は大磐に報告。

 「多分結婚してないことをバカにする意味で言ってるんだと思う」と大磐に言われ、周は少し肩を落とした。

「私、結婚してるんですけどねぇー。そう見えないですかー」と後で笑い飛ばした。

 彼女は、ぱっと見22歳の新卒の女の子に間違えられるが30歳だ。


 背は高いが小顔美人、少し幼さが残っているが、言葉遣いも礼儀もしっかりしているし、テキパキ動く。

 彼女は子どもの頃から日本のアニメや漫画が好きで、中学時代から、独学で日本語の勉強してきた。

 高校で、須磨紅すまべに女子高校にて交換留学に参加。

 ホームステイ先の家族が全員アニメと漫画が好きで、充実してきた。

 家族の1人が学園都市付近にある外国語大学に通っていて、楽しいよと言われたのがきっかけで、進路をそこにした。

 大学在学中に、ボランティアサークルに入り、その縁でサルースに入った。

 ちなみに今年で入職8年目だ。


 それに本当は、4年前に結婚している。同い年の日本人の夫。大学時代のボランティアサークルの同期で、専攻は違えど、アニメの話で意気投合した。

 彼女の夫は、西南中央駅から30分とこにある港町側の会社でせっせと働いている。地元でも有名なところだ。

 名前をいうと「あー、あそこね」とピンと来る企業だ。


「だって、本当に周さん気が利かないの。頭の病気かしら? ほら、勉強できるけど、コミュニケーションでおつむ弱い人いるでしょ? そういう系かしら? こんな穢らわしい人に私に触れられたくないわー。もう国に帰られたらどうかしら?」


 周の悪口を立て板に水のように語る周子と、そうよと同調する結花と、2人にやめろと良輔が強い口調で窘めた。

 職員の悪口を言われた大磐はやめてくださいと続けたが、周子は更に続ける。


「ちょーっとからかったら、ほうくんはあっさり言うこと聞いてくれたわ。最近休みがちだからね、どーしたのかなーと思って聞いたら、飲みすぎちゃったって。香水の匂いしたわ。あれ、浮気じゃない? 奥さん妊娠されてるんでしょ? 私がおじちゃん達呼んで一緒にいるの黙ってもらう代わりね。秘密の共有って感じよ。こういう背徳感わくわくするの!」

「星野さんと足立さんって、付き合ってるでしょ⁈ でも最近ちょーっと、距離があるのよねぇ。だから、取り持つために、お互いの悪口言っちゃった。婚約間近だったでしょ? 2人とも、指輪同じのつけてたから-。残念ねぇ……まぁ、お若いし、他にもっといい人いるか……」

 

 その瞬間「いい加減辞めて貰えますか」と低い声。大磐だった。


 面談室に緊張感が走る。

 大磐の目は据わっていた。

「うちの施設のルールを守らない上に、注意されたらスタッフの悪口ですか? 挙げ句の果てに、スタッフのプライベートにとやかく言って、どういうおつもりですか? かき回したいんですか?」

「かき回すって……、冗談がお上手ねぇ。みんなと仲良くしたいからコミュニケーション取ってるだけじゃない? たかがそれぐらいのことでピリピリしてるなんて、利用者達も職員達も真面目ねぇ。面白くないわ。ね、ゆいちゃん?」 

 話をふられた結花は「お母さんのコミュニケーションに目くじら立てるとか、頭固すぎる」と同調する。

「そうよー。だいたい、利用者さん達もさー、うちのお母さんから、お菓子もらえるだけでありがたく思わなきゃ。天下の呉松家よ? アレルギーなんて嘘でしょ? 演技じゃないの? こんなのでいちいち大げさねぇ」

「職員さん達も、いちいちお母さんの言葉に目くじら立てるとかねぇー。事実なんでしょ? お母さんの機嫌損ねるようなこと言うからでしょ? 言われたくないなら、お母さんの言うこと全部聞いてよ。なんのためにお金払ってるの? こっちはお客様よ?! だから大磐さんもゆいちゃんと結婚して!」


 ヘラヘラした顔で結花は大磐を煽る。


 大磐も良輔も、2人の言い分に開いた口が塞がらなかった。


 ああ、やっぱりこの2人は”母娘"なんだ。

 人が嫌がってることを平気でして、注意されても、あっけらかんと『次はバレないように』『言われる方が悪い』と言っちゃってる。

 まるでいじめっ子の考えだ。いや、元からそうなんだ。


 アレルギー入りのお菓子を食べさせるのも、杖を奪い取って、利用者をからかうのも、あの母ならやりかねない。

 人の弱みついてからかうことに楽しむ人間だから。

 

 ここの利用者達は比較的裕福な家が多い。

 かつて会社の役員とか大企業で働いてたとか、社長とか、議員やってたとか、それなりに地位のあった人達は少なくない。

 

 もし利用者が母の悪行で亡くなった時、家族が訴える人がでてもおかしくない。

 母は悪くないと開き直るだろうが、正直ガンガン訴えていいと思っている。


 今まで"無意識"に嫌がらせしてきた人に天罰が必要だ。

 

 施設側は、いい加減母をなんとかしてほしいと思っている。

 説明している時の大磐の口調がだんだん強くなっているのが、ありありと伝わった。


 これ以上母による被害者をなくすために、厳しい処置をしよう。

 これだけ証拠を提示されても全く理解しないのだから。


「――なにいってんだ? 母さんは、人を殺しかけたんだ! 嫌がらせしてんだ! これだけ証拠出てるのに、母さんは悪くないってな、さすがだけあるな」

「なによ! 今関係ないじゃん! てかこれって、全部施設の管理不足じゃない? 家族が知ったら、訴えられるのはそっちよ? もし、バレたくなければ、ゆいちゃんと結婚したら、なかったことにしてあげる」

 結花は意地の悪い笑みを浮かべて、大磐を挑発する。

「残念ながらそのようなことはいたしかねます」

「世界一可愛いゆいちゃんが結婚してあげるっていってんだよ?! ありがたく受け取らなきゃ!」

「そのような申し出はいたしかねます」

 

 きっぱり断られ結花は辺りをキョロキョロ見回す。


 なんで? 世界一可愛いゆいちゃんが、断られた!

 どうして? ゆいちゃんと結婚したら、事故もなかったことにしてあげるのに。

 男の人に断られるなんて! こんな屈辱ある?


「とにかく、お母様のやってることは、いずれ大きな事故につながります。いや、いつなってもおかしくありません。どうか今後のことを考えて頂けませんか?」 

 遠回しに退所を考えるような物言いだった。

「そんな! お母さんは施設の人気者なんでしょ! いなくなったら困るのはそっちでしょ!」

「そうよ! お母さんは悪くないの。悪者にしたということで、私の心はズタズタよ。そちらが頭さげてくれたら考えますけど」

 大磐は「はぁ?」と思わず声をだした。


 もう無理だ。この母娘は。全然話が通じない。

 確かに私達の管理不足もある。それは責められても仕方ないと思う。

 いくら差し入れのお菓子を施設管理にしても、利用者の家族の情報や業務情報を厳しく管理しても、弱みをついて、思い通りにさせられる。

 自分の力量不足なのか。

 これ以上限界だ。

 

「大磐さん、この2人の戯れ言は聞かなくて結構です。本当に申し訳ございません」

 良輔は立ち上がって「これ以上、スタッフの皆さんの労力や、事故や被害者が出ないように、手を打ちます。被害にあったご家族には、母を訴えても構わないとお伝えください」と淡々と告げた。

「はぁ?! 訴えるってなによ! お母さん困らせる気?!」

 結花の抗議に良輔は「お前は黙ってろ」と冷たい口調で突き放した。

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