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 帰り支度をした2人は、悠真のベッドのカーテンから出ると、向かいのベッドにいる患者から声をかけられた。

 痩せこけているが白髪交じりで病院用パジャマを着ている男性がスリッパを履いてカーテンから出てきた。

「あの向かいのベッドの人の家族か?」

 陽貴と陽鞠ははいと頷く。

「おたくらがいないとき、女性二人がヒステリックな声で、罵ってるの聞こえたんだ。多分、この病室の人たちみんな聞いてるよ。『うちの可愛い娘をあなたの婿にさせたのが間違いだった』とか『呉松家への金銭援助は続けなさい』とか散々だぜ?! あのベッドの人は呉松家の親族かい?」

「あぁ、そうですね。……すみません、騒がしくして……」

 陽貴と陽鞠は軽く頭を下げる。

「あぁ、いいよいいよ。俺としてはあの男性は逃げた方がいい。呉松家が名家って年配の人では通じるけど、今の若いもんには言われてもピンと来ないよ。俺も、昔さ、呉松家が経営している衣料品メーカーで働いてたけどさ、社長はすごいいい人なんだけど、いっつも疲れてるような顔してた。なんか社長の末娘がめちゃくちゃクズでさ……俺の娘が昔そいつにいじめられてたんだ。学校でな。娘は社長の末娘のお世話係みたいな扱いにされてた」

 男性の娘はいつも学校でなにかと一緒にされ、鞄持ちや宿題の手伝いなどをさせられていたという。

 少しでも断ったら、彼女から暴言や陰湿な嫌がらせが来る。

 そもそもその末娘の母親の強い意向によるものだった。

「末娘とうちの娘は親族同士なんだ。古い付き合いなんだけど、社長の娘の言うこと聞けないのかみたいな。2人共同い年なんだけど、親分と子分みたいな関係だったね。それが大学まで続いて……で、今は私とかみさんは関わってないけど、娘は責任感強いのか、良くも悪くも真面目でな、自分が結婚しても連絡取り続けているんだ」

 目の前にいる男性の娘が依田結花と親族関係。

 さっきヒステリックな声出してたの、あの末娘ですよなんて今言っていいんだろうか。

「今、社長は続けてるんかな……もう年だろうに。もう、昔みたいに名前だしても媚びへつらう人なんて少ないんじゃないか」

「ええ、社長はそのままです。あと息子さんが関わってるそうです」

「あぁ、良輔くんか。あの子はまともだから大丈夫だろう。あと、あの末娘にはお姉さんいたな……確か静華さんだったな。うちの娘や私達にはよくしてもらったよ。でも、静華さんからもう何十年も連絡来ないし、住所も分からないんだ。最後はあの末娘の結婚式で会ったぐらいか」

「静華さんと末娘はよく喧嘩してたからな。むかしっから仲悪いんだよ。静華さんは真面目で、堅実に行くタイプ。末娘がトラブルメーカーで有名だから、うんざりしてたみたいで、よくうちに話していた。大学進学する時、進路を私たちと、社長と良輔くんだけ教えてくれた。社長の奥さんはあの末娘の味方ばっかだからな。だからあえて教えてないんだろうし、私達も口止めされてる。多分あの家から縁切るつもりだったんだろう」

 男性から漏れ出るため息は今までのことを考えると重いものだろう。

 ここにも依田結花のがいる。

 今さっきヒステリックな声だしてたの、社長の末娘とその奥さんですよと言いたい所だが、今言っていいんだろうか。

「……そうですか、お話ありがとうございます。不躾なお願いですが、もしその娘さんにお話できないかと思いまして……私、こういうものです」

 陽貴は名刺を男性に渡す。

「あぁ、あのスーパーの……」

「分かった。ちょっと娘に聞いてみるよ。長話すまんな!」

 男性はがははと勢いよく笑いながら「じゃぁな!」と手を振ってくれた。

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