5

 *


 ゆいちゃん、夫に逃げられるかもwww

 暫く別居&離婚したいと言われた(´・ω・`)

 ことの発端は、夫が仕事中に倒れたことからで。

 その時私は用事で病院に行けず、次の日に行きました。

 夫が倒れてはお金がなくなるので、すぐに退院してほしいと言いました。

 それに対して夫は「もううんざりしている。しばらく距離を置きたい」「家のために働いてほしい」「実家の悪口を言われるのは嫌」と言いました。

 正直ゆいちゃんは家のことは娘と夫とお手伝いさん達に丸投げしていました。

 義理の家族はゆいちゃんの実家より格下なので、私の言うことを聞くのが当然だと思ってますw

 専業主婦は子どもの頃からの夢ですし、結婚の時に、ゆいちゃんを働かせないと誓約書を交わしています。

 絶対働きたくありませんし、離婚もしたくありません!

 どうすれば夫を納得させることができますか? 戻ってくることができますか?

 世界一可愛いゆいちゃんに働かせるなんてあり得ません!



 ガンガン効いてる暖房がある中で、リビングでくつろぎながら、SNSをするのは最高だ。

 結花は赤のソファーで寝転がりながら、SNSをチェックしていた。


 ――これで悲劇のヒロインになれば、みんな同情してくれる。


 長々しいつぶやきを載せて、最後に自撮りを投稿。

 これは家に帰って自宅の鏡を背に自撮りをしたものだ。

 えーんと泣いている真似をしながら。

 白のワンピースを着て泣いているふりをする姿だったら大丈夫だろう。


 しかし、そうはいかなかった。

『旦那さんが大変なのに、やばいw』

『家にいて何もしないなら、一体何してんだwww』

『おっとにげてー』

『それ逃げられてるじゃん。残当』

『生まれてから働いたことないってマジでいるんだな』


 思わずスマホをソファーに投げつけようと思った。

 でも投げて使えなくなるのは嫌なので堪える。

 結花はスマホを投げつけ、て機種を三回ほど変えている。

 すべて癇癪によるものだ。


 なんでよ! なんでみんな夫の味方なの?!

 世界一可愛い私は働くってあり得ない!

 外野が偉そうにうちの決まりに口出しするな!

 愚痴を書いたんだから、共感してよ!

 離婚なんてまっぴらごめんよ!

 夫はATM。呉松家より格下なんだから、おとなしく言うこと聞いていればいいの。

 だいたい働くなんて向いてないし。

 世界一可愛いから私、いじめられてしまう。

 それでもいいの? 私がいじめられても?

 死んじゃうよ? 嫌でしょ?

 娘も家のことやってもらわないと、お嫁さんにいけなくなるよ?

 玉の輿に乗ってもらわないと。

 私なんにも出来ないもん。

 だって、世界一可愛いから、何もしなくていいって。やってもらいなさいって。

 母も夫もそう言っているからいいの。

 私の周りの人はみんな召使い。

 私を上げるためのアイテム。

 娘も夫も。

 何もやらなくていいっていうから、私は母や従姉妹とマッチングアプリで出会った人と遊んでいるだけ。

 なのに、なのに。

 夫が倒れてから、家に誰もいない。

 今日退院したと聞いたが、うちに帰ってこなかった。

 義理の家族の所で療養。

 娘は義理の兄夫婦の下で過ごして、学校に通ってるらしい。


「あ、お母さん? ねぇ、今すぐうちに来て!」

 一人ぼっちで寂しいからと連絡する。実家の母に。

『ごめんねぇー、今日いけないんだ。また今度ね』

「なんでよ! 野田さんは?! 今日なんで来ないの?!」

『今日野田さんは用事があるんだ』

「じゃぁ、柿本さんか大野さんは?」

 苛立った声が電話口から出る。

「そうねー、今日はお休みだからさー。ごめんねぇ……」

 母の穏やかな口調が腹立たしい。

 何でみんな今日来ないの?! 私のお手伝いさん達!

『あ、ちょっとまってねー』

 母が電話口から消えた。

『結花、お前の生活聞いたぞ。悠真さんと離れた方がいいと思う』

 低く唸るような声――父だ。

「なによ! 婿養子が偉そうに! うちの生活にとやかく言わないで!」

『今は婿養子関係ないだろ?! 論点をずらすのはお前の悪い癖だ。むしろ、悠真さんがよく倒れなかったのが不思議だ。それにお前、陽鞠ちゃんにも、家事させてるんだって? お前は一体何してんだ!?』

 矢継ぎ早に私の生活事情を見透かされたような感じ。

「ほんとムカつく。さっさと消えて。お母さんに代わって」

『その態度だと全く反省してないみたいだな。今自分の置かれた立場をよく考えなさい。何でこうなったのかって。あと、お手伝いさん達もお母さんもお前の家に行くのをやめてもらった。今日から。お前のためにもならないから』

 父から告げられた内容は正直辛い。

 が辛い。

「うるさい、うるさい、うるさーい! お父さん黙ってて? 何勝手に決めてるの?! 跡継ぎの私の許可なくさ!」

『跡継ぎ?! お前に無理に決まってる。それに、呉松家の跡継ぎは、良輔だ。お母さんも納得している。お前が絶対騒ぐだろうから、今まで言わなかった。これは随分前から決まってたんだよ』

 数年前、結花抜きで、呉松家の親族会議を開いた。

 現当主である周子が高齢であることからだ。

 集まったのは周子、明博、良輔、そして静華さだ。

 結花を呼ばなかったのは、絶対暴れるだろうと。

 周子は当然結花にしたいと言っていた。

 他の3人は断固反対した。

『あの性格で無理に決まってるじゃないか。ただ単に家の名前で威張りくさってるやつに何が出来る』

『だいたい、あの子働いたことないんでしょ?! 昔から働きたくないがために、高校から年ごまかして婚活してたもんねぇー。学校の先生と関係もって揉めてたもんねぇ。もし、お母さんがなんとしてでも、あの子を跡継ぎにさせるのなら、縁切るし、名前も変える。私はりょう兄が妥当』

 周子はだって可愛い子にさせたいからとグズグズ譲らなかったが、三人の勢いに負けて良輔になった。

「なんで私を呼ばなかったの! お母さん約束やぶってる!」

『だからそういうとこだ。お母さんが選ばれたのは、男性の跡継ぎがいなかったから。それに、お母さんはお前と違って、お客さんにまだ失礼なことはしないからな! お前と話していると疲れる』

「こっちのセリフよ。今すぐ変えて。私にしてって」

『もう書類も整っている。来年の年明けから正式に良輔にするから。じゃぁ、良輔呼んでこれからお前の処遇を決めてもらおうか』

「だーかーら、真面目にやるからー!」

 結花は嗚咽をもらしながら、明博にアピールする。

『全て良輔が決めることだ。知らん。お前は働く準備をなさい。うちでは世話しないからな!』

 通話が切れた。

 あんな勢いよく啖呵を切る父は初めてだ。

 

 ――呉松家の当主はね、お母さんの次は結花ちゃんだからね。


 子どもの頃から呪文のように聞かされたこの言葉。

 そのためにも、いい男を捕まえて、母を安心させたかった。

 でも、そうはいかなかった。

 夫は婿養子を拒否した。家業があるからと。

 向こうは兄弟があと2人いるのに。どっちかがやればいいじゃんと。

 社長が自分だからと断った。

 私は社長夫人の箔がほしかった。

 20代で大卒すぐで社長夫人なんて、いかにも玉の輿というか、夢のある話じゃん。女の子が憧れそうな話。

 私は世界一可愛いくてお姫様だもん。

 王子様がいて、召使いがいて成り立つ。

 なのに。なのに。

 跡継ぎが私の知らない所で決まっていた。 

 母も了承していると。

 私抜きなんてみんな意地悪! 

 これからのことを兄に決められるとか絶対嫌!

 ワンチャンあるかな? 

 可愛い末娘のために実家にいさせてくれるかな?

 父のことは昔から軽蔑していた。

 母がいっつも父のことを「結婚してやった」といつも言っている。

 父がどうも母に一目惚れしたらしく、何度も求婚してたらしい。

 その結婚の条件が婿養子になることだった。

 母は父に対して惚れた弱みを使って、遠回しに嫌味言ったり、見下した言動をしていた。

 呉松家が経営する会社のスタッフには、次期社長だからビシバシ鍛えて欲しいと、いびるぐらいで丁度いいと。

 父は最初スタッフから嫌がらせを受けたり、辛く当たられたりしていたが、地道な努力で今の地位がある。

 私は母を真似ただけだ。

 父を見下してもいいと思っていたから、ついつい喧嘩になってしまう。正しいことを言われてもムカつくだけだ。

 逆に兄と姉が父側につくのかよく分からない。

 私にとって味方は母だけだ。

 でもその母がもううちに来ないと言った。

 どうしよう。これから。


 結花はいいことを思いつたと言わんばかりに、スマホを開く。

「あ、もしもし? りゅうちゃん? ゆいちゃんでーす! 寂しいから今からでも会えないかな?」

 全力でぶりっ子口調でおねだりをした。

『悪い、今日は無理だ。また今度な』

 電話が切れた。

 こいつももうだめか。

 結花はため息をついて、肩を落とす。


 せっかく可愛い可愛いゆいちゃんがデートに誘ってあげてるのに!

 何で今日はみんなことごとくお断りを食らうんだろう?

 そういえば、アプリで配信される今日の占いは最下位だった。

 ――今日は人付き合いに難がある日です。

 案外あの占いは当たるんだなと感心したくなる。

 

 ――私の見えない所で、外堀段々埋められていく。

 ――これから私の味方となる人が消えていく。


 ――そして私はいかに周りの優しさに甘え続けていたか思い知る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る