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ホテルのラウンジでアフタヌーンティーコースを頼む。
ラウンジからはガラス張りの窓から人工的に作ったのだろうか竹林が見える。
日光が
平日の昼間なので席が取れた。
「やっぱりここのスコーンは美味しいわ」
結花は器用にスコーンを崩しながら食べる。
セットのダージリンティーもまずまずの味だ。
周りは友人同士や親子連れなどで賑わう。
結花と同年代の女性よりどちらかと言うと、周子ぐらいの50代の女性が目立つ。
結花としては、自分と同い年の子が汗水たらして働いてるのを横目に、のんびり大好きな母とランチやアフタヌーンティーをしていることで、優越感に浸っていた。
その証拠に、注文の品が出た瞬間に、スマホのカメラで撮影して、SNSに投稿していた。
これがたまにではなくほぼ毎日だ。
羨ましいですねとか美味しそうとか好意的なコメントが目立つ。
それを見るたびに「私はあなた達と違って妻が働かずに済むのよ」とマウントをとっている。
ちなみに支払いは悠真のクレジットカードだ。
ランチ代やブランド品など、2人が購入したものは、悠真に請求が来る。それが当然だと思っている。
結花はお金の管理をしているというが、支払いは全て悠真任せ。ただでさえ、裕福な育ちで小学校時代から金銭感覚がおかしく、ブランド物で身を固めて来た。未だに野菜がどれくらいかかるとか、日用品にどれくらいかかるか知らない。
野菜が値上げしても他人事だ。他人にお金の支払いを任せている上、料理も自分でやらないから。
付き合っている時は、手料理を振る舞っていたがこれは、お手伝いの野田、
悠真はおいしいおいしいと喜んでいた。
その中で結花は騙されてやんのという嘲笑の気持ちと、バレたらどうしようとせめぎ合っていた。
二人が交際している時は、悠真は結花のことを大切にしていたし、結花は大学卒業したら働きたくないが一心で、悠真に尽くしていた。
誕生日には悠真が喜びそうな図書券や手作りの文庫本カバーを作って渡していた。文庫本カバーは今も大事に使っている。
ちなみに文庫本カバーは裁縫が得意な大野が作ったものだ。結花はラッピング用の袋に入れて渡しただけだ。
働かないためならどんな手段とってでもやる。
結花は中学時代から専業主婦願望があった。
テレビでブラック企業の話題を見て、他人に使われるなんて嫌だと思った。
高校時代、一足早く社会人になった良輔と静華が一生懸命働いている姿を見て、働こうと思わなかった。むしろ哀れに思っていた。
他人にいいようにこき使われてと。
だから結花は高校時代から「婚活」をして、いかに男性に喜ばれるためにならなんたってやると、学業をおろそかにしていた。
結花が悠真と付き合っていることがバレた時に、退学になるかどうか揉めたが、周子がお金を積んでもみ消しになった。
――うちの可愛い結花ちゃんの美しい交際に口出しなさらないで。
周子の言葉に結花の担任や生徒指導の教師は頭を抱えた。
父の明博は当然悠真との交際に反対していた。
学業をおろそかにし、その上未成年なのにも関わらず成人男性との恋愛に現抜かすとは……と厳しく言ったが、周子が婿養子の癖にと封じ込めた。
結婚した今は明博と悠真の関係はそこそこ良い。
誠実に結花を大事にしていることを認められたからだ。
明博は悠真を心配している。結花のわがままや傍若無人ぶりに振り回されていないかとか、健康に影響でてないかなど。
結花と周子は、明博が悠真に気にかけていることが気に食わない。
一番大切にすべきなのは結花であると。
毎日ランチや買い物に散財しても、名門お嬢様で、世界一可愛い呉松結花様と結婚できたんだから、悠真が支払うのは当然なのである。母娘の考えだ。
これが男女逆だったらどうなるのやら。
「あの人またクイズサークルいったのよ?! せっかく休み取れたって聞いたからさ!」
先月に久しぶりに休みが取れたと悠真が話していたが、二人で過ごすことなく、趣味の方を優先した。
結花はそれが気に入らない。
「お小遣い減らしてもいくのよ? 罰で解答ボタンとか本とか売ってやろうかしら?」
「それいいわね。結花を優先しなさいと誓約書にサインしたのにねぇ」
ホテルのラウンジカフェで、家族のものを無断で売ろうとする会話。
傍から聞いたらいやだなーこの2人となるだろう。
結花はスマホで解答ボタンの相場を調べる。
「ふーん……」
安い物は100均、高いのは1万越える。高いのは本格的で大勢でやるタイプだ。
どのタイプだっけ? 多分百均で買えるタイプじゃなかったと思う。
そもそもクイズなんて興味ないし、地味なインキャの趣味だと思っている。
家にクイズ大会のトロフィーや賞状などが飾られているし、問題集のような本が本棚に並べられている。
触らないでくれと言われている。
正直邪魔くさい。
フリマアプリで売ったらどうなるかな?
トロフィーは売ったらすぐバレそうね。
問題集なら高く売れるかな? ついでに夫の本も売ろう。
欲しかったブランド服売ろうとか、行きたかったエステに行こうとか、売れる前提で豪遊する内容を考える。
どちらにしろ、最近夫の帰り遅いし、心配させるようなことを、しているんだから、罰で趣味のものを売るつもりだ。
スマホのディスプレイに着信が鳴った。
結花は周子にちょっと出てくると告げて、ホテルの入り口に向かった。
春一番の風に当たりながら、折り返しの電話をする。
「……今? うちの郵便物とりに行こうとしてたとこ」
「うそ? マジで?」
結花は舌打ちしたくなる衝動を抑えた。
こんなことだったら、スマホの通知無視しとけば良かったと後悔する。
「……分かったわ。後でね」
結花は電話で一気に不機嫌になった。
あー、ついてないわね!
夫は冷たいし! 野田が淹れたコーヒーは美味しくなかったし! ご機嫌直しに行ったランチはまあまあの味だけど、アフタヌーンティーの最中にこれ!
本当ムカつく! あとで悪くネットに書いてやる! お母さんや野田に八つ当たりしても晴れない。
「あら? どうしたの? 結花ちゃん」
眉間に皺寄せて、づかづかと椅子に座る。
そんな様子でもお構いなしに周子はのんびりした口調で尋ねる。
「お義母さんが仕事中に転倒したんだって。だから今から病院きてってさ」
「あらそうなの? 大変ねー」
周子は棒読み口調で、心配しているそぶりを見せる。
うちの可愛い娘を、よその母親の病院の付き添いに連れて行くなんてと曇りがちの顔になる。
本当は行きたくない。義理の親なんてどうでもいいし、興味ない。むしろ存在がムカつく。
このままとっととあの世に行ってくれればいいのに。ついでに義理の父も道連れにしてくれ。
「結花ちゃんちょっとおいで」
周子は結花を隣の席に座るように手招きして、耳打ちをした。
いたずらっぽく笑う周子と口角をあげてニンマリする結花。
宝物を見つけたかのような子どもだった。
「……わかったわ。そうする。今日のアフタヌーンティーはまた今度ね」
結花はじゃあねと待ち合わせ場所にタクシーで向かった。
お嬢様育ちという名の甘ったれな結花には、自分で車運転したり、公共交通機関を使うという選択肢は存在しない。
頭の中ではアフタヌーンティー邪魔したから〆てやると自分への利益だけだった。
義理の母の心配する気なんて微塵もない。
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