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 *


 駅前のデパートのレストランの個室で結花と周子はデートしていた。

 個室だと落ち着く。

 今日は松翁屋さんだ。ランチで3000円。

 奥の壁には水墨画のようなもので富士山が描かれている。

 朝から不機嫌だった結花は多少機嫌が良くなった。

「結花ちゃん美味しい?」

 周子がご機嫌を伺うように尋ねる。

「まあまあね。値段相応ってとこね」

 注文した豚ヒレカツに対するコメントだ。

 結花は基本的に何事に対してもウエメセだ。周子はそれを咎めない。正確に言うと諦めてるに近い。

 昔は少し注意していたが、すぐに無視するか人格否定レベルで言い返す。この態度は異性には絶対見せない。同性か家族だけだ。だからもういいかとなっている。

 周子としては結花に不機嫌と無視されるのが一番辛い。

 他の家族も諦めている節がある。

 結花の父や兄と姉は何度も注意している。しかし周子が甘やかすので、ますます増長していた。

 結花の父明博あきひろは婿養子で立場が弱いので、結花を注意する度に婿養子の癖にと引き合いにする。

 兄の良輔りょうすけと姉の静華しずかは結花のワガママ傲慢ぶりにうんざりして、大学進学と共に早くに家を出た。何年も結花と周子に会っていない。

 最後に家族揃ったのは結花の結婚式の時。半年前だ。

 その前は良輔と静華の結婚式。これはかなり前だ。

 結花も兄と姉がうざい存在だと思っているので、兄妹、姉妹仲はいいとはいえない。

「調査結果どうかしらね?」

「浮気だったら絶対社会的に殺すから。その時は呉松家のコネつかってでも夫とついでにその家族も潰すわ」

「まー、怖いわねぇ。でも夫の家族って邪魔だからいいわね」

 穏やかな口調で物騒なことを話す周子。

「そうよ。邪魔なんだもん。最近あの人、どうも家族と連絡してるっぽい。電話するなんてマザコンよ」

 吐き捨てるように呟き、味噌汁に手を伸ばす。 

「そうよ。結花ちゃんほっといて何様かしら」

 母が一緒に憤慨してくれるだけで嬉しい。

 母とは全て話しできる。

 いわゆる”友達母娘おやこ”というものかもしれない。

 マザコンと言われるかもしれないけど、私はいいの。

 だって世界一可愛いんだから。親が許してくれてるからいいの。

 「あれがちゃんとかまってあげてないからよ! 結花ちゃんは寂しがりなのに……」

 周子は決して悠真のことを名前で呼ばない。

 いつもわざと間違えて呼んだり、何か話す時は「そこのあなた」しか呼ばない。

 良輔と静華の配偶者にはきちんと名前で呼ぶ。

 周子は大好きな結花が嫁に行くことが気に入らない。結婚してあげるんだから、呉松家の近くに住むように強く言って、その通りになった。

 とにかく末娘だけとは離れたくない。

 嫌がらせとして、悠真がいない時に依田家へ来てること、悠真を絶対名前で呼ばないこと、彼の実家及び家族に対して見下した言動をするなど、数えきれない。

 これが男女逆だったら……。

「見て。夫の悪口書いたら凄いコメント来た」

 結花は周子に勝ち誇ったような顔でスマホを見せる。


 ――夫が最近帰り遅くてムカつくから、浮気調査いれたw

 ――ここのとこ夫は家族と連絡してるみたい。マザコンかよ!


 結花の呟き用SNSには同情をするコメントが並んでいる。

 かわいそうにとか、浮気だったら慰謝料ゲットよとか、これはマザコンですねとか。


「あらー、味方がいるじゃない。良かったね。やっぱりマザコンね。結花ちゃんを下々の依田家にやったんだから、しっかり私たちのために働いてもらわないと」

 さりげなく物騒なことを言う周子。

 結花も周子も人のために働くのが嫌いなタイプである。根底にはとにかく他人の手で楽したいがある。ある意味似たもの母娘である。

 一方的、良輔と静華は父の明博に似て、真面目に働くタイプ。そのため、呉松家では楽したい結花と周子、真面目にやっていきたい良輔、静華、明博で対立している。

 だからこそ、周子は似た考えの結花をかなり甘やかしている上、贔屓している。

「もうSNSで夫の悪口書いたら凄いフォロワー増えたよ。あとは私のファンね」

 元々結花は自己顕示欲が強い。ちやほやされたい願望があり、自分のキマっている写真をバンバン載せている。それかどっかにランチ行ったとか遊びにいったとか。それで周りにマウントを取っている。

 悠真と結婚してから、夫の悪口を嘘ついてでもバンバン載せている。その結果、同類の人達からフォローが増えた。

 

 ――悲劇のヒロインというのは非常に美味しい立場であることを味をしめた。

 見た目が可愛い子が夫に蔑ろにされている。

 それだけで同情を十分得られる。


 当然悠真はこんな状況を知る由もない。そもそもSNSのアカウントなんて教えてない。見せたくもない。

「結花ちゃんは可愛いからみんなから愛されるのよ」

「当然よ。私は世界一可愛いんだから」

 結花は「もうお腹いっぱいだから出よ」と促す。

 さて次はアフタヌーンティーだ。

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