5
結花は
義父の
タクシーで来た結花の姿を見た悠真に対して、結花は苦い顔をしてるのを、見逃さなかった。
「なによ? その顔、ブッサイクね」
「……今受付終わったから待合室行こう」
悠真はまたタクシー使ってるじゃん。少しぐらい公共交通機関使ってきてよと言いそうになった。しかも、開口一番不細工だと言われ、言い返す気力が湧かない。
今は親の容態が心配だから、そっちが優先だ。
夫婦喧嘩してる場合じゃない。
「なに? お義母さん転んだんだって?」
結花は矢継ぎ早にいつどこで、何をして、痛みはとかなど待合室に向かう途中、根掘り葉掘り聞く。
澄江は昼からのタイムセールのチラシを入り口の自動ドアに貼ろうとしたら、強風に煽られて転倒してしまった。
丁度その姿を、春の台店の責任者である戸塚が見つけて、息子である悠真に話が来た。
念のために病院にいくことになった。
「ふーん、そうなんだ」
結花はこれ以上どうでも良くなった。
整形外科の待合室は昼間なのにも関わらず、杖やシルバーカーを押しているお年寄り達、付き添いで来ている人達で席が埋まっている。
結花は悠真の隣に座って、義理両親とさりげなく距離をとった。
意外とお年寄りと若い女性で来ている人結構いるのね。
息子の嫁かしら? それだったら私と同じ仲間ね。
血も繋がってもない親の付き添いなんて面倒くさいよね。
夫が行けばいいのに。あー、何で私まで一緒に! このままあの世に行ってくれればいいのに!
やっぱり存在がムカつく。
結花は退屈凌ぎにSNSを開いて、義理両親の悪口を投稿を始める。
『あー、行きたくねぇ……』
『このまま介護になったらどうしよう? 私がやらないといけないの? 施設にぶち込めばいいよね? うちが金銭的援助して恩に着せればいいかな?』
『せっかくのアフタヌーンティーが台無し。誰かさんが転んだからって病院の付き添い行かないといけなくなった。めんどくせー』
『このまま死んで欲しいわ。ついでに義父も』
終始自分のことしか考えていない呟きだ。
投稿すると早速大変ねとか嫁連れて行く意味がわからないとか、悠真を責めるコメントが並ぶ。
結花はそれをみて、やっぱり私が正しいのよと安心していた。
中々呼ばれない。
結花は今にでも悠真に八つ当たりしたい。
病院ってこんなに待ち時間長かったっけ?
うちの行きつけの病院はすぐに呼ばれるのに。
次、が病院行くなら、ここじゃなくて呉松家行きつけの所にしてもらおう。というか義理両親全員そうしてもらおう。母に頼んで。元々母の知り合いがやってるとこだし。
うちを優先してもらえるし、さっさと帰れる。
一分一秒でも義理両親から離れたい。
「依田澄江さーん、お入り下さい」
看護師に呼ばれて、全員で診察室に入る。
女性の医師だ。白衣の上に紺色のシャツとグレーのチノパンを着ている。
ハーフアップした黒の髪型で、シャープな顔立ち。薄いピンクの四角いフレームの眼鏡をかけている。
まあまあ可愛いけど、私のほうが可愛いわ。
診察室に入るなり女性医師の容姿を品定めする結花。
「本日はどうされましたか?」
梶原医師は穏やかな口調で尋ねる。
「昼からのタイムセールのチラシを入り口の自動ドアに貼ろうとしたら、強風に煽られて転倒してしまったんです」
そんなの足腰弱い義母が悪いじゃん。ざまぁみやがれと結花は心の中で罵倒する。
私いかなくていいじゃん。ほんとめんどくせぇ。
「じゃぁ一回検査しましょ」
梶原医師は看護師を呼んで、検査内容を伝えて、義母を案内するように指示する。
私たちは一旦診察室から出て検査結果を待つ。
待合室の廊下の椅子に、夫と義理の父と離れて座る。
その間にSNSに心情を載せる。
介護や入院になったらどうしよう……同居になったら嫌だ。
私の世界が侵蝕されてしまう。
義父母も夫も大人しく私と呉松家の言うことを聞いておけばいいの。
私が働かないで暮らせるようにしてもらわなきゃ。
守ってもらわないと、契約不履行になっちゃう。
私は依田家の嫁になってやったんだから。
「依田澄江さんのご家族の様、どうぞ」
梶原医師に再び呼ばれる。
中に入ると澄江がちょこんと丸椅子に座って、顔を曇らせている。検査結果が気になるのだろう。
「……特に大事になるようなことはありませんよ。尻もちついただけです。スーパーで働いてらっしゃるって事ですが、しばらく休んだ方がよろしいでしょう」
梶原医師は痛み止めのお薬の処方と、今後は転倒防止にマメにストレッチや体操をする様に言った。
介護や入院にならなかったので、一同安堵する。
「そっかー、私も歳ねー。残念だけどしばらく休むわ」
澄江は病院を出る時に笑い飛ばした。
冗談じゃない。あんな人死ぬまで働けよ。私のために。
ローカルスーパーの家と代々続く呉松家とは格が違うんだから。
「そうしなさい。無理は禁物だ」
「残ってるスタッフには申し訳ないわ。戸塚さんにも負担かけてしまってるし……」
大したことはないとはいえ、澄江はしばらく働けないことに落胆している。
長年休まずにせっせと働いてきた澄江は、スーパーの仕事が天職だと思っている。
若い学生のアルバイトやパート仲間と一緒に働くことで刺激になっていた。
高校生のアルバイトの子の多くは学費や家計を助けるために働いている。中にはアルバイトをすることに関して学校と揉めた人がいる。
学校側が家庭環境を鑑みた上で、最初許可したにも関わらず、数カ月後同級生による密告で、不公平だからやめるべきという話になった。
澄江はその生徒の働きぶりを見ていたので、簡単に辞めさせたくないと頭を下げた。それに同じ学校の生徒がうちで働いているのに、なぜ急にやめるべきの話になるのか納得できなかった。
ただでさえ従業員減ったらしんどい。
ましてうちのスタッフは真面目にやってくれているから、誰一人手放したくなかった。
学校側はまるで嫌がらせするかのように、春の台店に生徒を辞めさせるように迫った。認めなかったら、生徒を退学にさせると。
「戸塚くん本当に頼もしくなったわ。やっぱりあの時辞めさせなくって正解だった。今回悠真に連絡してくれなかったらどうなってたのやら……」
昔のことを思い出してはにかむ澄江。
「良かったですね。お義母さん。素敵な仲間がいらっしゃって」
結花は澄江の肩をさすって気遣う。
「ええ」
とりあえず気遣ってるふりはしないと。夫に冷徹な人だと思われてしまう。
全く心に思ってないことを口にするのは簡単だ。
そうやって今まで自分の思い通りにやってきたのだから。
「私は先に帰るわ。悪いけど、戸塚くんに連絡してくれないかしら?」
「わかった」
澄江と弘之は駐車場に停めていたシルバーの車に乗って病院をあとにした。
「ねー、ゆーちゃん、家まで送って!」
上目遣いでおねだりする結花に対して「俺、これからまた戻らないといけないから……それに戸塚さんにお母さんのこと話さないといけないから」
申し訳なさそうに断る悠真。
澄江が働いている春の台店のシフト管理は、店長である戸塚がしている。基本的にローカルスーパー「よだ」のシフト管理は、各店舗の店長また副店長が行っている。
「えーいやだいやだ! 可愛いゆいちゃんを車に乗せないの? 私、お義母さんの通院につきあってあげたんだから、これぐらいやってよ」
唇をとがらせてだだをこねる。
病院から呉松家からの春の台店にいくと少し遠回りになってしまう。だから正直断りたい。
しかしここは病院だ。結花の金切り声が結構大きい。耳をつんざくような声だ。
変に注目されても困る。
「あー、わかったよ!」
「えっ、ほんと? やったー!」
結花は勢いよく抱きつく。
ちょっとだだをこねればちょろいもんだ。
夫が困ろうが知ったこっちゃない。
大嫌いな義理の親の通院につきあってやったんだから、これぐらいやってもらわないと気がすまない。
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