第3話 上との差

 桜の舞う4月、不動は着なれないスーツを着てホエールズの入団会見にいた。「すげぇ、これがプロ野球選手になった証なのかよ……マジでやべぇ………」しかし、不動に注目の目はあまりなかった。代わりに一際注目を浴びていた選手がいた。

薄井孝敏、名門西宮学院に入学したものの上の層が厚く最後の夏も控え投手だった。しかし、潜在能力を評価されU18日本代表に選抜。そこで、快投を続け一気にプロの扉を開いた。しかし育成入団という事で不動はそこまで注目されていなかった。「何で甲子園にすら登板してねぇあいつが評価されてんだ。俺は甲子園優勝投手、そしてあいつと同じくU18日本代表だぞ。」不動はそんな事を思っていた。

入団会見で不動は『僕は一心不乱に努力をして、将来的には憧れの人のように海を渡りメジャーで最多勝を獲得することです。』と語った。


 そうして、春季キャンプが始まった。淡々とボールを投げ込み、走り込みを続ける日々。

「お前、いい球投げるやん。」そう言われて振り返るとそこには薄井がいた。「お前とは違って俺は甲子園優勝投手だぞ。お前なんかとは格が違うんや。」と冷淡に答えて不動は何処かへ行ってしまった。


 そうして春季キャンプも終わり、オープン戦が始まった。

しかし、不動が呼ばれることはなくひたすらトレーニングの日々だった。対して薄井は1年目ながらオープン戦に登板し結果を出していた。少なからず不動も「何で俺だけ………」

という感情が浮き上がっていた。


 そうしてペナントレースが始まった。相変わらず不動は2軍でトレーニングの日々、地味な練習をただただ毎日こなすだけ。

 対して薄井はというと、1年目から先発としてマウンドに上がりプロ初勝利を手にしていた。 

 不動は焦りを感じていた。同期の薄井が1軍で投げているのに甲子園優勝投手の俺が負けるわけにはいかない。そんな中不動に声をかける人がいた。彼の名は古島武和(ふるしまたけかず)、2012年〜2015年のホエールズ栄光の4連覇時のキャッチャーだ。現役を引退してからは、チームのバッテリコーチになり、

数々の名捕手、そしてキャッチャー目線から投手を見て、数々の名投手を育てて来たチームの英雄的存在だ。

 彼は、「不動、焦るな。焦って投げたところでボールをコントロールすることなんかできない。言っちゃ悪いが、あいつには野球の才能がある。一度、俺もあいつの投球を見た事があるんだが、「あいつは大成する」、そう思ったんだ。お前はもっと泥臭く、がむしゃらにやるんだ。努力して努力したその先に1人前の投手になれるんだ。」

不動の中で、何かが変わった気がした。

「…ボール、受けてもらっていいですか?」

不動はそう呟いた。「おう、何球でも来い。」古島はそう答えた。

この時、彼の心の中で何かが変わった。

そして、この言葉が彼を大きなピンチから

救うことになるのである。


入団会見→

新人選手が公の場に立つ初めての機会。


海を渡る

→野球界隈で『メジャーに挑戦する』ことを意味する言葉


春季キャンプ→

ペナントレースが始まる前にチームで行う

合同練習。育成選手や2軍の選手にとっては、

アピールの場となる。


ペナントレース→

各チーム2つのリーグに分かれ総当たり戦を行い優勝を決めるもの。ここで優勝すると

リーグ制覇となり多額の金銭が手に入る。

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