第22話 ある騎士の結婚準備 後編
「リーネン家史上最強確定おめでとう」
私の警護対象である国王第三王女ユーフィリノ・グリフォン・オーリン・グリーンが日課のお茶を中庭で楽しんでいる最中に告げてきた。
「何ですかそれ?」
お茶を用意したメイドはすでに屋内へと移動していたので若干、砕けた態度で聞き返す。こうしないとユノ王女はめんどくさくなる。
「母君を叩きのめしたんでしょ?」
「どこでお聞きになられたんですか?」
「聞いてないよ。簡単なパズルさ!ピース1!君の母君が過去一番イライラしていて、時々落ち込んでるらしい。ピース2!リラが騎士を辞める。この二つに諸々の情報を組み合わせれば見えてくる絵があるのさ!」
冗談の様に言っているが付き合いの長い私にはこれが事実であると判断する。パズルの完成図どころかパズルがあるかどうかも分からない状態で雑多な情報の中からピースを見つけだし、パズルを組み立ててみせるのが国王第三王女ユーフィリノ・グリフォン・オーリン・グリーンである。
「誰にも言ってないですよね?」
「もちろん!そもそも、王族離脱直前の私に会いに来る人はほとんどいないけどね!」
「自分で言わなくてもいいでしょうに」
個人的には能力の高い人物だと思うし、尊敬も敬意もあるのだが如何せん軽薄な物言いと面倒臭がりな性分、王族女子の宿命でもある可哀そうな見た目のため評価する人はほとんどいない。
そのため、本人が王族離脱を打診するとすんなりと通ってしまった。ユノ王女は幼いころから王族離脱を目指して、有能さを表に出してこなかったのだと私は考えている。年端もいかぬ頃からそれを行い、やってのけた能力と面倒から逃げようとする性根に畏怖の念すら湧いてくる。
「私の辞任も通りそうなんですから余計な事言ってダメになったら道連れにしますよ!」
「了解、了解!だからこそ、私が家を追い出されてもよろしくね!」
そんなユノ王女が隠していた有能さを私に開示する理由。それが王族離脱後も縁を保ち、今後とも力を貸してもらうことである。数名ほどではあるが私と同じような友好関係を築いている人物もおり、それなり以上の有能さを保持している。その事実は彼女のしたたかさを表していて好ましいとすら思う。
下心ではあるが特に思うこともない。人間関係のほぼ全ては利害関係の結果にしか過ぎない。だからこそ、利害関係を度外視できる関わり合いは得難く、輝かしい物なのだろう。
それに彼女は一方的に利益を要求するということはない。王族としての教育の成果か彼女は受け取ることと渡すことの重要性を知り、それをバランス良く行える。
有能な彼女となら末永く、相互に利益が出る関係を続けていけるだろう。ただ、だからこそ油断が出来ない点があるのも事実である。
「商家を起こすということですが準備はどうですか?」
「今のところは問題は出てないよ。だから、メノウ君の商品を商いさせてくれるよう打診しておいてね」
ユノ王女が笑顔で言う。王家離脱後、彼女は商家を起こすという。能力や性格的にも合っているので、彼女のやる気次第ではあるがそれなり以上の商家になるのは疑う余地もない。彼女が目指している物は現在の生活水準に王族としての責務からの脱却なのだから。
「それと冒険者ギルドの裏ボス、ファーラン君にも良しなにと伝えておいてね」
ファーランが冒険者ギルドを裏から支えていることはほとんど知られていないにも関わらずそう追加してくる。それについては驚きはないが話の流れとしてはいい感じではある。彼女の有能さを考えるとこの会話の流れを狙ってして来たのではと思ってしまうがそれは些細なことだ。どっちにしても話すことになる。
「了解しました。ユノ王女なら心配はないですから。……それで、話は少し変わるのですが今回、騎士を辞める一番の理由は私の結婚準備のためとなっています」
「結婚準備って言ってるけど婚約もまだなんだよね?結婚準備ってどういうこと?そもそも、結婚するから騎士辞めますってのもよく分かんないけど」
「結婚をするために行動全てが結婚準備です。結婚するために婚約するのですから、婚約する前だろうが結婚を目標に行動していればそれはすべからく結婚準備です。それに結婚したらその相手を万難から守るためにも騎士なんて拘束時間の長い仕事なんて続けられるわけないですよね。出来るなら仕事なんてしたくないくらいですよ」
「うん。君と私の間に準備という言葉に解釈違いがあるのは理解したよ。あと、常識にも齟齬があるね」
「話がそれてしまいましたがその相手は私だけでなく、メノウとファーランの旦那様になる予定です」
ユノ王女には表面上の変化はない。先程の発言内容を事前に予想していたか予想していなかったか判断はできない。
「それで私にちょっかいを出さないようにってことかな?出したら君だけでなく魔王と獣王の機嫌も損ねるよ、って」
ユノ王女は冗談っぽく言ってはいるが彼女は驚くほど男癖が悪い。そして、非常にモテる。王族離脱の理由が好き勝手にハーレムを築くためだとか、王家離脱を許された理由が数多くの貴族の男子を誑し込んだからだとか。同じような容姿ランクなのにそのモテようには納得がいかない部分も多々あるがケイトに近づけていい類の人間ではない。
「いえ、違います」
珍しく本当に驚いたときの表情になる。お付き合いの時の驚いた表情とほんの少しの違いだが付き合いが長いためそう判断できた。思わず笑みが出てしまう。
「ケイトさんに手を出そうとしたら私があなたを殺します」
「……えっと、……本気?」
「どこに隠れようが、どこに逃げようが魔王の技術と獣王の技術で探し当てます。そして、私が殺します。殺した後は魔王の技術と獣王の技術で露見しないように隠蔽します。私とケイトさん。メノウとファーランは平和に楽しく過ごせますね」
「私はまだ王族なんだけど……そもそも、私と君は友人関係だよね?」
「まだとか元とか私は気にしません。……そうですね。友人のよしみで心の底から殺してくれと言ってくれればそれを酌みましょう」
「……たまげたなぁ」
絞り出すようにお道化た返事をするがユノ王女の表情を見るに釘差しは上手くいったとまた一つやるべきことが終わり、結婚へと一歩進めたことに喜びが沸き上がる。
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