第21話 ある騎士の結婚準備 前編
「リラちょっと待ちなさい!」
背後からの声だが言葉遣い、声色で誰だかすぐに分かる。可能なら振り返らずにこのまま自宅に帰りたいのだがそうもいかないだろう。そもそも、遅かれ早かれ顔を突き合わせて話をしなくてはならなかったのだし。
「どうしましたか母君?」
振り返ると予想通り母親だった。ただし、自宅なのに本気装備を全身に纏っている。理由は……想像がついた。想像通りなら話は早い。こちらにも都合がいいことだとバレないようにしつつ、母君の思惑に便乗させて貰おう。
「どうしたじゃない!騎士を辞めるとはどういうことだ!!」
「まだ辞めてはいませんよ。ユノ様の王室離脱を見届けてからですね」
「屁理屈を捏ねるな!!そもそも、ユノ様がどのように行動なされようがお前が騎士を辞めていい理由にはならんだろうが!!」
「ユノ様の専属近衛に対してその言い草は少々乱暴ではないでしょうか?」
「忠誠心の欠片も持ち合わせてないようなお前が言うな!!」
「ユノ様が近衛を必要とされなくなったからと次の主人を頂くことこそが忠誠心に欠けているのではないですか?」
「忠誠とは国家に捧げる物であり、例え王族であろうと個人に捧げるものではないであろう」
「そこは個人の見解の相違でしょう。私は母君のその意見に異を唱えないので私の意見にも異を唱えないで頂きたいですね」
「異を唱えるなだと!!当主の私に向かって!!」
「そうは言いますが私は既に成人し、母君の望み通り独立している身。そもそも私ごときが辞めてもリーネン家には毛ほども揺るがないのではないでしょうか?」
「……減らず口ばかり叩きおって。騎士を辞めてどうするつもりだ」
「そこ聞いちゃいます?聞いちゃいますか~!かぁー!仕方ない!!これは仕方ない!!上から目線でダメ出しして、諭すふりして騎士を続けさせようと画策されてるのは分かりますが仕方ないですよね!!」
「さっさと言え」
「旦那様候補が見つかったので彼だけの騎士になります!!」
「……それは先走りすぎだ。相手の事も考えて頭を冷やせ。そもそも、騎士を辞めるほどのことではないだろう」
「いえいえ、母君。それは否です。役職としての騎士としてがその程度なことであり、守りたい人を守り続けることこそが私にとっての宿願。私が人生における最大の目標なのです」
母君の表に様々な感情が浮かぶ。その中には私を想うものもあるだろうがそれを汲むことはしない。それは私とは相容れない考え方からの発露なのだから。
「武家らしく決闘で決めましょうか?」
お互いが譲れないのなら暴力で決めるしかない。母君が本気武装なのはそういうことだろう。
◇◇◇◇◇
場所は実家の地下訓練場。時はあのやり取り後すぐ。こちらが装備を整える時間を与えず、自分は準備万端。姑息ではあるが効果は大きい。その年代では最強との呼び声も高い母君としては慎重である。
まぁ、あまりつつくと拗ねて、決闘が無しになると困るので言わないけど。
「武器はいいのか?」
訓練場の中央で向かい合った母君が問いかける。
「まぁ、無くてもいいでしょう」
母君が苦々しい顔をする。装備の不利を押し付けてきたくせに私が不利を選択するとそんな顔をするのかと少し可笑しくなる。実際には練習用の武器では耐久力に信頼がおけないので無手を選択しただけなのだがこれは言わないでおく。
「頂点に至れないくせに私を愚弄するとは」
相対していた母君の隣にもう一人の母君が現れる。瞬きをするごとに増え続け計6人。表面上に違いは見られない。開始の合図がないのがこれまたセコイと思う。
「悪夢」。母君の二つ名である。幻惑の魔法で自分の分身を作り上げ、その中に紛れ込み急所や意識外からの一撃を狙う戦闘スタイルからそう呼ばれている。自分の強みを押し付けるシンプルなスタイルではあるが生来のスピードと幻惑魔法の技量で戦闘スタイルが割れているにも関わらず勝利を積み上げてきた古強者である。
伝聞によれば母君の分身は最大5体。手にしている槍を模した棒こそ模擬用だがやはりその他の衣装や装飾品は本気装備で間違いないようだ。これなら速度、攻撃力ともに容赦ないモノになっているだろう。
「いくぞ」
母君がそういうと全部の母君が散らばるように走り出す。速度もかなりのモノだが動き出してなお、分身と本体を見分けることが出来ない。幻惑魔法の使い手が少ないことを除外しても母君の幻惑魔法の技量は頂点と言っても間違いはないだろう。
散らばるように移動していた母君達は一斉にこちらに向かって進路を変更する。妖精然とした姿が六人分こちらに殺到する光景は間違いなく「悪夢」だ。
そんな呑気な感想を思い浮かべながら、影の有無、音、気配など分身と本体を見分ける努力を行う。
ただ、努力も空しくタイムアップ。
幾人もの母君が飛び掛かるのを見つめていると鳩尾に衝撃が響く。数多くの母君が消えていき、残ったのは棒を突き出した姿勢のまま驚愕の表情をした一人だけ。幻惑魔法すら解けてしまうのは流石にどうかと思うがどちらにしても詰みではある。
「この程度でダメージ食らっていると魔王やら凶獣やらとは喧嘩もできないんですよ?」
そう言って突き出されたままの棒を片手で握る。それを察して母君の表情が変わる。
意識、無意識に関係なく距離を取ろうとするだろう。
予想通り母君の重心が後ろに傾くのが棒を通じて伝わる。母君が自分から後ろに跳ぶより早く一歩を踏み込み、棒を押し込む。
母君の足が地面から離れる。棒の支配が母君から私に移るのを感じながら母君を巻き込むように棒で円を描きながら力の方向を下方向、地面へと誘導して、
ドン!!
大きな音と微かな土ぼこりが舞う。地面の上には若干痙攣している母君。……頭から落ちないように気をつけたけどこれ大丈夫だよね?
平静を装いながらポーションをかける。痙攣が収まり、呼吸も安定している。意識は失ったままだが多分、大丈夫だろう。流石に母親殺しの業は背負いたくない。
それじゃあ、無事なのも確認したから母君が起きる前に退散しようか。
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