第19話 錬金術師と愛力の果実 事後報告

「ただいま。親分」


職務机でペンを走らせていたファーランに獣人の少女、カナメが声をかける。


「おかえり。問題はなかったか?」

「うん。問題はなかった。二人とも怪我もないし、けいと君の方には襲撃者もいなかった」

「それは重畳。メノウの方は何がこようとも自分で対処するだろうけど、ケイトの方はどうしても万が一があったからな。で、メノウの方に来ていた襲撃者は?」

「……騎士ナーノント」

「……だれ?」


二人とも知らない人物。予想外なせいでちょっと気まずい空気が流れる。


「本人の言うことが正しいならデュルアー子爵家に仕える騎士だそう」

「ごめん。デュルアー子爵も知らない」

「最近、代替わりして名を挙げてきた貴族らしい。まぁ、それでも有象無象感は拭えない」

「有象無象で代替わりか……」

「裏取りした後の話にはなるけどどう対処する?殴る?」

「いや、殴るのは無し」

「じゃあ、慰謝料せびり?」

「それも無し」

「なしなし、なしなしって親分どうした?魔王の姉御はこっちで対処してくれると思ったから捕虜をこっちに渡したんじゃないの?」

「前半部分の発言はスルーするけど、後半のあいつの対応は単に面倒だからこっちに丸投げしただけだと思うぞ?そもそも、この件は裏取りするまでもなくデュルアー子爵の寄り親に報告しておしまいだ。前にそう決めたからな」


カナメが首をかしげる。ファーランは彼女が直属の部下として働き始める前に決まった話であることをその様子から思い出す。それなら、今後のためにも話していた方がいいだろう、と説明を始める。


「あいつは魔王と恐れられていると同時に凄まじいレベルの錬金術師なんだよ。普通のレシピで錬金品を作っても王国で屈指の品質。それでも十分だがあいつは研究熱心で柵にとらわれない独創性も併せ持っている。あいつが生み出した錬金品は現時点で王国史でトップだし、あいつの研究で進んだ物は両手両足の指でも足りないくらいの数になってる」


ファーランが言葉を切って窓の外を見る。


「金になり、武力になり、延命の助けになる。だから金が欲しい奴が群がり、更なる武力を求める奴が群がり、死におびえる奴が群がる。世界にあるほとんど全ての欲望を叶える可能性があいつにはるのさ」

「……よく無事ですね」

「あいつは魔王だからな。……ああ、魔王だから群がってくる奴らを潰して潰して潰して、最後には群がってくる奴らが音を上げた」

「親分も一緒に潰したの?」

「ああ、俺もリラも手伝った。痛快だったぜ。何せ、悪いのはあいつらだからな」

「親分、悪い顔してる」


ファーランが咳払いをする。


「で、話し合いの結果として奴らはメノウには手を出さない。出した場合はその陣営で処罰する。メノウが陣営に対して攻撃するのは無し。メノウは気が向いたら注文された品を作って販売する」

「譲歩の仕方で親分たちの暴れっぷりが察せるね」


カナメのあきれた声にもファーランは胸を張って笑う。


「単純に考えれば今回の件はあいつの事を舐めてる調子に乗った若輩者が暴走したからってことになるかな。……取り決めがなければ何が原因で暴走したかぐらいは調べたいとこではあるんだが」

「そこら辺は親分がちゃんと貴族様への手紙に書けばいいんじゃない?ちゃんと調べて報告しろよって」

「……一応、冒険者連中からそれとなく情報収集しとくか」

「心配性だね。けいと君が関係するから?」

「まぁ、ケイトは戦う力がないからな」

「惚れた弱み?」

「……まぁ、それも含まれるかな」

「親分、顔真っ赤」

「自分で分かるからほっといてくれ。で、騎士ナーノント殿は今どうなってる?」

「露骨な話題そらしだけど出来る部下である私は乗ってあげる。騎士さんはこの街の宿屋に突っ込んでる。裏取りするなら確保しといた方がいいかと思って」

「宿屋に突っ込んでるって……もしかして、文句が言えなくなるぐらい心が折れてる?」

「うん。ぼっきり。監視員の話によると一瞬で負けた後、従わなかったらうんたらかんたらって恐喝した結果、人の2、3倍もある水の塊をずっとぶつけられていたみたい」

「拷問の類じゃねえか」

「地面の上で丸まって泣いてた」

「相変わらず過ぎる。本当にデュルアー子爵の騎士殿かどうかだけ確認取れたら開放してやれ」

「了解、親分」


カナメはファーランの雰囲気から話がここで終わらないと判断する。彼女には珍しいことにファーランは少し躊躇し、それでも口を開く。


「……ケイトはどうだった?」

「普通の子。もちろん、かなりのいい子だとは思うけど……何か気になるの?」

「……いや、俺とメノウあとはリラの大事な人になるってことはいろいろ大変なこともあるだろうからな。カナメから見て何か気づいたことがあったら知っときたいと思ってな」

「魔王の姉御から離れてても狙われてる様子も無かったし、けいと君も自然体だったから気にしすぎだと思う」

「……それなら安心だな」

「……私も一つ聞きたいことがある」


空気が少しだけ変わるのを感じ、ファーランが頷く。


「魔王メノウは強い?」


ファーランは年若い、獣人の部下を見つめて、その問いの真意を想像する。感想は「若いなぁ~」だ。


「メノウは典型的な後衛魔術師で使える魔法は基礎の攻撃魔法に防御魔法。魔力の関係で身体能力はそこそこあるけど武器での戦いは王国の一般兵士程度。なによりも戦闘に関するセンスも強くなろうという意欲もない」

「……けど、強い?」

「まぁ、そうだな。あいつの強さの根っこは魔力量と魔力操作だ。学園生徒時代に教師をノックアウトしたとか聞いたことだろ?」

「一応。本当なの?」

「本当だ。一応、教師はあいつのことを舐めてた部分があったし、あいつは舐められてるのに気づいていた。奇襲で押し切ったのと似たようなものではあるけどな」

「油断があったのなら……」

「あの時は基礎魔法の取得が終わった直後だったからトーアス先生が舐めるってか油断したのも仕方はないんだけどな」

「基礎魔法の取得が終わった直後って十代だよね?それって奇襲やら油断があったからってどうしようもなくない?文字通り大人と子供で大人側はその道の指導ができるプロだよね?」

「まぁ、そうなんだが戦うまでに三か月の準備期間をもぎ取って、戦い方もこっちが有利になるように移動無しで魔法の打ち合い。先手まで譲って貰ったからな」

「かなり有利なのは分かったけど……具体的にはどうやって勝ったの?」

「無詠唱ファイアアローの連打。トーアス先生も防御魔法で防いだけどお構いなしで一時間近く撃ちまくって結局、トーアス先生が魔力切れで失神」

「えぐいごり押し」

「勝ち筋はそれぐらいだったからな。トーアス先生もあいつの魔力量は知ってたけど三か月で無詠唱を取得するとは思ってなかっただろうな」

「冒険者やってるガチガチの実践魔法使いでも詠唱省略が精いっぱいで無詠唱できる奴はほとんどいない。親分が魔力操作が得意って言うのは納得」

「まぁ、あいつにとっては魔力操作は……生きるためには必須だったらしいからな」


ファーランは真剣な表情でカナメの目を見て話す。


「魔族には極稀にだが魔力量が多すぎて死んじまう子供が出るそうだ。あいつも生まれつき魔力量が多くて小さいときに死んでてもおかしくなかったらしい。それでもあいつの両親が錬金術師であいつが死なないように必死に頑張った。本人にもそれが分かったから二人のためにも魔力を制御して生きようと必死に努力した。あいつの強さは生きるため、両親に報いるための結果でしかないんだ。力試しがしたいなら俺かギルドの暇人どもにしとけ。そもそもあいつと戦っても面白くないし、得るものもないからな」


ファーランは話し終わるといつもの快活な笑顔を見せる。カナメは真剣な表情のまま頷く。


「分かった。……ナーノントの身柄を確認してくる」


そう言ってカナメが部屋から退出する。


ここまで言えばカナメがメノウに挑むことは当分ないだろう。メノウの事を思って挑むことを止めたのはあるが半分以上は少女のためでもある。才能もあり、可愛がっている部下が折れるのを見たくはない。


メノウとの戦闘は本当に心が折れる。生まれ持った魔力量で手も足も出せないまま擂り潰されるのだ。メノウがそこに至るまでどれだけの努力をして来たのか知っていても理不尽に感じることもある。知らない奴にとっては世の不公平を呪ってもおかしくない。


机の上に置かれていた冷めたお茶を一口すする。


少女に語った事はメノウのほんの一部分にしか過ぎない。そもそも生徒時代のメノウと現在のメノウでは魔法の次元がことなる。文字通り生徒時代の魔法は児戯と呼べるレベルで。


使用する攻撃魔法こそ基礎魔法ではあるが無詠唱から始まった魔法の改変は魔法その物を巨大化する範囲拡大や魔力を圧縮しての威力向上、意図した速度への変更、魔法の軌道を変化させたり空中で停止させたりできないことがあるのかと思えるほどのバリエーションがある。


戦闘のセンスも経験で補っている。元来、頭の回転が速いメノウはファーランやリラという戦闘の怪物とぶつかり合う中で戦術と対応力を磨き上げてきたのだ。並みの「天才」では彼女の戦術を覆すどころか眉一つ動かすことも出来ない。


椅子に座ったまま背筋を伸ばす。視線は机の引き出し。一瞬以上の葛藤の末、机の上のお茶請けへと手を伸ばす。


そして、メノウは錬金術師である。錬金術師とは薬学、木工、冶金、鍛冶、細工、裁縫など様々な生産技術を広く、深く修めた者を指す名誉称号である。先程の会話でカナメは反応しなかったがファーラン、リラにはないその要素こそが彼女が魔王と呼ばれるのに相応しい所以であるとファーランは思っている。


傷を癒すポーション1つだけでも生きるか死ぬかは変わる。世界規模で錬金術師として上澄みの彼女が製造するポーションの品質は破格である。同様のことが道具や装飾品、衣服に武器防具にも言えるのである。


彼女が自画自賛している最高傑作たる自宅、メノウ邸は王族の親衛隊であるリラ曰く、王城を超える堅牢さだとのことだ。本人には内緒だが「魔王城」と呼んでいる。


遥か昔、人と亜人、魔族と、それぞれが分かれ、争っていた時代、魔王とは「個人」を超えて、「国家」に敵対するモノにつけられる畏怖への名称だった。


大多数の人はメノウの圧倒的魔力と慈悲の欠片もない徹底した魔力量を前面に押し出した戦い方を指して魔王と呼ぶ。しかし、彼女を知る少数の者はその錬金術師の才がもたらす影響力を持って魔王と呼ぶ。


カナメが求める力とは根本が異なる力、だけれども重なる部分もある力。それを知った時、獣人の少女がどうなるのかファーランにははっきりとは分からない。超えるために奮起するか、心折れるだけか。それとも、暗い嫉妬に落ちるのか。


とりあえず、今回は興味をそらせただろう。


「俺もリラもよくあんなのと喧嘩してたよな」


少しだけ昔を懐かしみながら茶菓子とお茶を楽しむ。一時の休憩を終えるとファーランは事務仕事に戻った。

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逆転世界で錬金術師のお弟子さん生活 三文茶筆 @sanmontyafude

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