第17話 錬金術師と愛力の果実 その9

「はぁぁぁ~」


お師さんが深くため息をつく。気持ちは分かる。お師さんの言っていた面倒なことは小柄な犬顔の人、カナメさんとの会話でだいたい察することができた。


アカアケツドリの実採取は毎年、ファーランさんがお師さんの代理として請け負っている。今回、お師さんが直々に来たのはファーランさんの仕事が忙しく時間を空けることが出来なかったからだ。


で、ファーランさんは冒険者として有名とのこと。功績だけ見ても歴代の名立たる冒険者にも引けを取らない、誰もが認める現世代のトップ冒険者。


僕にとってはぶっきらぼうだけど優しくて、ちょっとシャイな年上の美形お姉さんだったので地味にびっくりした。友人の弟子という立場の僕に対しても全然偉ぶらず、逆に気を配ってくれたし。


そして、そんなファーランさんには熱心なファンが多い。姉御肌を体現したような性格に冒険にロマンを求めるところが人気の秘訣らしい。ただ、その外見のせいでファンは女性が九割九分九厘。……そんなことまで言わなくても良かったのに……やっぱり、カナメさんは一言多いと思う。


で、そんな熱心なファンが毎回、アカアケツドリの実、採取解禁初日にファーランさんが来ると一部の熱心なファンが知って、その姿を見ようと集まったらしい。


……ここまでは僕も分かる。憧れの人がいるなら直接見てみたいっていう気持ちは想像できる。


で、その中の更に一部の人が自分の力を見てもらいたいと思ったらしい。


……スポーツとか格闘技とかでの憧れだったらそういうこともあるかもしれない。僕は運動音痴なんで共感はちょっと出来ないけど。


で、その一部の人の更に一部の人がファーランさんに襲い掛かったらしい。


……一応、ルール内の「水をかける」ことを目標にした行動だったらしいけど襲っちゃうってどういうことだろう。本人に断りをいれることもなくことに及んだらしいし。


で、襲われた本人のファーランさんは見事返り討ちにして、楽し気に笑う。その後、襲われたにも関わらずファーランさんからのお咎めも苦情もなし。結果としてアカアケツドリの実、採取解禁初日は非公認だけどファーランさんに挑戦できる日として認識されるに至ったそうだ。


僕にはちょっと理解は無理かな?という流れだ。僕が会ったファーランさんと同一人物の話かな?と現実逃避してみるけど実際にはこの世界の人たちはちょっと血の気が多い人が多いのだろう。ファーランさんはそんなファンの人たちの期待に応えてるとか?


で、そんな状況の中でファーランさんでなくお師さんが来ることになってしまったのだ。採取解禁日の数日前、ファーランさんから自分は参加しないが依頼主である『魔王』メノウが採取に参加することが伝えられる。そして、最後に一言。「楽しむといい」と。


ファーランさんの熱烈なファンで熱烈なファンなのにファーランさんに戦いを挑む好戦的な人たち。ファーランさんではなくても武勇が轟くお師さん。それならばと歓迎することになったそうだ。


ファンの人たちの行動についてはもうそういう物だと無理やり納得することにする。あと、ファーランさんの最後に一言に関しては何となくファーランさんらしいなと思ってしまった。自分でもそう思ったかのかちょっと不思議だ。


「作戦タイム!」


お師さんが僕の肩をつかんで、カナメさんに背を向けるように二人でしゃがみこむ。


「けーくん。どう思う?」

「いろんな人がお師さんに水をかけようと襲ってくることになる……とかですかね?」

「でしょうね。ファーランに憧れてるなんて基本蛮族だろうし、けーくんがそばにいてもお構いなしでしょうね」

「水をかけられるぐらいなら大丈夫です!」

「私がいるから万が一もないとは思うんだけど……億が一、兆が一。そしたら……濡れた肢体……体に張り付き透ける衣服……ファーランファンの蛮族ども」

「お師さん!すいませんが別行動にしましょう!!」

「だよねぇ~。非常に、非常に残念だけど……向かってきた奴らには後悔の文字を刻み込んでやる」


お師さんの口から過激な宣言が出る。声のトーンから100パーセント本気だと分かる。でも、僕はそれをスルーする。


お師さんが採取するに当たってカッコいいところを見せようと張り切っていたことは知っているし、僕だってお師さんと二人での採取を楽しみにしていたのだ。是非、お師さんに返り討ちにあって反省して欲しい。水鉄砲だとしても人を襲うのはダメ!絶対!!


「遠出用装備は大丈夫だよね?」

「はい!ちゃんと着けてます」

「よっし!じゃあ……」


お師さんが立ち上がりながら、カナメさんへふり返る。


「依頼料は弾むからこの子と一緒に採取してね」

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