第14話 錬金術師と愛力の果実 その6

ファーランの「お前が採りに行け!」の言葉が私に閃きをもたらした。


アカアケツドリの実を採取しに行くとなると行きに三日。採取に一日。帰宅に三日。ただでさえ、家から出るのは面倒なのにけーくんという天使を知った今の私が七日もの間、けーくんと離れ離れになる。……まさしく、身を切るような苦痛。耐えられるビジョンが見えない。


なので、ファーランに採取を断られたら誠に残念ながらアカアケツドリの精力剤は今年は無しにしようと思っていたのだが……。


もともと、アカアケツドリの実から作る精力剤は私の販売している商品の中では少々、変わった立ち位置の商品である。


私の店は依頼と店頭での二つの販売方法をとっている。


依頼は限られた知人友人から頼まれた錬金品を作って、その代金を受け取っている。代金はケースバイケースだが依頼人と依頼内容は厳選しているので割と好き勝手に吹っ掛けたり、素材代のみだとか緩くやっている。


店頭販売は好き勝手に作成した錬金品に値付けをして、店舗に訪れた不特定の人間が買っていく。値付けに関しては同業者の値付けを参考に技術料を上乗せしている。私にとっては適正な値段だが錬金術に疎い層には暴利に見えるらしく開店当初は色々あったが一つ一つ丁寧に対応して現在は平穏な日々が続いている。


そして、アカアケツドリの精力剤は店頭販売なのだが技術料をほとんど上乗せしていない。細かい理由もちょこちょこあるが、技術料を上乗せしていない一番大きな理由を言葉にするなら気まぐれとなる。


アカアケツドリの精力剤は身なりだけではなく仕草にも育ちの良さを感じさせる推定貴族ややり手の雰囲気をまとった推定豪商など物を見る目が肥えていると思える人間が一瞥して通り過ぎる商品の一つである。


ある意味それは仕方がない。私の作成した精力剤は他の同名品と込められている魔力はさほど変わらない。そして、その同名品は『女と男の夜を燃え上がらせる』というキャッチコピーではあるが実際には心持ち元気になる気がするジンクス程度の商品である。値段も魔力量も平凡なこの精力剤を購入力のある客が購入したいと思うことはないだろう。


ただ、私が普通の錬金品をわざわざ店頭に置くことはない。


ある時、私はアカアケツドリの精力剤に興味を抱いたことがある。きっかけは古い時代の書物の内容。古い書物にも出てくるアカアケツドリの精力剤は今と変わらないキャッチコピーではあるものの真剣度が違うと言うか、現在のキャッチコピーに対するちょっとした大袈裟な表現と捉えている空気がないのである。


古い時代の書物の持ち主であるファーランの自宅に入り浸り、山のような書物をいくつもいくつも読んで仮説を立てる。


製法の断絶。


過去のアカアケツドリの精力剤はキャッチコピーそのままの効力があった。しかし、本来の製法が何らかの理由で途切れてしまい現在のアカアケツドリの精力剤は過去のものより効力が落ちてしまっていると。


そこからは書物の調査と並行して実際に市販の精力剤を調べたり、アカアケツドリの実を取り寄せて分析したり、実際に精力剤を作ってみたり。たどり着いた結論は製法の断絶ではなく実を収穫したあとの処理の方法が断絶していたということだった。


アカアケツドリの実は収穫直後から男女を燃え上がらせる効用が抜け始めるようで適切な処理を行わなければ一日後には適切な製法で作ってもただの滋養のある飲み物となってしまう。


古い書物を手掛かりに試行錯誤の結果、どうにかそのタイムリミットを5日程度まで延長することに成功した。それを使えば一般流通している精力剤とは一線を画する精力剤を作ることが出来たのである。


ただ、それで出来た精力剤は一方的な無法ができる程の効用は無く、相互に思いを通わせる男女に普段と違った夜を送る程度の物だった。それに加えて効用は精力剤にしてもゆっくりと劣化が起こり、約一か月程度では実感できるほどの効用は無くなってしまう。


これが昔のアカアケツドリの精力剤に届いていない可能性もあるが私はこれはこれでいいと思い、それ以上の改良には着手していない。


一方的な思いを通す物ではなく、思いを通わす者同士を後押しするから昔から親しまれ、劣化した現在でも消えることなく続いている理由なのではないだろうか。


そんなちょっとだけ思い入れのある商品が値段や魔力量で買われるのは見ていてあまり気持ちがいいものではない。だからこそ、驚くような高価にせず、されど一般に流通している物よりもある程度高い値段で店頭に置くことにしたのだ。アカアケツドリの精力剤の効果を求めている人に届いていると思っている。


実際にメインターゲットの客層から外れた商品ではあるが作れば作っただけ売れる。購入層も一部の目ざとい客を除けば街の人々である。そして、それは『女と男の夜を燃え上がらせる』を目的としている人々というわけである。それなりの数の購入者達が使用感を語ってきたので間違いない。あまりにうざくて何人かは殴り飛ばしたほどである。嫉妬ではない。


私はある程度の思い入れがある製品をその製品を目的として購入する客に販売でき、購入者はある程度の値段で購入できるウィンウィンの成立である。決して毎年せっせと制作している理由は決して万が一、億が一の奇跡に備えるために作っているわけではないのである。私が常に持っているのはお守り代わりなのである。


そんな私にとっても特別な錬金品だがけーくんと七日間も離れることを考えると今年は無しの天秤に傾いてしまうのだが……けーくんと一緒ならばそれは素敵な二人きり旅行になるのではないかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る