第10話 錬金術師と愛力の果実 その3

パタンと音を立てて扉が閉じる。少しだけマナー違反な気もするけどそれだけ職員の人も慌てていたことの証明なのかもしれない。気持ちは分かるのでお師さんが気にしていないなら何の問題もない。


扉もそうだが室内に配置されている家具から高級品の輝きが出ている気がする。ソファーの座り心地もかなりいい。お師さんが冒険者をノックアウトしたあと、カウンターから飛び出してきた職員に案内されたのが今いるこの部屋である。


冒険者が先に絡んできたとはいえ、暴力で解決したので牢屋にでも案内されるかもしれないとちょっぴり思ったのだがそんなことはもちろんなく、この高級感漂う応接室に案内されたのだ。


視線を閉じた扉から前に戻すと食べ物や飲み物がこれでもかとこれでもかと所狭しと並べられてるテーブルが映る。謝罪の気持ちというよりも怒らることへの恐怖の気持ちが透けて見える。そう思ってしまうからかテーブルの上の食べ物飲み物は供物に見えてくる。


ちらっとお師さんを伺うがいつものお師さんである。それに怖いと感じる人に怖がるなと文句を言うのは横暴なのも分かっている。僕がこの件で出来ることはまだ考えつかない。だから、今は嫌な気分になことをお師さんに悟らせないことが僕に出来る唯一のことだ。


「お師さん。この出された飲み物食べ物は食べちゃってもいいんですよね?マナー的に?」

「うん。別に食べても大丈夫だよ」

「じゃあ、お師さんは何飲みますか?僕はこの紅茶にしようかな?」

「ええっと、じゃあ、けーくんと同じものを貰おうかな」

「了解です」


ごちゃごちゃとしたテーブルからソーサーごと紅茶を取ってお師さんに渡して、自分の物を確保する。お師さんが紅茶を口にしたのを確認して自分も口を付ける。


「なかなかお高い茶葉を使ってるね」

「お師さんは紅茶にも詳しいんですね!」

「まぁ、そこそこにね。リラに散々付き合わせられた成果ね」

「リラさんは紅茶好きでしたね。飲む姿も格好良く決まってましたし。僕は紅茶のことは全然わかんないです。いつも家で飲んでる紅茶の方がおいしく感じます」

「そっか~。けーくんはいつもの家の紅茶が美味しいか~」


お師さんがくねくねし始める。こうなると会話は不可能になるので収まるまでそっとしておくことにする。


紅茶を一口。僕の子供舌にはちょっと苦みが強い。甘い物が欲しくなりテーブルを見る。色とりどりのその中にクッキーを発見する。紅茶をテーブルに戻していそいそとクッキーの皿を取る。


うん。甘くて美味しい。ちょっと固いけど、かみ砕いたときにバターと小麦の香りが口の中で広がって自然と笑顔になってしまう。……そういえば、こちらに来てからは固いクッキーしか食べた覚えがない。しっとりした柔らかいクッキーは無いのかな?思い出すとちょっと食べたくなってきてしまった。


「お師さんの仰っていた通り、すぐに絡まれちゃいましたね」


隣でくねくねしていたお師さんの動きが止まったので話しかける。今回のお使いにお師さんがついて来てくれた理由の一つに僕のボディーガードがある。他の場所ならそこまで問題は無いが冒険者ギルドは絶対に絡まれると。


僕もその言葉で身構えていたけどあんなに素早く絡まれるとは思っていなかった。最近の行動範囲は僕がお師さんの弟子であると知れ渡っている場所ばかりだったので警戒心が薄くなっていかもしれない。僕一人で来ていたらと考えると体が震えそうになる。


「でしょ!!冒険者なんて野生動物と同じなんだからテリトリーに入ってきた他人に対してとりあえずで因縁ふっかけてくるのよ!!けーくんは顔を隠していても美人オーラが出てるんだからあわよくばとか絶対考えるのよ!!」


冒険者に対するお師さんの行動がやりすぎかどうかは僕には分からない。……ただ、お師さんが僕の身を案じて色々と行動してくれるお陰で僕はちょっとした怖い思いをしたことがあっても、実際に怖い目にあったことは一度もない。


この世界に来て、初めて会った人がお師さんで本当に良かった。お師さんと神様に感謝だ。


「それにしても魔法って凄いんですね!」

「?そうだね。魔法は凄いよね」

「あんなに大きな人を片手で抑えるし、殴られたり、蹴られたりしても全然、大丈夫だし!」

「魔法で?」


あれ?お師さんに話が通じていない?あんな大柄でごつごつした、戦士戦士な冒険者を片手で止めたり、攻撃を無効化していたので何かの魔法を使っていたと思ったんだけど……。


コンコン


「はい!どうぞ!」


考え事をしている所に突然のノックで反射的に入室の返事をしてしまう。お師さんを差し置いて入室の許可を出してしまったことや声が上ずってしまったのが非常に恥ずかしくて顔が熱くるのを感じる。




◇メノウ手製のブレンドティー

メノウ邸にて常飲されている紅茶。リラに依頼されて、彼女用のブレンドティーを制作しているときに自分好みのブレンドティーも欲しくなって制作された物である。

素材である茶葉やハーブは一般的に流通している物がメインで値段も常識の範囲内で収まる。

ただし、素材の種類が非常に多く、素材一つ一つの品質にも妥協はしない。メノウの基準値に達しないと切り捨てて代わりの品を模索し始める。結果として一度として同一のレシピで制作されたことはない。

配合などにも錬金術師の技が惜しみなく発揮されており、制作されるまでに使用される『解析』の回数はメノウの制作物の中でも上位に入る。

手間暇、知識、技術のどれか一つでも欠けると成立しない、他者から見ると狂気を内包した紅茶である。

余談ではあるがファーランがこの紅茶の隠れた熱狂的ファンである。

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