第9話 錬金術師と愛力の果実 その2

「あっちゃー。アカアケツドリの実は無かったか。ごめんね。けーくん」


お師さんに持ってくるように頼まれた素材は結局見つからず、保管庫になかった旨の報告をお師さんに行った。任された仕事が達成出来なかったのは残念だけど早めに分かっただけでも良かったと思おう。


「ファーランが来た時に頼もうかと思ってたんだけどすっかり忘れてたわ」

「ファーランさんにですか?」


ファーランさんは確か優秀な冒険者だったはずだ。


「そう。珍しい素材でね。流通しているのは見たことないからいつもはファーランに頼んでるの」


やっぱり、お店で売っているような品物ではないらしい。それでも……


「一応、街の中で売っていないか探してきましょうか?」


在庫がなかったとはいえ、頼まれた仕事はアカアケツドリの実をお師さんに届けることだ。僕に出来ることはやっておきたい。


「え?けーくんが?」


お師さんが驚いて、そして、ちょっと嬉しそうに笑う。驚かれた理由は分からないけど嬉しそうにしてくれたので僕の行動は間違ってなかった。


「うーん。今すぐに必要って訳じゃないけど……定期的に注文が来る品物の素材だから無いと困るのよね。……よっし!二人で探しに行こうか!」


お師さんの役に立ちたくてアカアケツドリの実を探しに行くことを進言したのにお師さんがついて来てくれることになった。まぁ、お師さんが楽しそうなので問題なんて何にもないんだけどね。




その後は二人でいつも利用させてもらっている素材屋さんに行ったり、表通りの大きなお店を覗いたり、商業ギルドまで確認したがアカアケツドリの実を見つけることは出来なかった。お師さんの言葉通り珍しい素材らしく見つけるどころか知らない人の方が多い有様だった。


そんな状況もお師さんは予想していたようで最後に冒険者ギルドへと行くことにしていたようだ。無かったら冒険者ギルドからファーランさんに依頼するらしい。そんなこんなで冒険者ギルドの扉をくぐって、カウンターへと歩き出して数歩。獣人らしき女性冒険者が立ちふさがる。


「坊や。美少年のにおいがするな。シルバー冒険者のオール様の酌をさせてやるからこっちにこい!」


立ちふさがった冒険者は長身のお師さんと同じぐらいの背丈だが横幅や厚みがお師さん三人分くらいありそうだ。その大柄でごつごつとした身体つきとところどころに傷があるレザーアーマーを見るに前衛で戦うベテラン冒険者だと思う。


美少年のにおいがすると言われ、顔も体も態度も威圧的な人に酌をしろと怒鳴りながら手を伸ばされて血の気が引くのを感じる。覚悟はしていたが怖すぎる。


そんな硬直していた僕を守るようにお師さんが前に出る。その動作は自然で、優美で僕の恐怖がすぐに小さくなる。そんなゆっくりとした時間の中でお師さんの白い手のひらが冒険者の顔面を鷲掴みにする。


「誰の連れにちょっかいかけようとしてるか分かってんの?」


お師さんのフラットな声色で騒々しかった室内が一人の例外を除いて一瞬で静かになる。


「何だてめ……あぁぁぁぁーーーーーーー!!」

「質問に対する答え以外の言葉はいらないわよ」


例外である冒険者の怒鳴り声が途中から苦痛の叫びに代わる。お師さんの言葉を聞いているのかいないのか必死にお師さんの手のひらから逃れようとその腕を両手で握りしめて引きはがそうとするがお師さんは微動だにしない。効果が無いと判断したのか単純な苦痛への反応なのか全身を使って暴れ始める。パンチやキックがお師さんに当たるが結果は変わらない。


「時間切れよ」


そうお師さんが呟くと冒険者は苦痛の声もなく膝から崩れ落ちる。お師さんに対して両膝を地面につけた冒険者の場面は絵画のように見えた。タイトルを付けるとしたら懺悔とか許しを請う者とかどうだろう?


そんなお馬鹿な事を考えてるとお師さんが手を放す。冒険者が声を出すこともなく、動くこともなく前のめりに倒れる。


重い音が響く。そして、静寂。


……お師さんに格好良く助けてもらって、お馬鹿な事を考えていたけどこれって結構、大変な事になっているのではないだろうか?起き上がるどころか声さえださなかった。全体的にびくびくと動いているから死んではいないけどこの動きって痙攣だよね?命の灯が消える前段階じゃないよね?


そんなことを考えながらも動き出せずにいると冒険者の後頭部に液体がかけられる。液体をかけているのはお師さんだ。見覚えのあるガラス瓶を逆さにしているのをみるに液体の正体はお師さん作成のポーションと予想できる。


お師さんの作ったポーションは腕がもげても引っ付けられるとリラさんが言っていたので冒険者の人も大丈夫だろう。多分。


「錬金術師メノウ」


ポーションをかけ終えたお師さんが呟くように声を発する。少しでも騒がしかったらその声は掻き消されただろうが今、この場ではそんな心配はいらない。


お師さんが顔を上げ、沈黙したギャラリーを見回す。


「次はないわよ」

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