第7話 お弟子さんと親友共
二階の扉、けーくんの部屋の扉が閉まる音が聞こえる。続いて鍵をかける音。すると、けーくんの部屋からは音も気配も伝わってこなくなる。必死こいて作った鍵と扉はちゃんと作動したようだ。実験はしたが急いで作ったものだから少しだけ不安があったのだが成功だ。
けーくんが用意してくれたお酒を一口。手酌してもらった本日最後のお酒である。一滴もこぼさないように慎重にテーブルに置く。
「これでどんなに大声で話をしてもけーくんには聞こえないよ」
二人とも、けーくんの部屋の変化は気付いただろうが話題を変えることを兼ねて二人に告げる。言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるだろう。そう思っていたのだが無言でファーランがソファーから立ち上がる。
こちらに近づく姿を見ながら殴られるのかとちょっとびびっているとこちらに向かった状態でくずおれるように両膝を床に打ちつける。鈍い音が鳴ったが床は大丈夫だろうか。ついで、両手を揃えて床につける。揃えた両手の間に今度は額を打ちつける。先ほどよりも凄い音が鳴る。こいつらが帰ったらまずは床の点検を行おう。
「あたしとケイトの結婚を認めてくれ!!」
ああ、目の前の動作は土下座なのか。酔った末に床にヘッドバッドを敢行したのかと思ってしまった。ただ、目の前の動作が何なのかは分かったが何を言っているのか意味が分からない。言葉自体は分かるのだが……何かの隠語とか暗号だろうか?
「ちょっと、待ちなさい!!ケイトさんを愛しているのは私です!!そして、ケイトさんが愛しているのも私です!!相思相愛だからこそ結婚するのは私です!!!」
そう思って熟考しているとリラの大声。付き合いは長いがお前のそんなに必死な表情初めてみたよ。そして、二度と見せないで欲しい。凄い怖い。悪魔が顔をそらすレベルだわ。
「メノウ!!いくらだいくらだせばいい!!貯金とこれから稼ぐ資産全部でいいな?」
「私はそれにプラスしてこの指輪を!!」
「どっちもいらないわよ。リラも流石にその指輪を外そうとするな!おばさんに殺されるわよ。ってか、どういう思考回路してたらそういう発言が出るの?」
「命をかける値するチャンスでしょ!!ってか、私の立ち振る舞いが優美だって百鬼のファーラン相手に喰ってかかってまで褒めてくれるたのよ!きちんと視線を合わせて!!」
「ケイトがあたしの顔を見つめながら優しいって言ったんだ!それに……ついてこいって言ってたし……そうだ!あたしを脅してまでケイトと二人っきりにしょうとしてたしお前だって許可したってことだろ!!」
頭が痛い。普段は思考を読んでるのかと罵倒したいぐらい察しがいいのに。これがモテない女の末路だと言うのなら世界は残酷だ。とりあえず、手ぶりでソファーに座るように促す。従わないならぶっ飛ばすと視線に込めて。
ようやく、しぶしぶとだが二人がソファーに座りなおす。みんなで酒を一口。けーくんの作ってくれたおつまみ料理を食べてクールダウン。けーくんは優しい。だけど自分の魅力に無頓着。この二つの性質から浮かび上がる結論は二人の勘違いだ。そもそも、けーくんは私にベタぼれだからね。
「おっし。ちょっとは落ち着いた?」
「ああ、落ち着いた。前言は曲げないけどな」
「私も大丈夫ですわ。真実は一つなのですから」
「……暴れださないからセーフということにしてあげる。今日のことはいろいろ質問を受けて回答するって形で話をしたかったけど無理そうだからまずは私が全部話す。質問は終わってから。茶々入れたらぶん殴る。いいわね?」
頷く二人を確認して話始める。なぜ、家に招いて私のけーくんを残念親友共に紹介したかを。
「とりあえず、確認。『異世界人』って言葉で思い浮かぶ人物は?」
「現王国の平和の基礎を作った中興の祖アオカン陛下ね」
「王国が分裂の危機に瀕した際に現れ、そのカリスマで王国を再び一つにまとめた男性国王……だったな?ただ、それ以前の経歴は不明。本人は天涯孤独の身。帰ることの叶わない遠い所から流れて来たって言っている。だったよな?」
「ええ。公式的には残っていないけど彼自身は異世界人を自称していたらしいわ」
自称異世界人とは知らなかった。リラは王家に仕え続けている家系である。だからこそ知っている情報で確度は高いだろう。
「じゃあ、あたしは冒険者英雄ラナテオだな」
「冒険者ギルドの父と呼ばれる方ですわよね?王国史上最悪のダンジョンハザード時代に地方ごとに独自運営していた冒険者ギルドを一つに束ねて王国が崩壊することを防いだ英雄ですわね。ただ、異世界人というワードが出てくる要素はないと思うのだけど?」
「あー……本人の日記から」
「あなたのことだから本物でしょうから真偽の確認はいらないですわね」
「私もリラと同意見。ラナテオが異世界人として話を続けるけどその二人の共通点は?」
「両方とも男」
「王国の危機を救っている」
すらすらすらすらと最初から答えを用意していたように話す二人。話が速いのは助かるが傍からみたら気持ち悪いかもしれない。学生時代の教師の苦い顔を思い出す。
「じゃあ、私は何で異世界人のことについて聞いたでしょう?」
「ケイトが異世界人」「ケイトさんは異世界人である」
「はい、正解。じゃあ、私があなたたち二人にやってもらいたいことは?」
「ケイトを助ける」「ケイトさんを支え、王国の危機を救う」
「はい、正解」
「答えといてなんだが、流石に納得するには穴が開きすぎて飲み込めねぇよ」
「ファーランに同意。手助けするしない以前の問題ですわ」
二人の視線がそれはお前も分かってるだろと言っている。もちろん分かっている。ただ、初手土下座でけーくんとの結婚を要求してくるぐらいだから冷静に頭が回っているかの確認だ。
二人ともいつも通りのなので報酬を提示する前にこちらが把握している情報を開示した方がいいだろうと判断した。口ではなんだかんだと言っているが片方は知識とロマンの探究者であり、片方は王国に仕え、守護している王国の忠義の士だ。この前振りだけで十分に興味を引けている。
「魔力見色式個人判別法については二人とも知ってるよね?」
「言葉通り、魔力の質を色で表して個人を判別する方法だな。たまに遺跡で鍵代わりについてるが解錠はそこそこしんどいな」
「警備に使えますわ」
「それで十分。魔力の質っていうのは家系で結構決まるのよ。だからこそ、ご先祖様の種族やら混血具合もある程度分かる。……けーくんの検査結果がこれよ」
準備していたけーくんの結果用紙を二人に渡す。
「けーくんの世界は魔物も魔法も魔力すらない世界らしいの。魔力が無い状態ってどういう状態なのか気になって調べさせて貰ったのがそれ」
「魔力自体は保有しているけど……白一色ですわね」
「白はノーマルの魔力パターンだったよな?」
「そうね。まぁ、ここまで一色だとノーマルって呼ぶより
二人が困惑しているのは不思議ではない。私自身もこの検査結果を見たときは予想外で魔道具の故障を疑ったくらいだ。
私の母親は自称公称ともに『エルフ種』の種族である。ただそれは『エルフ種』の外見的特徴である長耳であり、その他の種族的特性が外見に現れていなからという理由だけである。外見に発言していないが実際には様々な種族の血が流れている。ちなみに、私の種族は『魔族』となっている。そして、種族的な外見的特徴が出てない状態が『ノーマル』と呼ばれる。外見の全てが『ノーマル』な場合、『人種』となる。種族とはあくまで外見的なくくりでどんな人でも血脈的には色々な種族との混血が当たり前なのだ。
「純種なんて神話まで遡らないと出てこないだろ」
「ですわね。神話から現代まで純種の血筋を保ってきた人々がいると考えるよりは異世界から純種が来たって考える方がありそうな気がしますわ。……比較しての話ですが」
二人が言ったように純種と呼ばれる存在は神話の話である。世界は広いからもしかしたら純種がどこかに存在しているかもしれないが独自の情報源を持つ二人の様子から少なくても王国や周辺の国々の出身でないことは確定としていいだろう。
「一応、けーくんに異世界に関して色々聞いた限り虚言の線は薄いし、話自体も具体的で妄想や空想の類でもなさそうなのよね。けーくんの話から錬金術に関しての着想とかヒントみたいのも貰えたし」
二人が無言で驚く。私の錬金術師としての知識や技量は二人も認めるところである。その知識に対して着想やヒントというものは生半可な知識や一般的な物の見方からは出てこない。『それは検討済みのものだ』ということが普通であるからだ。
「二人とも機会が有れば色々とおしゃべりしてみるといいわよ。異世界人らしくこっちの知識には疎いけど異世界人だからこその刺激的な話を聞けるはずよ。高等教育も受けてたみたいで話題の幅も広いし」
「へぇ~」
ファーランはそっけなく、リラは無言だったが二人の表情はその情報を元にけーくんのとの楽しい会話を妄想していると物語っていた。二人ともそれぞれの分野でかなりの知識を保有している。それ故にその分野についての会話には常に飢えている。自分もそうだから察することができる。
ここまでけーくんの魅力を伝えられればけーくんのためなら結構な無理難題でも引き受けてくれるだろう。最強の切り札もまだある状態でこれとは流石はけーくんだ。にんまりと表情に出てしまいそうだが何とか耐える。
「二人とも妄想から帰ってきなさい。……二人がさっき言っていたように異世界人が訪れるのは王国の危機が発生するかもしれないでしょ?もちろん、発生しない可能性もあるけど警戒はしておきたい。そこで二人にして欲しいことは情報が集まるような状態を作って欲しいの」
「情報収集じゃなくて情報が集まるようにか……」
「出来るでしょ?」
ファーランは冒険者ギルドでも五指に入るトップ冒険者。彼女に期待しているのはその冒険者ギルドからの情報。冒険者ギルドは各地に支部を持ち、その性質上ダンジョンやモンスターに関する情報を収集することに余念がない。王国の危機がダンジョンからのモンスターハザードや災害級モンスターの到来などならいち早く情報を得ることが出来るだろう。
リラは王国の王宮騎士団所属である。王家の身体生命を守ることのみを職務としているがそのための権能は非常に幅広く強い。受動的な警備だけではなく、国内外の王家を害する存在を常日頃から調査、摘発などの能動的な職務もあるためである。
そんな王家直属の騎士団にてリラは若手ながらそれなりの地位にいるらしい。学生時代の人望の厚さを考えると騎士団内での人間関係も良好だと思われる。彼女の実家が貴族であることも鑑みるとかなりの確率で貴族などの伝手も多いに違いない。王国の危機が戦争や内乱などのであるならいち早く情報を得ることが出来るだろう。
「出来るか出来ないかで言えば、」
「出来るな……」
彼女達の瞳がきらりと光る。散々、精神的に揺さぶったのだが交渉事が始まるかもと予想するや否や飢えた野生動物のような狡猾な光が宿る。
「報酬はけーくんのシェア許可だ」
……まぁ、私は交渉など最初からする気はないけどね。
過去に見たことが無いほどのアホ面を眺めながらコップの中身を一口。しばらくの間待ったのだが口をパクパク開けるだけだったり、話始めるそぶりを見せるが声を出す前にまた黙り込んだりあちらからの会話再開は出来そうにない。
「私の意図が読めないみたいだから説明すると……」
「すると?」「すると?」
「けーくんの安全のためよ。一時の怪我とかも嫌だけど万が一にもけーくんを失ったらと思うとここまでやろうと思ってたのよ」
「おー」「あらあらあら」
ファーランが顔を赤らめて関心した顔をし、リラは両手を体の前で握りしめてニヤニヤと下世話な好奇心が表情から溢れだしている。口に出す前は惚気を聞かせてやるぐらいの意識だったのに口に出して、そういう対応をされると何故か無性に恥ずかしくなる。
「ただし、条件が三つあるわ!」
「勢いで誤魔化す気ですわ」
「そこは後でじっくり聞くことにしよう!理由は合点がいった。で、条件は?」
「一つ目。私が正妻!!」
「まぁ、客観的に考えればそうなるな」
「二つ目はけーくんとの同居は一年後から開始!」
「意味が分からないのですけど?」「横暴だぞ!調子乗ってんじゃねえよ!」
「怒気を向けるな!これは一応、あんた達のためでもあるのよ!」
顎をしゃくって無言で話を続けるように促す。殺気は消さないまま。流石に二人分の怒気はきついのでやめて欲しいものである。
「あんた達にお願いした情報が収集出来る体制造りの時間を考慮した期間が一年なのよ。求婚するぐらいだからけーくんのためなら手は抜かないと思うから言っとくけど一年以内に完了出来るなら完了次第、同居してもいいわよ」
「仕事はきちんとやるから同居が先でもいいんじゃね?」
「私達のためって言う理由が欠けてますわよ?」
「……今日の食事はパン以外、全部けーくんが料理した物よ」
「は?」「え?」
「けーくんの料理の腕とレパートリーは知ってたけどあれだけの量をちゃんと用意できるのは凄いよね?」
「いや、量もそうですけど私は初めて見る料理も多かったのですが……」
「天ぷらは何度か食べたけどリクエストした物を目の前で揚げてくれるのは面白いし、美味しかったね?」
「いや、レパートリーももちろんだが味も凄く良かったぞ。あのクリームシチューとか今まで食べて来たシチューの中でも5本の指に入るぐらい美味かったんだが……」
「それは良かったわね。あんたが美味しそうに食べてたのけーくんはしっかり見てたから近いうちにあんたの好みを探り当てて、過去最高のシチューを出してくれるわよ」
けーくんは奥ゆかしくて主張しなかったから二人は気づいていないかもしれないと思ったのだが……案の定だった。
「ちなみに、部屋やお風呂の掃除に花の飾り付けもけーくんの頑張りの結果」
「婿入り準備万全じゃないかよ」
「いえ、ここまでのレベルだと普通にお金が取れますわ。私なら金貨を山ほど積んでもお世話して欲しい!」
「そうそう。そうなのよ。それに加えて気遣いもばっちりだし、優しいし、甘やかしてくれるし、優しいし」
「気遣いばっちりの部分を詳細に!」
「研究が行き詰って鬱々してるときに以前美味しいと思った料理がパワーアップして夕飯に出たり、逆に研究が捗っちゃって真夜中まで没頭してると夜食の差し入れがあったりするの!」
「甘やかしてくれるってのは!」
「好きで研究やってるわけだけどどうしても気が乗らないときってあるじゃない?そういう時に何も言わずに一日中傍にいてくれるの!」
「……何となくメノウが言いたいことは予想がつきましたがはっきりおっしゃいなさい」
「あんた達がけーくんのいる生活を体験し後に依頼のために二か月も三か月もけーくん無しの生活が出来るとは思えないの」
「否定はできないですわね」
「……もしかして何だがケイトが仮面を被ってるのもそういうことか?」
「……控えめに言って、傾国の美人よ」
「いや、仮面被ってても可愛いのは分かるけど……」
「性格がいいから、家事万能だから、好みの見た目だから、一緒の時間を過ごしたから。……割増しで美人に見えることは確かにあると思うわ。けど、そんなことが些細な事、誤差の範囲、計測できない閾値と化する美があるの。……けーくんよ」
「流石にそこまでの設定は夢書籍でも自重しているレベルですわよ」
「じゃあ、明日、仮面無しのけーくんを見る?」
「……すまん。パス」
「私も遠慮しますわ。最後の条件は?」
「シェアに関しては各人で了承をとること」
「はぁ~。お前にはがっかりだよ!そんなハイスペック男子に了承とれるようならここまで独り身じゃねぇよ!ここまで、盛り上げといてそれとか黄色に塗ったノーマルスライム事件以来のがっかりだよ!!」
「その節は本当にごめんなさい……」
「ファーラン。へこますのは後にしなさい。メノウがもったいぶっるのはいつものことでしょ。そうよね?メノウ?」
慌てて頷く。リラの威圧感が凄い。その瞳が言外に『さっさと話さないと潰す』とか『打開策が無かったら捻る』と伝えてくる。忘れてはいけない教訓を授けてくれた事件だったがそれ以上に黒歴史である黄色に塗ったノーマルスライム事件が脳裏を過ってダメージを食らった私には辛い。
「はい。そうです。さっさと話しますので威圧をやめてもらえないでしょうか?」
完全白旗を振ると威圧感が少し弱くなる。一息入れるためにお酒で口を湿らせたいが怖いので打開策をさっさと話すことにする。
「けーくんから見た私は傾国の美人らしいの」
◇夢書籍
『すべての淑女へ届ける夢』を掲げてカーナシーテルから出版されている娯楽小説の総称。恋愛をメインとした面白い小説なら有名無名、プロアマを問わず出版している。写本が唯一の複製方法であるため、一冊一冊の値段はそれなりに高価なのだが王国において一番売り上げが高い書籍群である。三人とも愛読しており、リラなどは出版された全ての書籍を所有している。
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