第6話 お師さんとお友達

今日は朝から晩まで丸一日お休みである。店番も、配達も、作成も、素材集めも、実験も。お仕事と呼べるものは一つもない。お休みの理由はお師さんの学生時代からのお友達が二人、泊りがけで遊びに来るからだ。


お友達のおもてなしに関して、お師さんは適当でいいと言っていたけどそういうわけにはいかない。この日のために掃除はこつこつとやってきた。普段は使っていない客間を掃いたり拭いたり、掛布団、敷布団両方ともしっかり干した。お風呂もいつもより時間をかけて隅々まで掃除をした。


この世界でも女性は花が好きっぽいので要所要所にさりげなく飾っていく。


お師さんの二人の友達にはお会いしたことはないがお師さんの話を聞いていると学生時代には勉強や運動、戦闘などいろいろなことでトップを争ったライバル同士だったらしい。


そんなライバル関係が学校を卒業しても友人として付き合いがあるというのは素敵なことだと思う。もし、僕が元の世界で普通に学生時代を過ごしていたとしてもそんな関係を築くことは出来なかったと素直に思う。そんな三人が集まる今日を心から楽しんで貰えたら僕はきっと嬉しい。頑張っておもてなしをしよう!




花を飾り終える。訪問の時間までまだまだはあるが休むことなく料理を開始する。


お師さんの友達は獣人冒険者と王国に仕えるドワーフ騎士とのことだ。二人とも体を使う仕事についていて、いっぱい食べる印象のある種族である。お師さん曰くお師さんと同じぐらい食べるとのことだから印象通りだ。お師さん二人分の料理を追加と考えると大変だが余ってしまってもいいからお腹いっぱいになって貰えるようにたくさん作っておきたい。


ただ、量が多ければいいという問題でもない。食べてるときは夢中になって、食べ終わった後には満足して貰えるのが理想の料理でのおもてなしだ。でも、当日に僕一人で作れる量は限られている。そこで考えたのが前日までに作り置きできるものは作って、仕込めるものは仕込む。当日に仕込んだものを仕上げていけばいいのだ作戦。


これでこった料理も出来るし、メニューも増えた。ただ、やることが多くて当日はてんてこ舞いだ。事前に手順を整理してメモしておいて助かった。ちなみに、お師さんには注文していたお酒やパンなどを受け取りに行く仕事をお願いした。悪気が無いのは分かるのだけど余裕がないときに家事を手伝ってもらうのは無理なのです。


そうやって、仕込んだものをメモ通りに料理として仕上げていく。お使い後にお風呂に入っていたお師さんもお風呂から上がり身支度を整えてキッチンへと様子を見に来ていた。その時に、お店のベルの音に続いて声が聞こえる。


「おい!メノウ来たぞ!」


大きくよく通る声だ。予定の時間より少し早いけどお師さんのお友達だろう。


「ファーラン!そこで少し待ってなさい!けーくん。紹介するから仮面付けてついて来て」


予想通りお師さんの友達のようでお師さんが返事を返す。そして、事前の予定通り仮面をつけるように指示される。初対面の人に失礼かなとも思うがお師さんが困った顔でお願いしてきたので深い理由があるのだろう。用意していた仮面を付ける。


「はい。仮面付けました」

「おっし。ファーレンは文句が多いからさっさといこう」


お師さんの後についてお店部分に向かう。カウンターの向こうに見えたのは赤毛で背の高い女性が一人。赤い髪と瞳が燃えるような強い印象を与える。赤い髪はショートカットに整えられ、顔だちや立ち姿も含めて凛々しく、中性的である。


そして、そんな美形女性が背中に一つ。片手に一つづつ。計三個の大きな樽を持っている。樽だけでも相当重そうに見えるんだけど手土産だと考えると中身は入っているに違いない。魔力は魔法だけではなく、身体能力の向上にも作用すると習ったけどこうやって目の当たりにするとびっくりする。


「おっせえよ!お前の家で飲むとか言うからわざわざ酒まで持ってきたのに待たせてんじゃねえよ!」

「はいはい。それは謝るからちょっと静かにしなさい。私のお弟子さんを怖がらせないように!」

「あ?」


そのお師さんの言葉で赤髪の女性がこちらに視線を向けるとピタっと静止してしまう。こちらに気が付かなくて驚ろかせてしまったのかもしれない。とは言え、二人の話が終わったのだから自己紹介をするのはここだ。


「メノウさんの元で錬金術の師事を受けているケイトと言います。よろしくお願いします」


女性に向かって腰を曲げてお辞儀をする。自己紹介するのは分かっていたので自己紹介の言葉を考え、鏡を見ながらお辞儀の練習をしたのだが大丈夫だっただろうか。顔を上げて女性の様子を伺うがこちらの顔から少し視線をそらされてしまう。何か怒らせるようなミスをしてしまったのだろうか。そう思って見ると女性の顔が少し赤いような気もしてくる。


「ほら。ファーラン。次はあなたが自己紹介する番よ」

「お、おう。……ファーランだ。メノウの友人で冒険者やってる」


おろおろしそうになっているとお師さんがそう言い、ファーランさんが自己紹介をしてくれる。相変わらず、視線がちょっとずれてて顔が赤いのが凄い気になる。


「こんな図体してるけどファーランはちょっと人見知りなの。怒ってるんじゃなくて照れてるだけだから気にしなくていいわよ。けーくん」

「誰が人見知りだ!」

「そうなんですか?私も初対面の人には緊張しちゃうんで同じですね!」

「お、おう。……そうか」


お師さんが人見知りと言うとファーランさんは反論していたが何となく照れて反論していただけで実際には人見知りなのだろうと感じた。僕も人見知り気味なので親近感が湧いて、ちょっと緊張がほぐれる。


心の余裕が出来たので慌てることなく次の行動を開始しょうと考えることができる。お客さんの荷物を持って、家の中で休んでもらうためにリビングにお招き……したいのだが……。


「ファーラン。けーくんじゃお酒の樽は持てないからあんたが運んで。けーくんが保冷室まで案内してくれるから」

「て、てめえ何言ってんだ!」

「そうですよメノウさん。ファーランさんはお客さんなんですから!一個づつなら私でも大丈夫かもしれないですから!」


確かに困っていたがお客さんが持ってきてくれたお土産を持ってきたお客さんに運ばせるのは違うと思う。


すると、お師さんが口を動かす。声は聞こえなかったけど多分、小声で何かを言ったのかもしれない。


「く!……ケイト!酒樽はあたしが持ってやるから保冷室に案内してくれ!」


お師さんの謎の行動に困惑しているとファーランさんがそう言ってくれる。


「けーくん。確かにファーランはお客さんだけど私の友達でもあるから大丈夫よ。ね、ファーラン」

「……あー、そうだな。だから、ケイト。あたしが運んでやるから案内してくれ」

「……すいませんがファーランさんお願いします」


ファーランさんの言葉はお師さんに言わされてる感が満載だけど、僕が無理をして運んだ結果、お酒をダメにしたらそちらの方がファーランさんに失礼だと思い至る。せめて扉の開閉くらいはサポートしようとカウンター横のスイングドアを開いてファーランさんを招き入れる。




ファーランさんが保冷室の空きスペースに樽を並べて、置く。長身ではあるがすらっとした女性が軽々と樽を扱っているさまは不思議に見える。元の世界だったらムキムキマッチョでも難しいじゃないだろうか。


「ケイトは酒はまだ飲めねぇだろ?酒だけしか持ってきてなくてすまんな」

「……はい。まだ、お酒は飲めないですけど大丈夫です。気にかけてくれてありがとうございます。あと、お酒も運んで貰ってありがとうございます!……ファーランさんは優しいんですね」

「お、おう!」


ファーランさんは人見知りで緊張しているはずなのに僕のことを気にかけてくれる優しい人だと知ることが出来て嬉しくなる。優しい人だと思って改めてファーランさんを見ると頭の天辺にぴょこんと出ている三角の耳や緊張のためかくねくねと動いている猫のようなストレートの尻尾が可愛らしい。決して凛々しいだけの人ではなく、可愛らしさも備えた人なのだ。


そんなちょっとしたやり取りで僕の緊張は吹っ飛んだ。ファーランさんはまだまだ緊張気味なようだが今日のお泊りの中で緊張がほぐれ、癒されてくれたらいいなと思う。


「けーくん!残りのお客さんも来てるから、片づけ終わったらリビングに来てね~」


お酒を片づけて保冷室から出るとお師さんの声が聞こえる。お師さんが姿を見せずに声だけをかけてきた。保冷室での作業だったので気付かなかったがもう一人のお客さんも到着したらしい。


「今から向かいます。それでは、リビングに案内しますのでファーレンさんついて来て下さい」

「……ああ、頼む」


ファーランさんの様子を伺いながら出来る限り急いで向かう。見てる限り、僕の早歩きなどファーランさんの普通の歩きと大差ない感じだ。足の長さが違うのだろう。ちょっとうらやましい。


ファーランさんを案内してリビングに入るとソファーに腰掛けるお師さんと女性が一人。バタバタしないように気を付けて急いでソファーに近づく。


「メノウさんの元で錬金術の師事を受けているケイトと言います。よろしくお願いします!」


自己紹介をしてお辞儀をする。正面の女性が立ち上がる。お師さんやファーランさんとは違って僕と同じくらいの背丈だ。金髪の髪に紫の瞳。肌の色はお師さんよりも白いと思う。華奢なところも含めて儚げな妖精のようだ。


スカートを軽くつまんで少し広げる。同時に膝を曲げることによって体が上下する。映画で見た貴族の女性がしていたあいさつだ。淀みのない流れるような自然な動作。初めて見たけどなんか凄いとしか言いようがない。


「初めましてケイトさん。私はリラ・オベリオール・リーネン。気軽にリラと呼んで下さい。王国で騎士をしておりますわ」


柔らかく微笑み自己紹介してくれる。その微笑はリラさんのイブニングドレスのような豪奢な衣装と先ほどの優美な所作も併せて凄い気品を感じる。騎士をしていると言われたが騎士に警護されるお姫様だと言われた方が納得がいく。妖精のお姫様だ。


「お前がかっこつけても残念なだけなんだからやめとけ」

「黙りなさい。脳筋」

「いえ、凄い綺麗な動作でした。私もお二人に失礼がないようにとお辞儀の練習をしたんですが付け焼刃の私から見ても自然ですごい優雅なあいさつでした!」

「ふひっ」


ファーランさんの言葉に思わず反論してしまう。すると、よく聞くはずだけど初めて聞いたような音がする。


「ふひ?」


音がした方に目を向けるがほほ笑んでいるリラさんがいるだけだ。不思議に思って見ているとリラさんの息が少し荒い気がする。顔も若干、汗ばんでいる。


「あの、」

「けーくん。最近は気温も上がってきているし、自己紹介も一応終わった。二人に冷たい飲み物を入れてあげてくれないかな?」

「あ、すいません!すぐにお出しします!」


確かに、部屋の中は涼しいとはいえ外は暑かったに違いない。リラさんの呼吸が荒く、汗ばんでいるのも暑さのせいだ。それに気づかないのは流石に鈍感過ぎる。僕は慌てて保冷室で冷やしていたお茶を取りに急いだ。

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