第3話 お師さんとホットケーキを 後編

部屋に入った僕は最初に帽子を脱ぐ。ぽんぽんとほこりを落としながら汚れたところが無いか確認。匂いも嗅いで問題なし。重厚な作りのハットスタンドにかける。これが倒れてきたら非力な僕はつぶされるかもしれない。気を付けよう。


次は手袋。こちらも大きな汚れや変な匂いはしないけど汗をかいたので洗濯物用の籠へ。ベールは確認するまでもなく籠へ。生地が薄いので洗うのはちょっと面倒だが汗や唾などが間違いなくついている。おデブなせいで汗っかきなのだから人より身だしなみには気を付けて、清潔にしないといけない。


そして、仮面を外す。大きな姿見に映るいつもと変わらない僕。チビでデブ。顔も精悍さの欠片もないし、冴えないベビーフェイスだ。ごてごてでひらひらの付いた服装が似合う似合わない以前にコメディー映画のような滑稽さを演出している。お師さんが用意してくれた服装なのであまり文句は言えない。


というか、この世界では似合っている可能性もある。僕の容姿に需要があるらしいぐらいだから。




この世界には魔力がある。ファンタジーでお馴染みの力だがここでの魔力は魔法だけには限らない万能の力だ。


魔力が強いと身体が強い。運動能力はもちろん、病気などへの免疫的にも、怪我をしたときの回復力なども含む。知性の部分も物覚えが非常に良い。お師さんを見ていると応用力や理解力の部分も高いと思う。


そんな万能な魔力だが男性より女性の方が高い。男性と女性なら平均で3倍くらい女性の方が多いらしい。その結果、すべての分野において女性が最前線で戦い、活躍している。男性はそれを支える構図が完成している。


この世界での常識なので僕がこれについて異を唱えることはない。能力差という面でもこれは仕方のない流れだとも思う。そして、そんな世界で女性に魅力的に見える男性の容姿が保護欲を刺激する容姿ということになるのも分からないじゃない。


お師さん曰く、僕は傾国の美男らしい。


ストレートに容姿を馬鹿にされるのも堪えるが、褒められるのも堪えるという事実を僕は初めて知った。いや、これは僕の受け取り方が悪いわけでお師さんは一切悪くないのだが。


そんな僕の世界とは男性の美醜が男らしいより可愛らしいに比重が偏っているがこれはまだいい方だ。なぜなら、女性の美醜は完全に真逆なのだから。ざっくり言うと「整っている」容姿は醜に当たるらしい。理由は分からない。


僕の知識では、美醜の判断は時代の流れで変わるモノである。という流動性を持ったものという話がある。一方、肉体的、遺伝子的に優れている結果としてその人を美しいと感じる不偏的な感情であるという話もある。


元の世界では只の学生であった僕にはどちらが正しいのか分からない。ただ、お師さんの容姿は体の内側から沸き上がる生命力の輝きが溢れでた結果の美貌だと思う。




ごてごてふりふりの衣装を脱いで、汗を拭いてゆったりとした普段着に着替える。念のため仮面はきっちりと付ける。いくら女性とは言ってもよく知らない人が欲望を漲らせた状態で迫ってくるとただただ怖い。あの恐怖は可能な限り味わいたくない。想像だけで体がぶるっと震える。


気持ちを切り替える。今日は洗濯する予定はなかったので洗濯物を入れた籠はそのままにして、一階へと降りる。


お店の中のお師さんの様子を伺う。カウンターのこちら側にきちんと座りきちんと店番をしている。にこにこの笑顔でこちらに手を振ってくるお師さんに手を振り返して冷蔵室へと向かう。僕のマントを膝の上に置いて猫を撫でるように優しく撫でていたことからは目をそらして。


保冷室から目当ての食材を取り出しキッチンに立つ。今日は店長さんに相談して、仕入れて貰った一押しの小麦粉が手に入ったのでシンプルにホットケーキを焼こうと思う。小麦粉をボールに入れて、砂糖と重曹をまぜまぜ。卵に牛乳をさらに加えてざっくりとかき混ぜる。僕的にはダマが残っていた方がふっくらしている気がするのであくまでざっくりと混ぜる。


タネが出来たら焼く準備。カマドどころかIHクッキングヒーターのように平らな机だ。僕がガスコンロやIHクッキングヒーターの話をお師さんに話したら10日もかからずに台所を改造してしまった。ただ、僕がIHクッキングヒーターの原理を知らなかったので魔力を熱に変換する魔道具が熱源となっている。それでも十分に凄いし、多分こんな台所はこの世界でここだけだ。


元の世界で使っていたガスコンロより便利な魔道クッキングヒーターに感謝をしながら熱したフライパンにたっぷりのバターを入れて、タネを落としていく。あつあつのフライパンでタネが焼ける音。うん。わくわくする音だ。




「お師さん~店番ご苦労様です。おやつにしましょう!」

「お弟子さん!待ってたよ!バターの焼ける匂いを我慢するのに大変だったんだから!」


むやみやたらに切れのある動きで素早く僕の傍に移動するお師さん。距離が近いので顔を覆っている髪の毛の間からにこにこしているのがはっきり分かる。少しだけ見惚れる。それがばれないように食堂へと移動を開始しようとして……。そっとお師さんが手を握って来たのでさらにドキドキする。何かいい言葉も思いつかず、仕方がないのでそそくさと移動した。


食堂の席に着く。僕の目の前には大きなパンケーキが二段重ね。大きすぎてお皿の縁がちょっとしか見えない。そんな大きなパンケーキの上にはバターの塊と何とかの木から採れるシロップをたっぷりとかけている。焼くときにバターを使っているがパンケーキの本領はバターを美味しく食べるためだと思う。だから、パンケーキの上にさらに乗せていても問題はない。


そんなデブで当然の僕の前にはお師さんが座っている。お師さんのお皿にも僕と同じ量とトッピングでホットケーキが鎮座している。お師さんのプロポーションと合わせて、元の世界の女性陣には見せられない光景だ。


まぁ、お師さんのおやつはこれでおわらないけど。お代わりするのだ。それも一回じゃない。これまでの経験から考えると同じボリュームを三回はお代わりする。タネもそれを考慮した量を作ったのでまだまだ残っている。ホットケーキは焼き立てが一番おいしいと思うから焼いていないだけだ。


「いただきます」


手を合わせ。二人の声が重なっておやつが始まる。お師さんは量を凄い食べるが食べるスピードは決して速くない。にこにこの笑顔で味わいながら食べてくれる。お師さんの笑顔を確認して、僕もホットケーキにフォークを入れる。




お師さんにも言っていないが僕は女性の美醜が逆転している理由を研究しようと思う。これは天才錬金術師のお師さんにも出来ない研究だ。美しいと思う心が相手の優秀さに由来するならお師さんを美しいと感じる僕は正常でこの世界の美醜は間違ってると言えるからだ。


研究の結果が何の役にも立たなかったり、理由なんて本当に無い可能性だってある。むしろ、そっちの可能性が大きいかもしれない。でも、もしも、万が一にでも、どうにかなったら……お師さんが美しい人として受け入れられたら僕はきっと嬉しいだろう。


容姿が悪いというのはつらいことだ。僕はそれを知っている。そのつらさのせいでどこかが折れたり、曲がったり、歪んだりしている僕を僕は知っている。同じ状況なはずなのに、僕よりも大変な状況かもしれないのにそれでもお師さんは輝いている。


僕は大きな声でお師さんの素晴らしさを世界に叫びたい。




◇小麦粉「月」

純白と呼んで差し支えのない他の小麦粉とは一線を画する白色にシルクのようにと比喩されるさらさらの手触りを持つ小麦粉。

パンに加工すると香り豊かでふわふわに。麺に加工するとくすみのない白色と噛まなくても飲み込めるほどすべらかな食感になる。

味自体は淡いためそれ単体では物足りなく感じる。しかし、その真価はジャムをつけたり、砂糖を木の実を加えるなど他の食品の味を加えたり、主食として多くの料理と共に食べるることで発揮される。

とある高貴な人物が疲れ果てた徹夜明けに月の小麦粉で作られたバンのトーストにバターを一欠けら。コーヒー一杯の朝食で涙を流すほど癒され、再び仕事に戻って大成功させたとの逸話がある。

その逸話と見た目や感触。食べたときは柔らかく、すべらか。味としては決してでしゃばらず、しっかりと他の食品支える。以上の事から美しくも楚々とした印象を抱く月と同じ名前で呼ばれるようになった。


この小麦粉は王族が賓客をもてなすために小麦を栽培する段階から金に糸目をつけず生産せれている。栽培方法や製粉方法はもちろん栽培地や製粉を行っている場所などの関連情報までもが極秘とされている。

このように徹底された管理下にあるため市場に流されるのは王族で消費された残りとなり、量は少量不安定。値段は成金程度では口に出来ないレベルである。


これを買えるメノウの経済力も大概だが、これを仕入れてこれる粉屋の店主も大概で底知れぬ人物と言える。

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