第6話 蕾の季節
己の功を決して誇らなかった丙吉だが、"
特に大将軍霍光から厚く信頼され、
霍光・金日磾 ・上官桀 の3人の重鎮によるトロイカ体制でスタートした昭帝新政権であったが、まもなく金日磾が病没してしまい、朝廷は霍光と上官桀の両巨頭体制となった。
お互いの子供同士を結婚させている親族でもある二人は当初良好な関係であったが、孫娘が昭帝の皇后となったことで上官桀は徐々に増長し、利権を要求し始めた。そのまま要求を受け入れれば、なし崩し的に上官桀の権力が増大し、バランスが崩れることは目に見えている。霍光は上官桀の要求を拒否せざるを得ず、二人は激しく対立することとなった。
幼少期から宮廷で育った霍光と、近衛兵上がりの上官桀とでは宮廷パワーバランスの察知能力にあまりにも差があったのだ。本来であれば最も人格に優れた金日磾が調整役となるはずだったのだが、病没により期待は脆くも崩れ去った。
ついに、上官桀は霍光の政敵である燕王
霍光の留守中、昭帝に「霍光が謀反した」と奏上し誅殺の裁可を求めたが、少年と侮った昭帝に矛盾を見破られ失敗、計画は露見し上官桀一派は粛清された。
その間、丙吉は光禄大夫として仕えながら、配下を使い病已の様子を定期的に報告させ続けていた。
魯国の史家で曾祖母に養育されてから3年後、病已の皇籍復帰が認可され、都長安にある
皇籍復帰したとはいえ無位無官の庶民扱いで、下働きの宦官たちと同じ官舎と最低限の生活費が支給されるだけであったが。
(なお、その頃には曾祖母は高齢のため亡くなったと思われる)
だが天は病已を見捨てない。次に病已に手を差し伸べたのは、掖庭令(後宮管理人)の
張賀はかつて皇太子劉拠に賓客として仕えた男で、巫蠱の禍で皇太子が敗れた際に処刑されかけたが、武帝に
張賀は宦官にされたことを恨むどころか、皇太子の孫が孤児になっているのを見て哀れみ病已を手厚く保護し、私費で全額援助し自分の甥と共に学問を学ばせることまでした。
張賀がそこまでしたのは、彼が純真で裏表のない好人物であるだけでなく、亡き皇太子から非常にかわいがられた恩に報いたかったからなのだ。生前の皇太子の積んだ善行が繋いだ縁であった。
こうして、孤児ながらも周囲の人々に恵まれ病已は成長し、十代半ばになるとかつての病弱さはなりを潜め、鍛え上げられた筋骨たくましい肉体の若者に成長した。
学問を好み成績は優秀だったが、一方で市井の若者らしく仲間と
塩の生産地で
現代風に言えば正義の
忙しくも充実した日々であったが、ときおり病已は独り荒野を馬で駆け、沈む夕陽を眺めながら物思いにふけることがあった。
自分の生い立ち、亡き家族のことを考えるとき、曾祖母の家に引き取られる以前、父や母のような誰かがいたような気がするのだが、ぼんやりとしか思い出せないのだ。
(
そんな悶々とした思いを振り切るために、病已は遊侠に身を投じたのかもしれない。
日に日に立派な若者へと成長する病已を見守る張賀の目尻は下がりっぱなしで、人に会えば病已を褒めちぎり、自分の孫娘を病已に嫁がせようとまでした。
だが、右将軍として朝廷で重きをなしていた弟の張安世から「
張安世の立場からすれば、現在昭帝に仕えている裏で、自分の兄が元の皇太子の孫を密かに養っているなど、謀反を企んでいると疑われても仕方ない行為なのだ。病已を放逐させなかっただけでも温情というものだった。
弟に釘を刺されてしまっては、張賀も孫娘を病已に嫁がせるのは諦めざるを得ない。
危険を冒して自分を処刑から救ってくれた、命の恩人である弟には頭が上がらないのだ。
そこで張賀は思案の末、宦官仲間の
張賀は許広漢にどんどん酒を注ぎ、いい機嫌になったところで「ウチの
いや、確かに公子は財産はないが何と言っても皇族だし、将来きっと出世なさる。婚礼費用は私が出すから」と、病已と平君の結婚を勧めた。
この許広漢という男、人は好いものの粗忽が服を着て歩いているような人物で、元々は皇子の近臣だったのだが重要な仕事に限ってドジを踏んでばかりで、武帝の怒りを買い宮刑に処されたうえ、とうとう下級宦官にまで転落してしまったのだ。
許広漢は張賀のうまい話にホイホイ飛びついて娘の縁談を二つ返事で約束し、ほろ酔い気分で帰宅したところ、
広漢は怒れる妻に平謝りしながらも、「そうは言ってもさお前、平君だって世間じゃ後家扱いだ、この機会を逃したら貰い手が無くなっちまうよ。
それに今は文無しでもまだ若いんだ、これから稼げるようになるさ。端くれとはいえ皇族だ、もしかしたら
実は平君は、広漢の宦官仲間である
そんな事情もあり、妻は「はぁ…じゃあ仕方ないねぇ…せっかくの器量良しなのにあの娘も運がないわねぇ…」と渋々了承した。
こうして15歳の病已と平君は晴れて夫婦となった。相変わらずの貧乏生活だったが、2人の仲は睦まじく、翌年には長男が誕生した。
なお、張賀はこのころ死去したようだ。幸せな家庭を築いた病已を見届けて満足したかのようだった。
病已はこうして平凡な庶民として、貧しくも楽しいまあまあ幸せな一生を送る。
誰もがそう思っていただろう。
だが事態は急転する。
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