第45話 超巨大海異討伐はボス戦に非ず

 アワラの指示を受けてこの帆船単独で行動していたため、現在ここにいる剣を扱える兵士の数は少ない。まずはロンボが指揮していた船を呼び寄せないと。


 けれど、それでも倒しきれるかどうかは微妙なところだ。

 そもそもの話として、昨晩の軍港での騒ぎに加担していた人間はこの作戦に参加しておらず、その騒動の調査を担当するパラも不在と、元々今回の作戦は戦力が不足していた。


 甲板の後方で、もう一隻の帆船に乗る部下と連絡を取るロンボ。

 しかし、やり取りを終えた彼の顔色は芳しくない。


「連絡取れた?」


 アーシムの問いかけに、ロンボは深刻な表情のまま答える。


「ああ、連絡は取れた。けど、駆け付けてはくれない」

「どうして?」


 作戦開始時とは状況がまるで違う。今は一刻も早く合流すべき場面のはずだ。

 普段は沖合にまで出撃することのない王都警衛隊の兵士であっても、それくらいのことは分かると思うのだけれど。


「さっきの電流攻撃を回避出来なかった奴が全員、麻痺状態に陥ったらしい。だから船を動かすには人手が足りないそうだ」

「そんな……!」


 ということはつまり、僕らの船に乗っている人もほとんどが行動不能になっているのではないか。

 アーシムは慌てて自船の砲撃手と通信を繋ぐ。


「コッチョさん、大丈夫? 動ける?」

『すまねぇアーシム大佐。身体が痺れて立ち上がれねぇ。大砲は諦めてくれ』

「……分かった。無理はしないでね」


 やはり駄目だったか。

 ただでさえ戦力不足の中、更に追い込まれてしまった。


 この場で戦えるのは、アーシムとロンボとアカリの三人のみ。

 大砲による援護射撃も、仲間の救援も見込めず、船を動かせないから撤退することも不可能。


 やるしかない、か。


 僕は剣の柄に手をかけた。

 ゆっくりと抜剣し、巨大海異かいいに切っ先を向ける。


「行こう、ロンボ」

「ああ。絶対に生きて帰るぞ」


 隣で同時に剣を構えたロンボと短く言葉を交わし、息を合わせて床を蹴る。


 空中へ高く跳び上がったアーシムは、赤く光った剣を頭上から思い切り振り下ろした。


「ソードスキル、セーブオブディアレスト!」


 一振りが重い単発技。

 ウミウシの七色に輝く縞模様に傷が刻まれ、おどろおどろしい緑色の鮮血が噴き出す。


 ロンボの斬撃も触角の片方を捉え、海異が呻き声を漏らした。


 二人は体勢を整えて甲板に着地、すぐさま次の攻撃を繰り出す。



「ふ〜ん、なかなかやるじゃん」


 マストの上部に設けられた見張り台。

 いつの間にかそこに登っていたアカリは、低い声で感心したように呟く。


 どうせすぐにピンチになって、最後は私が無双しちゃうパターンかなっ? なんて思ってタイミングを窺っていたのだが。とんだ見当違いだった。

 彼らは異世界人の割に意外と戦えている。いや、戦えているとかそんなレベルじゃない。


 アーシムもロンボも、強さは私と比肩する。


「ちゃんと私に都合良く出来てる、んだよな……?」


 アカリは改めて、この世界に一抹の不安を覚える。

 転生したのに、いまいち自分が主人公になれた気がしない。


 チート級の魔法を扱える人はごろごろ居るし、国を渡った途端にメニューウインドウを開ける奴が二人も現れるし。しかも一人は人間ですらないアンドロイドときた。

 もっとチヤホヤされたいのに、もっと注目を浴びたいのに。私には人並みの才能しかない、他人より秀でたものなど何もない。


 これじゃあ結局、日本で暮らしていた頃のアカリと、兎田とだ御影みかげと変わらないではないか。


「……はぁ、ヤダヤダ。ここは一発、ストレス発散といきますかっ」


 嫌なことを考えてしまったと首を横に振って、気を取り直して笑顔を作る。

 あんなNPCの有象無象なんかより、私の方がすごいってところを見せつけてやろう。

 今の自分には、日本に居た時には無かった魔法という能力があるのだから。


 右手を前に伸ばし、手の平に全神経を集中させる。身体中のエネルギーが掌に集まっていくのを感じながら、詠唱を開始。


「魔法目録二条、魔法光線っ!」


 ウミウシの額に狙いを定めて、不満や苛立ちをぶつけるように全力で発射。

 夜闇を切り裂いて放たれた光線が、流星の如く周囲を明るく照らした。


「何だっ!?」

「これは、アカリ監視官の……!」


 海異に再度斬り掛かろうと剣を構えていたロンボとアーシムが、動作を中断してこちらを振り返る。

 私は二人に向かって、ドヤ顔をしながら胸を張った。


「どう? 私すごいでしょっ?」


 光線の直撃を受けた超巨大ウミウシのHPゲージは一気に減少し、残り五パーセント。


 あともう一撃、渾身の魔法を喰らわせれば仕留められる。

 そう踏んだアカリは見張り台から身を乗り出すと、床を強く蹴って高く跳んだ。

 そして、右手を大きく後ろに引きながら唱える。


「魔法目録一条、魔法弾っ!」


 二人には申し訳ないけど、美味しいところは私が貰うねっ。


 自らが落下する勢いも加えて、形成された光の球をウミウシの顔面に叩き込む。


「とりゃあっ!!」

「グオォォォォォォッッッッ!!!!!!」


 痛烈なダメージに、一際大きな絶叫が轟いた。

 悶え苦しむ海異が暴れ回った影響で、水飛沫が散って視界が遮られる。


 よし、これで終わりっ!


 海異が倒れる姿は見えていないのに、私は勝ちを確信していた。

 HPを削り切ったと、戦いは終わったと、油断していた。


 視界が開けた時、アカリの目に映ったのは。


「っ! ヤバっ……!」


 ウミウシの二本の触角の間に、ビリビリと稲妻のような電流が走る。

 その電流は触角のちょうど中間あたりに溜まっていき、巨大な雷の塊を生み出した。


 完全に狙いは私だ。

 まだ空中を落下している状態のアカリは、至近距離から放たれようとしている海異の雷攻撃に対処する術が無い。


「アカリ監視官、何か魔法で防げ!」


 帆船の上から大声で指示を飛ばしてきたロンボに、アカリは叫び返す。


「無理だよっ! もうMP切れだもんっ!」

「無理ってお前。どうにかしないとやられるぞ!」

「そんなこと分かってるよぉっ!」


 あと二秒あれば帆船の甲板に着地できる。だが、それでも回避が間に合うかどうか。


 ウミウシの触角がぴくりと動く。

 青白く光る雷の塊が、アカリ目掛けて投げられた。


 飛んでくるスピードからして、直撃は恐らく着地と同じタイミング。

 避けるのはほぼ不可能。


 ダメだ、死ぬっ……!


 迫り来る死の恐怖に目を瞑りながら、アカリはようやく悟った。

 この世界は何でもありのオープンワールドゲームなんかじゃなくて、元の世界と変わらない一つの現実なのだと。

 この戦いは楽しく一方的にモンスターを狩るクエストなんかじゃなくて、やり直しもリスポーンも出来ない命懸けの本気の戦いなのだと。


 日本に居た頃は人生に価値なんて無かったから死んでもよかった。あの時自殺したことも全く後悔していない。

 だけど今は違う。

 やりたい事がたくさんあって。成し遂げたい夢があって。地位も名誉も手に入れて。大切な人だって出来た。

 それなのに……。


 ああ。私って、ほんとバカ。

 なんて、それはピンクのツインテールの魔法少女が言うセリフじゃないか。


 この危機的状況で脳内でボケツッコミを始めるあたり、いよいよ頭がバグったらしい。


 雷の塊がすぐそこまで迫ってきた気配を感じる。

 電流の影響か、少し身体が痺れてきた。


 私の異世界生活もここまでかぁ……。

 さよなら、モムくん。


 もう終わりだと死を覚悟した。次の瞬間。


「諦めないでください、アカリさん!」

「うわっ!」


 いきなり何かに横から突き飛ばされて、アカリは甲板に身体を強く打ち付けた。


「痛た……」


 目を開けると、私に覆い被さるようにして倒れていたのはアワラだった。カメラレンズの黒瞳でこちらをじっと見つめている。

 どうやら間一髪のところで、アワラが身を挺して助けてくれたようだ。


「なんで、私なんかのこと、助けてくれたの……?」


 思わずアカリは、そんな言葉を口にしていた。

 この世界をゲーム感覚で引っ掻き回して、主人公気取りで調子に乗っていた、こんなどうしようもない私を、何で。

 しかもアワラとはまだ会ったばかりで、関係性なんてほとんど皆無なのに。


 今までになく弱々しい声で発せられた問いに、戦艦の頭脳たる機械の人形は優しい表情を浮かべながら無感情な答えを返す。


「私たちマリオネットの行動原則は人命最優先、ですから。それは助けますよ」

「……そっか」


 つまりそこには心配も情けも何も無く。ただプログラムされた通りに、マニュアルに則った対応をされただけというわけか。

 今のアカリに相応しい、ぴったりの理由だと思って。私は身体を起こしながら自嘲気味に笑った。


「立てますか?」

「うん、ありがとっ」


 先に立ち上がっていたアワラが差し伸べてくれた手を握って、アカリもゆっくりと立ち上がる。


「あ、ちょうどアーシム大佐とロンボ大佐がとどめを刺すところみたいですよ」

「ラストアタック、だねっ」


 超巨大ウミウシのHPゲージは残り一ドット。

 これが決まれば、無事に今回の海異討伐作戦はコンプリートとなるだろう。

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