第35話 魔法少女と大公子の密会
三カ国会合を終えたアカリは次の日の昼にリューグを出て、一日半かけてようやくここに戻ってきた。
「お疲れ様でございました、アカリ殿」
「うんうん、お疲れ〜っ」
「ご自宅までお送りいたしましょうか?」
「大丈夫、ちょっと寄る所があるからっ」
わざわざ港まで迎えにきてくれた衛士団員の申し出を目を合わせることもなく断り、アカリは一目散にある場所へと向かう。
チリンチリン、と呼び鈴を鳴らす。
すると程なくして扉が開き、中から男性が出てきた。
「おかえり、アカリ」
そう言って優しい笑顔を見せるのは、大公の一人息子であるモム=オットアロー。年齢は二十二歳。金髪と緑色の瞳が特徴的な好青年だ。
「ただいまモムくん。寂しかったよ〜っ!」
高身長な彼の顔を見上げながらぎゅっと抱きつくと、引き締まった体から温もりが伝わってきた。
「全く、君はまるで寂しがり屋なウサギさんだな」
モムもアカリの背中に手を回し、しばらくの間愛しげに抱擁し合う。
それから私はお互いの身長差を埋めるように、ちょっとだけ背伸びをする。つま先立ちのまま目を閉じると、彼の方からキスをしてくれた。
長くて甘い、とろけるような口付け。
「どうする? まずはシャワーでも浴びるか?」
「……うん。ずっと船に乗ってたから、先に綺麗に洗い流したいな……っ」
肩を抱き寄せられながらモムの住む広い屋敷に入ったアカリは、廊下の途中にある脱衣所に繋がるドアの前で立ち止まる。
「それじゃ、浴びてくるねっ……」
「ああ、ゆっくりでいいぞ」
可愛く手を振りながらドアを閉め、モムが離れていく足音を聞いてから、私は慣れた手つきで
そしてストレージに取り込まれた魔法少女服を今度はアイテムとして実体化させると、それを置いてあった洗濯カゴにぽんと放り入れた。
シャワールームで染み付いた潮風の匂いを洗い流したアカリは、ブラジャーも着けずに薄いキャミソール一枚とショーツだけの姿で寝室の扉を開ける。
「お待たせっ、モムくん」
ベッドに座って待っていたモムも、すでに服を脱いでおりトランクスだけしか穿いていなかった。
「ほらアカリ、おいで」
「うん……っ」
待ってましたとばかりに立ち上がって微笑む彼の元に、私はゆっくりと歩み寄っていく。
モムの目の前まで移動すると、下ろしたピンク色の髪が揺れてシャンプーの桃の香りが仄かに漂った。
「きゃっ……!」
刹那、いきなりベッドに押し倒される。
目を見開き頬を赤く染めて固まるアカリの胸に、モムの大きな右手が触れる。
「……今夜は寝かさないぞ」
「ふふっ、望むところだよっ」
その後はお互い欲望のままに熱く激しく身体を求め合い、気が付いた時には東の空が白み始めていた。
時刻はお昼過ぎ。
白いTシャツとキュロットショートパンツの上にピンク色のパーカーを羽織ったアカリは、眠そうに目を擦りながら起きてきた上半身裸のモムに猫撫で声で話しかける。
「あっ、やっと起きた。おはよっ、モムくん!」
「ふわぁ……」
あくびをしながら伸びをする彼の体は細身なのに少し筋肉質で、アカリはそこがたまらない。でも今は一晩中体を重ねた直後なのであまり興奮はしなかった。
「寝起きだけど、お昼ご飯食べられそう?」
「ああ、食べる」
「分かったっ。ちょっと待ってて」
モムが服を着ている間に、アカリは急いでキッチンに向かう。
すでに下拵えを済ませておいた食材を手早く調理して、二人分を皿に盛り付ける。
「はい、召し上がれっ!」
ダイニングテーブルに出来立ての料理を置くと、彼は嬉しそうに笑った。
「おお、今日は白身魚の油炒めか」
「うんっ。モムくんこれ好きでしょ?」
早速それを一口食べるモム。ゆっくりと味わうように咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。
「うむ」
よほど美味しかったのだろうか、無言で更にがっつく。そして、あっという間に一欠片も残さず平らげてしまった。
「満足してくれたみたいで良かったっ! それじゃあ私も、いただきますっ!」
遅れてアカリも自分が作った白身魚のソテーを口に運ぶ。
私は元々料理が得意な訳ではなかった。というよりも下手な部類だった。
だから日本にいた頃は、お腹が空いたらコンビニ弁当やカップ麺など調理の手間が無いものばかり食べていた。
親の手料理の味も知らず、作り方も分からない私は、そうするしかなかったから。
でもこの世界に来て、そんな生活は一変した。
大抵のことが魔法で解決する。そのおかげで料理だって上手に作れるようになった。
流石に大公の息子の胃袋まで掴んでしまったのには驚いたけれど、料理が出来ることはアカリが異世界で生きていく上で確実にポジティブな要素となっていた。
「ところでアカリ、リューグ王国の件の調子はどうだ? まあ、君のことだから上手くやっているとは思うが」
コップの水を一気に飲み干したモムが不意に話を振ってきた。
大公の継承権を持つ彼にとっても、カイビトス公国の領土拡大は悲願の夢。計画が順調なのか気になるのは当然だ。
アカリはソテーを食べ進めつつ、微妙な表情を浮かべる。
「う〜ん、どうなんだろう? それなりに手は打ってみてるけど、どれもイマイチっていうか……」
「ほう。君が苦戦するとは意外だな」
「途中まではまずまずだったんだよっ? なのにマリンピアって国がいきなり横槍入れてきてねっ。そこからなんか調子狂っちゃって」
「ああ、そういえば先日マリンピア民主国の船が寄港していたな。あれはリューグ王国に向かっていたのか」
私はリューグで起きた出来事を愚痴や文句も交えながら事細かに話した。
「ふむ、なるほどな……」
一通りを聞き終えて、モムは俯いて深く考え込んだ。
しばらくの沈黙の後。アカリが白身魚の最後の一切れを口に入れたのと同じタイミングで、モムが顔を上げる。
「これはあくまで推測だが、君はマリンピア民主国の手のひらで踊らされているのではないか?」
その言葉に私は首を傾げた。
「えっ? それを言うならリューグの女王様に、じゃなくて?」
「今の話を聞く限りでは、その女王も踊らされている側だと感じた。現王族以外への王位禅譲、委員会を通じた内政への直接関与。これらは全てマリンピア民主国が得をするものだ」
つまりはどういうこと? 説明されても全く理解出来ない。
「もうちょっと簡単にお願い」
「マリンピア民主国は以前より自由主義の制度を他国にも広げようと企んでいた。王族や貴族による支配や一党独裁の権威主義は時代遅れだと主張してな。その企みを踏まえた上で改めて考えてみろ。王位禅譲と内政干渉が同時に行われることで何が起こるのか」
アカリは唇に指をトントンと当てながら思考を巡らせる。
全部教えてくれてもいいじゃないかと言いたいところだが、これくらい一人で推し量れるようにならなければ世界を支配することなど叶わない。私の目標を知っているからこそ、彼はこうやって敢えてアカリに考えさせているのだ。
「……あっ、分かったかもっ! あの女王がいきなりどこの誰とも知れないオセアーノに王位を譲ったら、国民は王が決めたことは絶対という政治システムそのものに疑問を抱く。そしたら徐々に代議制を求める声が増えていって、素人の王様は圧力に押される形で民主政への移行を決断する。そういう腹積りだねっ?」
唇に当てていた人差し指をぴんと立て、閃いたと答えるアカリにモムは首を縦に振る。
「正解だ。そしてそれがもしも現実のものとなってしまった場合、今度はカイビトス公国にも民主化の流れが押し寄せるやも知れん。そうなれば我がオットアロー家の時代は終わりだ」
次期大公の座を確実なものとしているモムとして、この推論は今の権力も未来の地位も失ってしまう最悪のシナリオである。
そしてそれはアカリにとっても同様だ。
「そんなの困るよっ! どうにかして出し抜かなきゃっ!」
焦りのあまり、思わず椅子から立ち上がったアカリ。
そんな私の様子を見て、彼は苦笑を浮かべつつ落ち着いた口調で言った。
「大丈夫だ、策はある」
「本当にっ?」
「ああ。後継が決まる前にリューグの女王様を殺して、混乱している隙にカイビトス公国の人間を王に即位させてしまえばよい。君ならばその程度は容易いことだろう?」
問われてアカリは、頷こうとしたもののすぐに首を左右に振った。
確かに、やろうと思えば簡単に出来る。最初から考えの中にもあった。しかし。
「モムくん、この作戦はやっぱり危険すぎるよ。条約違反だってマリンピアが怒るんじゃないかなっ? 一歩間違えれば戦争になるかも……」
この前のサメシマ外務副大臣の言葉を思い出して、不安を口にするアカリ。
けれどモムは、心配無用だと自信に満ちた笑顔で力強く告げた。
「後の事は俺が何とかする。他の事など考えなくていい。だから君はリューグの女王を確実に殺せ」
「……うん、分かったよっ」
モムがそこまで言ってくれているのだ。きっと上手くいく。信じてみよう。
私は一切の躊躇いを捨て、あの女王を暗殺する事を決心した。
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