第33話 主導権は誰の手に

 まず最初にサクラが切り出したのは、もちろんオセアーノに対する差別の問題について。


 海異かいいの出現から間もなく、国民による銀髪碧眼の人種への追放運動が起こったこと。そして国を追われた彼らの多くは海異に殺され、生き残った人々は現在も無人島や廃棄フロートで苦しい生活を続けていること。


 海路が寸断され国交が途絶えていたこの十年間のリューグ王国での出来事を、サクラは淀みなく間違いなく言葉にしていく。どうやらマリンピア民主国外務省は驚くほど正確にこちらの国内事情を把握している様子だ。


「ボクが知ってるのはこれくらいだけど、大体合ってるよね?」


 確認を求められたので、オトはこくりと頷く。


「ええ、相違無いわ」

「じゃあ調査は完了っと。そしたら次は……」


 するとサクラはおもむろに右手を持ち上げると、空中で指を滑らせ始めた。


 その動きに女王と魔法少女がぴくりと反応する。


 あなたも水霊すいれいの窓を使えるの?

 アンタも水霊の窓使えんの?


 全く同じことを心の中で呟いたことは、当たり前だがお互いに知る由もない。

 けれど、転生者本人かその血を継ぐ者以外に水霊の窓を扱えた人は今まで存在しないというのは水霊の加護を持つ人間の常識。だからその反応は当然のものだった。


 目を見開いたままのオトとアカリを気にも留めず操作を続けていたサクラは、しばらくして顔をこちらに向けた。


「ちょっとプリンター借りるよ」


 そう言って機械人形が立ち上がったと同時、複合機がウィーンと音を立てて印刷を開始する。出てきたA4サイズの紙を手に戻ってくると、サクラはそれを一部ずつ配ってから再び座り直す。


「でね。我が国としてはこの差別問題を解決してもらえない限り、たとえ海路が再開通したとしてもリューグ王国との国交を再開することは難しいって話になってるんだ。そこでこれ」


 私は資料に目を落とし、表題を読み上げる。


「オセアーノ差別解消計画案?」

「そう。ボクなりにロードマップを作ってきたんだけど、ちょっと読んでみてよ」


 促されたので、とりあえずざっくりと内容に目を通していく。


「…………」


 計画自体は確かに良く出来ていた。この計画通りに進めたならば、マリンピア政府も差別問題は解決に向かっていると判断してくれるはず。国交断絶という最悪の事態は確実に回避できるだろう。表向きには完璧な計画だ。


 しかし、オトには懸念する点もあった。それは、この計画を実行したところで根本的な解決にはならないのではないか、というもの。


「どうかな、オト?」


 自由研究を見せに来た子供のようにワクワクした表情で感想を求めるサクラに、女王は資料を見つめたまま率直な意見を口にする。


「対外的に見ればとても素晴らしい計画案だと思うわ。相手国を納得させるにはこれ以上のものは無いんじゃないかしら。でも、これをやったところで真の問題解決にはならないと感じるのは気のせい?」


 顔を上げて目を合わせると、サクラのカメラレンズの瞳がわずかに見開いた。

 痛いところを突かれた、といった様子。機械人形であることを忘れてしまいそうになるほど人間的で自然な反応だ。


「うっ。やっぱ分かっちゃう? ボクもこれじゃリューグ王国のみんなには届かないかなぁとは思ったんだけどね。外務省の人形だからその辺は苦手で……」


 えへへへと苦笑いしながら、頬をぽりぽりと掻くサクラ。


 すると、隣で片肘をつきながらぺらぺらとレジュメをめくっていたアカリがぽつりと一言。


「別にこれでいいんじゃねぇの?」

「えっ? アカリ今何か言った?」


 ドスの利いた低い声の音源が分からず、サクラが首を傾げる。いつもの声質と違いすぎて、彼女の声だと認識出来なかったらしい。


 機械人形に見つめられた魔法少女は、真っ黒な本性を隠してキラキラの笑顔で答える。


「うんっ、私は別にこれでいいんじゃないかなって」

「なぜ?」


 オトはアカリに理由を問う。

 この不完全な計画案で構わないと考えるのはどうしてだろうか。世界を支配しようと企む彼女のことだ。何か裏があるのではと疑ってしまう。


「だってこういうのって実際の結果よりやってる感が大事でしょ? 働き方改革とかSDGsとかも大体の企業はただの見せかけだし。一番重要なのはパフォーマンスだよっ!」

「パフォーマンスって、あなたね……」


 アイドルスマイルで毒舌を吐く魔法少女に、私はひどく呆れる。

 働き方改革やSDGsが何であるかは知らないが、これが悪口であることは流石に理解出来た。


 そんなアカリの発言に、サクラが言葉を返す。


「政治の舞台においてパフォーマンスが必要なのは分かるよ。だからボクもこういう計画案を作ってきた訳で。だけどさ、それだけじゃやっぱり足りないんだよ。実際に問題を解決出来ないと意味が無いっていうか。理想としては派手なパフォーマンスに成果が伴うのが最&高なんだけど。何か名案ないかなぁ?」


 腕組みをして、う〜んと唸るサクラ。

 アカリも頬杖をついて考える。


「どっかの知事がやるような目立つパフォーマンスは、注目はされるけど成果ゼロだからね。そんな都合の良いアイデアなんてあるのかな〜?」


 もはや魔法少女のキャラを守れていないような気がするが、本人がそれで良いならこちらが口を挟むこともあるまい。

 誰かをディスり続ける彼女のことは一旦無視して、オトも思考に耽る。


 そもそもこれは自分の国の問題だ。何を考えているか分からない他国の外交官になど絶対に任せてはいけない。女王である私が、最善の答えを導き出さなければ……。


 あれも違う。これも違う。それでは駄目だ。

 脳を限界までフル回転させて最適解を探す。


 そしてふと、あるキーワードが思い浮かんで、オトはそれを誰にも聞こえないくらいの声量で口に出した。


「オセアーノにとっての希望の象徴……」


 私は一つ、答えを見つけた。

 だけど、これは。


「オト、何か思いついた?」


 女王の微細な表情の変化を検出したのだろうか、機械人形のレンズの黒い瞳がこちらに向けられる。


「……いえ、やっぱりこの案は駄目ね。何でもないわ」


 私は首を左右に振って否定してみせたが、サクラは「ダメかどうかは分からないじゃん」と微笑みを浮かべた。


「ほら、とりあえず言うだけ言ってみなよ!」

「オトさんが一瞬でも良いって思ったんなら、よっぽどのアイデアってことでしょ?」


 純粋な期待の眼差しをしたサクラと、笑顔とは裏腹に試すような目をしたアカリ。


 こうなってしまっては何かを言わない限り引いてくれなさそうだ。

 オトは先ほど思い浮かんだ案を、悟られないように半分はぐらかして答える。


「パフォーマンスとして派手でありながら、きちんとした成果も必要。それってつまりは外へのアピールと内へのショック療法が両立するものってことよね? そう考えたら、ちょうど良い方法が一つ思い浮かんだのよ。私が女王を辞めて、オセアーノが王位に就けばいいんじゃないかしらって」


 私の言葉を聞いて、サクラは「えぇっ!」と驚いて立ち上がり、アカリは「あはっ」と口の端を吊り上げた。


「けれど王位を継いでくれるようなオセアーノなんているはずが無いわ。だからこの案は駄目よ」


 これでこの話はお終い、もう一度考え直しましょう。

 そういう流れに持っていくつもりだったのだが、オトを女王の座から引きずり下ろしたいアカリがこの絶好機を逃すはずがなかった。彼女は私の発言を遮って、すかさず口を挟む。


「ううん、とっても素敵なアイデアだよオトさんっ! 王になりたいオセアーノだって探せば絶対どこかにいるに決まってる! サクラちゃんもそう思うよねっ?」


 話を振られて、サクラは魔法少女の勢いに押される形でこくりと頷いた。


「うん。まあ、案としては悪くないし、希望する人もどこかにいる可能性はあると思うけど……」

「だったら、その案で決定だねっ! それじゃあ早速、オトさんの後継ぎ探しスタート〜っ!」


 勝手に決定事項にして次へ進もうとするアカリに、オトは慌てて待ったをかける。


「ちょっと待ちなさいな。その案で行くとしても、詳細を詰める必要があるわ」

「そうだよアカリ。もっとしっかり検討してからじゃないと決められないよ」


 続けてサクラも、まだ会合は終わっていないと彼女の行動を制止する。


 結果、何とかアカリの暴走を食い止めることには成功した。

 しかし、この展開がマリンピア政府の思惑通りであることにオトは気付いていなかった。

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