第25話 大切だからこそ頼らない
玉座の間に軍の幹部や貴族の面々が一堂に会する様は圧巻の光景だ。何度経験しても慣れることはないが、女王に就任した直後よりは幾分か緊張しなくなったとオトは思っている。
「お待たせしました、女王様」
「すみません、遅れました」
会議開始予定時刻の五分前。部屋の入り口の観音開きの大扉が押し開けられ、
「大丈夫よ、まだ時間にはなっていないから」
私は二人にそう声を掛ける。
でもこれで呼び集めた全員が揃った。少し早いけれど会議を始めてしまっても問題はないだろう。
オトは玉座から立ち上がると、おもむろにスタンドマイクの前まで移動する。参加者全員の視線がこちらに向くのを感じながら、堂々と顔を上げて口を開いた。
「皆様、本日はお忙しい中、突然の召集に応じて頂き感謝申し上げます。私が今回皆様を急遽お呼び立てした理由と致しましては、大きく分けて二つございます。まず一つ目。こちらは嬉しいご報告です。海伐騎士軍総司令官、ラ=フォーカ大将。前へお願いします」
女王が下がるのと同時、特徴的な口髭を生やした大柄な男性がマイクの前へ。
彼は海伐騎士軍の全部隊を統率する制服組トップ、ラ=フォーカ。南西洋地域に位置する宗教国家テイクトーリ=ルーナ教信国の東部進出抑止作戦や
「騎士軍大将のフォーカである。
この発表を受けて玉座の間にどよめきが起こる。
当然の反応だろう。だってこの国は十年もの間、海異によって他国との貿易や交流が途絶えてしまっていたのだから。
「まだしばらくは以前のように民間船が往来するのは難しいであろう。だが、我が軍やカイビトス衛士団の護衛付きでの運航は恐らく近いうちに可能となる。国民の大きな不安をようやく解消出来たことを誇りに思う。以上、騎士軍大将フォーカからの報告だった」
司令官が深く一礼すると室内に拍手が響き渡った。
鳴り止むのを待って、オトは再びマイクを握る。
「ということで。カイビトス航路がまもなく再開通する運びとなりました。これにより食糧不足や資源問題の解消、産業の発展なども見込まれます。財界や企業家の皆様は是非ともこの好機を逃さず、国と共に更なる成長を目指して頂ければと思います。ただ、他国との交流の再開は現在のリューグ王国にとって喜ばしいことばかりではありません。二つ目、こちらが本題です。この国には今すぐに解決しなければならない大きな問題があるのを忘れてはいないでしょうか?」
女王の投げかけに、多くの人が分からないと首を傾げた。
そんな中、立派な髭を蓄えた白髪混じりの老紳士が手を挙げる。
「アングイッラ卿、座ったままで構いませんのでお答えをどうぞ」
アングイッラ卿は足が悪く普段から杖を使用しているため、先に立たなくて良いと伝えておく。
発言を許可されて、培養肉メーカー国内最大手の創業者が解答を述べる。
「女王陛下様が仰りたいのはやはり、オセアーノ差別のこと、ですかな?」
アングイッラ卿は元々差別を嫌う人だ。
私は頷いてから話を続けた。
「ええ、流石はアングイッラ卿。正解です。リューグ王国の国民は当たり前のようにオセアーノを差別しているようですが。人種差別は国際条約に違反する行為であり、そもそも人としてやってはいけないものです。もしもこれからも国民によるこのような蛮行が続いた場合、最悪はテイクトーリやサークアンと同じ結末、国交断絶ということになりかねません。せっかく航路が開通しても、そうなってしまっては意味がない。それ以上に、その二国と同等だと見做されたくはない。私は今すぐにオセアーノへの差別を禁止する法律を制定すべきだと考えますが、皆様はどうでしょうか?」
リューグ王国の中で人種差別を問題と認識している人は少数派。これだけ大勢の人の前でオセアーノ差別の禁止を訴えるのは、あの時のナギサのように襲われる可能性もあり、女王の私にとっても相当リスクが高い。
でも、言わなければ始まらない。これはこの国の長である私が絶対に主張しなければならないことなのだ。
貴族らが近くの人同士でひそひそと話し始める。いくつかの集団が形成されているようだが、見たところオセアーノを
やがて意見がまとまったのか、一人の女性が挙手もせずに声高に叫んだ。
「女王様、貴方は確か農神祭の宴で海族の女の味方をしていましたわよね? ということは貴方はすでにあの女に洗脳されているんじゃありませんの? だからこんな訳の分からないことを言い出したのです。間違いありませんわ!」
メガフロート建設やガス田開発で富と地位を築いた財閥家の娘メルルツォ。どこまでも自分勝手で傲慢な令嬢なのだが、その身分と美貌にはそれなりに人を集める力があるらしく。彼女には意外と味方が多い。
続けてメルルツォと親しげにしていた男性二人が口を開く。
「そうですよ! 目を覚ましてください女王!」
「おいそこの軍人、陛下を早く病院へお連れして差し上げろ!」
なるほど。オトはナギサのせいで頭がおかしくなっている。そういう流れ、雰囲気を作り出そうという訳か。
最高権力者である私が正常な精神状態でなければこの会議は強制的に終了となり、洗脳が解けるまでは再び会議を開くことも出来ない。つまり、オセアーノ差別禁止法案の審議をいつまでも先延ばしにさせられる。全く、この短時間でよく考えたものね。
性悪お嬢様の邪知深さに感心しつつ、オトは冷静に反論する。
「待って下さい。私は洗脳なんてされていません。それにオセアーノには異能があるというメルルツォ嬢の主張ですが、そのような事実が確認されたこともありません。もしも虚偽情報によって会議の進行を妨害した場合には処罰が下される可能性もありますが、あなたはまだその主張を続けられますか?」
これで引き下がってくれたらいいのだけれど。
やや脅しのニュアンスを含んだ女王の問いに、しかしメルルツォは苛立たしげに眉根を寄せると勢いよく立ち上がって言った。
「あらあら女王様、このメルルツォに向かって処罰と仰いましたか? 随分と調子にお乗りのようですわね。私が父上に言いつければ、この城が建つ浮島を沈めることだって出来ますのよ? そんな馬鹿げた法案、さっさと破棄して下さいまし。そうすれば私への脅迫も無かったことにしてあげますわ」
こちらに向かって人差し指をびしっと突きつけ、そんな要求をしてくるお嬢様。
このやり方は悪役令嬢相手には完全に逆効果だった。しかもオトが下手に出たのをいいことに、自らが優位に立った気になっている。
ふ〜ん、いい度胸じゃない。分からせてあげるわ。
私はマイクから離れ、数歩前へと進み出た。
「失礼致しました、今の発言は撤回しましょう。ではその代わりに言わせて下さい。……頭がおかしいのはあなたの方よ、メルルツォ」
「なっ!」
オトの突然の豹変ぶりに、財閥令嬢は衝撃のあまり言葉を失い口をぱくぱくさせる。
その間に更に捲し立てる。
「私が調子に乗っているですって? それはあなたの方でしょう? 『無かったことにしてあげる』だなんて上から目線な言葉、今すぐに取り消しなさいな」
月の白の瞳で真っ直ぐにメルルツォを見据える。
しばらくして、歯噛みしていた彼女は怒り狂った様子で言い放った。
「ぐぬぬっ。よくも私に恥をかかせてくれましたわね! ご覧なさい、これが女王様の本性ですわ!」
この令嬢の一言を皮切りに、他の貴族たちもここぞとばかりに口撃を始める。
「我々貴族に対して何たる態度だ! 女王としての立場を弁えたまえ!」
「女王気取りの生意気な小娘め! 所詮お前はお飾りなんだよ!」
「辞めちまえ! 辞任だ辞任!」
あなた達も本性を現したわね。
紛糾する玉座の間。飛び交う批判は暴言へと変わり、罵倒に侮辱に『辞めろ』コールの大合唱。
「さてと。茶番は終わりにしましょう」
誰にも聞こえない声量で呟きつつ、オトは右手の人差し指で空中に波線を描いた。するとその波線が光りながら上下に広がり、半透明の画面が浮かび上がる。
異世界人とその血を引く者だけが扱える特別な能力、《
他の人間には見えないその画面を慣れた手つきで操作して、目的のタブ《アイテムストレージ》を開く。そして、その中から一つ武器を選択し実体化させる。
これは玉座の間の観音扉にも彫られている二本の伝説の剣の片方、黒の英雄の伴侶であるサクィア=ハイムが持っていた最強スペックのレイピアだ。
「黙りなさい! 今からオセアーノへの差別を禁止する法案の採決を行うわ。反対に票を投じても構わないけれど、その時は……説明しなくても理解出来るわよね?」
女王が細剣を高く掲げた途端、一瞬にして場が静まり返った。すかさずに決を採る。
「ではまず、賛成の人は手を挙げて」
アーシムとロンボに加え、アングイッラなど差別を嫌う人だけが挙手をする。その人数は十人にも満たない。
つまり、この場にいる大多数が反対に票を投じるということか。
「次に、反対の人は手を挙げて」
色の無い、感情の無い瞳で、ゆっくりと室内を見回す。
だが、手を挙げている人間は一人もいなかった。先ほどまで威勢よく騒いでいた貴族らは、怯えた表情で黙ってこちらを見つめている。
「どちらにも手を挙げなかった人はどういうつもりかしら? 棄権と解釈するわよ? ……よって、賛成が8、反対が0で法案は可決成立となります。以上をもちまして、今会議は解散と致します。本日は急遽お集まり頂きましてありがとうございました」
レイピアを腰の鞘に納めながら、オトは柔らかく微笑んだ。
それを見てメルルツォは、誰よりも先に扉へと向かうと逃げるように玉座の間を後にした。
会議が終了して一人残された女王の下に、何故かロンボが戻ってきた。
私は玉座に腰掛けたまま、足を組みながら問いかける。
「どうしたのロンボ? もしかして忘れ物かしら?」
すると彼は首を左右に振った。
「いや、そういうんじゃなくて。えっと……」
「じゃあ何かしら。遠慮せずに言ってみなさいな」
ロンボは僅かに逡巡する素振りを見せたが、すぐに口を開いた。
「さっき、女王様が悪役を演じたのはどうしてだ? 俺やアーシムに指示して静めることだって出来ただろうに。女王様は何でも一人で抱え込みすぎだ。困った時は無理せず、もっと俺たちを頼ってくれ」
なるほど、気遣ってくれたのね。
「ありがとう、気持ちは嬉しいわ。だけど、私はたとえ自分が悪役になってでもやらなければならないことがあるの。だからこれでいいのよ」
「やらなければならないことって、それは国の長としての……?」
「いいえ、あくまで個人的なものよ。これはあなたには関係の無いことだし、誰かを巻き込むつもりもない」
「……そうか、分かった」
納得はいっていない様子だが、ロンボがそれ以上この話を掘り下げてくることはなかった。
彼が出て行くのを見送って再び一人になったオトは、水霊の窓を開くとストレージから一枚の写真を取り出した。そこに写っているのはまだ幼い頃のオトと、オトと同じ月白の目をした黒髪の女性。母親だ。
リューグ王国の前女王である母は七年前、私が十歳の時に何者かに暗殺された。あの日からずっと、私はその犯人を探し続けている。この手で殺し、仇を討つために。
「こんなことに大事な仲間を巻き込む訳にはいかない。そうよね、母さん?」
写真をストレージに収納したオトは、当時の感情を思い出して両拳をぎゅっと強く握った。
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