第21話 ヒラメと鮭の激闘

 安全なクルーザーの船内に残っていた凪沙なぎさとサルモーネは、インカム越しにアーシムとクロイの会話を聞いていた。いや、正確には聞こえてしまったと言った方が正しいかもしれない。

 というのも、パラがもしもの時にすぐに連絡が取れるようにと、パラと凪沙とサルモーネとクロイの四人のインカムは常に繋がった状態に設定していて。聞くつもりはなくとも聞こえてきてしまったのである。


「でもこれで、アーシムさんのトラウマが一つ解消されたみたいで良かったです」


 インカムに拾われない程度の声量で言った凪沙に、サルモーネが頷く。


「ああ。クロイの奴もあんな態度をしているが、多分照れ隠しだろう。あいつも昔は、信頼していた先輩が助けてくれなかったとよく愚痴をこぼしていた。今も根には持ってるはずだが、再会出来て少しは気が晴れたのかもしれないな」


 顔を見合わせ、お互いにホッとしたような笑みを浮かべる。

 凪沙がアーシムを案じていたように、サルモーネもクロイのことをかなり気にかけていたようだ。


「それじゃあ、そろそろ俺も蛸退治に行ってくる。ナギサはここで待っていろ。直にあの青髪の女も戻ってくるはずだ。くれぐれも外には出るなよ」


 サルモーネが立ち上がり、壁に固定していた両手斧を手に取る。


「分かりました。お気を付けて。って言っても、戦うのに気を付けても何も無いですよね」

「ははっ、そうだな。まあ、死なないようにだけは気を付ける」

「はい。それが最優先です」


 扉を開け飛び出していったオセアーノの頭領を、私は無事を祈りながら静かに見送った。



「ソードスキル、クロススラント!」


 ロンボが振りかざした二本の剣が交差しながら蛸の足に迫る。しかし、連携もなく一人で攻撃を続けるのは流石に無理があった。

 斬りかかる直前、別の足がこちらに襲いかかってくるのを横目で捉えた。


「まずい、やられるっ……!」


 回避は不可能だと直感し、咄嗟に剣技を発動させる向きを変更。交差させた剣で何とか身を守る。

 だが海異かいいのその薙ぎ払い攻撃は今まで受けたどんな剣にも負けないほど重く、ソードスキルで相殺することも敵わず呆気なく吹き飛ばされてしまった。


「ぐあっ!」


 帆船の甲板に背中を打ち付け、強い痛みにロンボは顔を歪める。

 これはしばらく立ち上がれそうにない。


「……ロンボよりアーシム。ごめん、油断した」


 どうにか声を振り絞り、インカムでアーシムに伝える。

 すると、それに応じたのは何故か別の人物だった。知らない男性からの返答。


『そいつならまだお取込み中だ、通信なんざ聞いてないだろう。お前は早く仲間に治療してもらえ。その間に俺が足一本くらい斬り落としておいてやる』


 聞き覚えのない、頼もしい野太い声。自身の部下でないことは明らかだが、軍にこんな人が所属していただろうかと考えていると。


『驚かせてごめんね〜ロンボ君。今の人は私が連れてきたオセアーノのお偉いさん。ああ私はパラだよ。どうもどうもお久しぶり〜』


 戦闘の場面に似つかわしくない、明るく騒がしい女性の声が割り込んできた。普段は単独で行動しているパラキャントゥラス=ヒパタス中佐だ。


「久しぶりだなパラ中佐。って、いきなりこんな恥ずかしいところを見せてすまない」

『大丈夫大丈夫。ロンボ君のかっこいいとこはちゃんと知ってるから、これくらいで私は幻滅しない』

「慰めの言葉ありがとな。それで、どうしてパラ中佐はオセアーノと一緒だったんだ?」

『ああそれはね……』


 パラから今日一日の出来事を教えてもらいながら、ロンボは駆け付けてくれた救護班に手当てをしてもらう。


『ま、ざっくりとはこんな感じかな。詳しく知りたかったら今度会いに来てよ。しばらくは任務無いだろうからさ』

「おう。じゃあ通信切るぞ」

『は〜い。無理すんなよ?』


 通信終了。と同時に、思わず悶えてしまうほどの激痛が背中に走った。


「うおっ、痛って〜!」


 何事かと後ろを見ると、衛生兵が傷口に薬を塗っていた。これが急に痛みがぶり返してきた原因か。


 振り向いたことで、手当てしてくれていた部下と目が合う。


「大佐がこれ以上女の子に格好悪い所を見られないよう、お話が終わるまで待っていました」


 善意しかない笑顔でそんなことを言われる。

 別にパラ中佐とはそういう関係じゃないし余計な気遣いだ! とツッコみたいところだが、上司としてそんな大人気ない反応をするのもどうかと思うので。


「……そうか、お前は出来る奴だな」


 とりあえず軽く誉めておいた。


 誰か、俺の自尊心にも傷薬を塗ってくれ。ロンボは心の中でそう呟いた。



 サルモーネは斧を振り回し、着実に蛸に損傷を加えていく。そして、ここぞという場面で技を繰り出す。


「これでも喰らえ、蛸野郎!」


 両手斧用二連撃ソードスキル、ダブルインパクト。

 蛸の足の根元に斧の刃が一回、二回と間髪入れずに突き刺さる。


 しかし、わずかに緑の血が滲んだだけで足の切断には至らない。


「くっ、中々しぶといな。でかいだけのことはある」


 並大抵の海異ならこれで倒せるのだが、やはり巨大蛸型海異が相手ではそう簡単にはいかないらしい。


 蛸を取り囲むように浮かぶ帆船を飛び移りながら再度攻撃に転じる機会を窺う。そして、先ほど軍の若い艦長が吹き飛ばされた薙ぎ払い攻撃に警戒しつつ、もう一度こちらから仕掛ける。


「お次はこれだ!」


 斧の刃が紫色に発光する。両手斧用五連撃ソードスキル、ヴァイオレンス・クインテット。

 サルモーネが習得した技の中で最も威力が高い技。代わりに精度が落ちるのだが、正確性よりも力任せの攻撃の方が相手にとって致命傷になると踏んだ。


 見事、予想は当たっていた。

 五度にわたる威力抜群の斬撃で傷口がみるみると広がっていく。そして最後は鮮緑の血飛沫を撒き散らしながら千切れた足が宙を舞い、ドボンと海に沈んだ。


「ふぅ。大物狩りは久々だったが、俺もまだやれるみたいだな」


 安堵しつつもサルモーネは次の狙いに目を向ける。

 残る足は三本。この調子なら余裕で倒せそうだ。


 オセアーノの頭領は後ろで結んだ伸び切った銀髪をなびかせて、再び果敢に蛸へと斬りかかった。



 クルーザーの船内に一人残された凪沙は、窓に張り付くようにして外の戦況を見つめていた。私が見る限りでは、怪我人を出してはいるものの比較的順調にダメージを与えられているように感じられる。

 これなら犠牲者を出すことなく無事に戦闘を終えられるのでは?

 などと考えていたが、海異との戦いはそんなに甘いものでは無かった。


 突然、ピピピピピと静寂を切り裂くけたたましい電子音が鳴り響いて、操舵席のコントロールモニターに真っ赤な警告画面が表示されたのだ。


 凪沙は慌ててモニターに近寄って、何の警報なのか確認する。


「接近警報……。パラさん、アーシムさん、クロイさん、真上から攻撃が来ます!」


 警告の内容をクルーザーの屋根上にいる三人にインカムで伝える。


『うおおちょちょちょ、待った待った待った!』

『えっ? ナギサ? 今この船に乗っているのかい?』

『そうだぞ。だから驚いてないで守らんといかんのよ』


 三者三様の反応が届いた後、それぞれが行動に移ったらしい。ドスドスと踏みつける足音と共にクルーザーが左右にゆらゆらと大きく揺れる。

 そういえばアーシムさんは私がここにいることを知らないんだった。それは驚いて当然だ。


 直後。警報音が止まると同時に、扉が開いてパラが滑り込むように船内に戻ってきた。


「危なかった〜。防具も無しに攻撃喰らうところだったぜ」

「これ、結局何の警報だったんです?」

「ああ、蛸がクルーザーもろとも串刺しにしようとしてた。全く、好みの内装に仕様変更するのに幾らかかったと思ってんだか」


 ふぅ〜っと一息ついて、操舵席に座ったパラ。

 一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかった状況で怒るところはそこなのか。彼女らしいと言えば彼女らしいけれど、その明るさは死を恐れていないようにも受け取れて。ほんのちょっとだけ心配になってしまった。

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