第15話 泥遊び
※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330661197469499
「よう、おはよう!」
「ぉはよ~」
井戸端で歯磨きをしていると、段が後ろから大声で挨拶をしてきた。
俺は歯ブラシをくわえたまま挨拶をひとまず返してから、ブラシを口から出す。
「説法はもう勘弁してくれよジョーダン」
昨夜は酔っぱらった段に、法華経とやらの解説を長々と聞かされたため、俺はうんざりしていたのだ。
「俺様が、そんな話をしたのか?」
こっちを向いた段のハゲ頭が朝日を反射して眩しく、俺は目を細めた。
(酔って覚えていないパターンかよ……)
この世界に来る前は食事すらしなかった連中に、酒への耐性があるわけもない。だが、不覚にもその事を失念していた俺は、無策のまま酒宴に突入させてしまった。そしてその結果、昨夜は酔った四人の暴走に付き合わされる羽目になってしまったのだ……いや、イザネだけは暴走する前に墜落していたのだが。
「確か、何もない真空が、自らが何者であるか知るためビッグバンを起こして世界を作り、自らを認識してくれる者を求めたんだっけ?」
これは昨夜、酔った段にさんざん聞かされたお経の一説だった。
「へぇ、よく分かってるじゃないか」
「全然わからねぇよ!
なんで何もない真空が世界を作れるんだよ? 何もないなら、何もできない筈だろ?」
酔っぱらった段が適当な事を言っているものと思っていたが、この反応を見ると本当にそういう教えであるようだ。まったく、どういう理屈なんだか。
「二元論の法則だよ。なにもないからこそ、なんでもある状態なのさ。そしてそれは入滅した如来たちの集合体でもある。
つまりは大宇宙の大いなる意思のようなものだ。人は何度も生まれ変わりを繰り返しながらその大いなる意志を目指す存在なんだ」
「ますます、わかんねーよ! だいたい大宇宙の大いなる意思ってなんなんだよ?」
理屈がおかしくなって話が迷走しているようにしか思えないのだが、胸を張る段にはなぜか迷いがない。
「強いて例えるならば、マスター達の話していた無限力イーデとかゲシター線のようなものだ」
「イーデもゲシター線も知らねーんだよ俺は!
それじゃ、なにか? おまえら坊主は、そのイーデやゲシターと一体になるために修行しているのか?」
「そうだぞ。ゲシターと一体になるのだ!」
段の言葉に熱がこもってきた。これ以上この話に付き合うのは止めた方がよさそうだ。
”自称”坊主の戯言に付き合っても仕方ないし、戯言ではなく本気だとすればもっと厄介だ。
「へいへい、そーですかい」
俺は再び歯ブラシをくわえ、相変わらず頭の眩しい段から顔を背けた。
「なんだよ。カイルにはまだ法華経は早すぎたかぁ?」
ぼやきながら段も井戸水に歯ブラシを浸し、それを口へと運ぶ。
シャカシャカシャカ……
しばらく段と肩を並べて歯を磨いていると、後ろの方から声が聞こえてきた……。
「なぁ、あの後俺はどうなったんだよ?」
「クスクスクス」
振り向くと、やけに不安そうなイザネと、やけに愉快そうなべべ王がこちらに向かって歩いてくる。
「なぁ、俺は酒を飲んだ後の事を覚えてねーんだが、どうなったんだ? べべに尋ねても教えてくれないんだよ」
べべ王を相手にするのを諦めたイザネが、俺達を発見して尋ねた。どうやらイザネは昨夜の事で、からかわれていたらしい。
「やけに陽気になって大笑いした後、すぐに寝たよ」
「それだけか? 寝た後に俺、変な事してなかったか?!」
いつになく必死で、イザネが俺に迫る。
「東風に聞けばいいんじゃねーか? 眠ったイザネを宿まで運んだのはあいつだぜ」
段がイザネ達の後ろから、のそのそとこちらに向かってやって来る東風さんを指さした。
(うわ辛そう……。昨日は、ゼペックにすすめられるままに酒を飲んでたからなぁ)
二日酔いにやられた東風さんは本当にダルそうで、目蓋が落ちかけていた。
「おはようございます、みなさ……」
その挨拶が終わる前に、東風さんの袖を引っ張ってイザネが何かを耳打ちをする。
「ああ、心配ありませんよ。
イザ姐は宿で寝てただけで、運んでる途中だって特に変な事はありませんでしたから。
それよりイザ姐を宿に送った後の記憶が曖昧なのですが、私の方こそどうしたのでしょうか? 私もイザ姐のように酔って寝てしまったのですか?」
イザネよりも更に不安そうな東風さんを見て、段がプッと吹き出す。
「それは、聞かない方がいいと思いますよ……」
おかしそうに笑いをこらえている段を横目で睨みながら、俺は東風さんにそう忠告したのだが……。
「東ちゃんはゼペックと一緒に裸踊りをしとったぞ。
いや、あれは面白かった。次の酒宴でもまたやって欲しいくらいじゃ」
……が、べべ王はお構いなしだ。
「は……はだっ……」
東風さんの手から歯ブラシが滑り落ち、イザネが地面に落ちる寸前にキャッチする。段は、遂に笑いを堪えられなくなってゲラゲラと爆笑していた。
「まあ酒の席での事ですし、みんな大目に見てくれますよ東風さん」
「そそ、そうでしょうか……?」
俺は精一杯のフォローをしたつもりだったが、東風さんは目を泳がせたままイザネから歯ブラシを受け取っている。
「気にすんなよ東風!
ゼペックのおっさんなんて酒宴の度に何かやらかすが、翌日にはケロッとしてるらしいぞ。クリスが言ってたぜ」
「私は、あの方のようになれる自信がありませんよ」
他人事のように軽いノリでのたまう段の言葉が通用する訳もなく、東風さんは伏目のまま肩を落とし歯ブラシを井戸水で濡らした。
「爺さんだって、酒癖が良いわけじゃないんだからな。他人事だと思ってんじゃねーぞ!」
隣でクスクス笑っているべべ王を見下ろしながら、俺は言ってやった。
昨晩、何度暗黒竜退治の自慢話をこいつから聞かされた事か。”攻略法を教えてやる”と言われたって、出くわす事もないであろうモンスターを聞いた事もない魔法や技で倒す話など何の役にもたたない。
「やっぱ、マスター達の言ってたとおり、酒は20才になってからの方が良かったのかな?」
イザネがぼやく。東風さん程ではないが、こっちも昨夜の事をまだ引きずったままだ。彼女の酒癖に害はなく、むしろかわいいくらいの物なのだけど。
「この国では18から酒を飲んでいい事になってるんだから、問題ないって昨日も言ったろ。だいたい20才からなら、俺だって酒を飲めなくなるじゃないか。
自分にとってちょうどいい酒の量を覚えればいいんだよ」
ゼペックのようないい歳こいたおっさんが最も酒癖が悪いのだから、年齢なんて関係ない。そもそも見た目だけで正確に年齢が分かる訳ないから、1~2年早く酒の味を覚える奴だってザラにいる。とはいえ、流石に東風さんは酔い過ぎないように気を付けるべきなのだろうけれど。
俺は力なく歯ブラシをくわえる東風さんを見上げた。
(立ち直るまで暫く時間が掛かりそうだな)
「あーっ、おっきいぞうさんだーっ!」
声のした方を振り向くと、東風さんを指さすメルルちゃんの口を、ララさんが慌てて塞いでいるところだった。子供は無邪気であるが故に、時に残酷なものだ。
東風さんの口から滑り落ちた歯ブラシを、自分のブラシをくわえたままイザネが無言でキャッチした。
* * *
「食事が終わったらスライム退治に行くぞーっ!!」
朝食の場に遅れて入ってきたべべ王が大声で気合を入れる。
(さっきから宿の外で村長と二人で話をしていたのは、この相談だったのか)
『うおおおぉぉ!』
食事中の思わぬ朗報に喜ぶ段とイザネ。まだ立ち直れない東風さんの反応は薄い。
「まてよ! 今日は俺達の新しい家の掃除する予定じゃなかったのか?」
そもそもスライムが湧いているのは、この村から少し距離のある南東の沼地。緊急に片づけねばならないモノではない筈だ。
大猿に村を滅茶苦茶にされた村長としては、村の近くにモンスターがいるだけで落ち着かないのはわかる。だがそれよりも俺は、いつまでもバンカーさんの宿のやっかいになる事に心苦しさを覚えていた。
「それは手の空いた村の人達がやっといてくれるそうじゃ」
「それならいいけど……」
村としては大猿退治の謝礼も支払えない有様なのだ、”家の掃除の代行くらいしか俺達にしてやれる事がない”と考えての提案なのだろう。
「こっちの世界に来てから、全然モンスターと戦ってなかったからな! スライムなんてザコモンスターは相手にもならないだろうけど、戦えないより全然マシだぜ!」
待ちきれない様子でイザネが肩を回す。
が、しかし、スライムがザコだって? 確かに対処法さえ知っていればなんて事ないかもしれないが、ファイター系の物理攻撃クラスにとっては不意打ちをくらえば致命傷にもなりかねない難敵の筈だ。
俺は試しに聞いてみる事にした。
「スライムの退治方法は知ってる?」
「スライムなんて、普通にぶん殴ればすぐ倒せるだろ?」
(え?)
俺の問いに、イザネはキョトンとしている。
スライムがファイター系のクラスにとって難敵なのは、液体生物であるが故に斬っても殴ってもダメージを与えられないからである。おまけに溶解液で武器や防具を溶かしてくるため、戦士が普通に戦える相手ではない。
油をかけて焼き払う等の方法で対処するのが、普通だ。
(いや、まてよ……)
確かに普通の武器ではスライムは倒せないのだが、エンチャントウェポン等の魔法で強化した武器であるならば問題なく倒せる。恐らくべべ王がエンチャントウェポン系の魔法を覚えているのか、もしくはイザネの武器に何らかの魔力が付与されているのだろう。
考えてみれば暗黒龍の素材で作った特殊な武器なのだから、俺の知らないような不可思議な力が宿っていてもおかしくない。
「……ならいいけど」
とりあえず俺は、これ以上追及しない事にした。
「イザネは大猿と戦ってるから、まだいいだろ。俺様なんて、まだ一匹もモンスターを倒してないんだぜ」
うずうずして待ちきれない様子で段がそう言うのを聞いて、俺はべべ王がこのタイミングでスライム退治を提案した意図をようやく悟った。クランメンバーの不満を見抜き、それを少しでも解消するためにスライム退治をしようというのだ。
掃除を村の人に任せるのも、これ以上面倒くさい事でフラストレーションをクランメンバーに溜めさせない為の措置と考えるなら、納得がいく。
(普段はふざけていても、この爺さんはちゃんとリーダーとしての役割は果たしているんだな)
「東ちゃん、まだ昨日の事を気にしとるのか? 踊りはみんなに大ウケしとったし、むしろおいしいくらいじゃったぞ」
(いや、逆だ! リーダーの仕事をちゃんとしているのに、普段の態度がそれを台無しにしているんだっ!)
まだ立ち直れない東風さんを弄ってクスクス笑うべべ王を見ながら、俺はジジイの評価をもう一度マイナスに修正した。
「メルルちゃんも、またでっかいぞうさん見たいじゃろ~」
給仕の手伝いに来ていたメルルを、べべ王が性懲りもなく下品な悪ふざけに巻き込もうとする。
(やっぱ最悪だ、このジジイ!)
「なにやってるんですかお爺ちゃん! 子供に言う事じゃないでしょう!」
ララさんに叱られ、いつものようにべべ王が頭を下げた。
「ごめんなさい」
* * *
「うっわ、こんだけ数がいるとちょっと気持ち悪いな」
スライムが大量発生したという沼地は、村から小一時間歩いた場所にあった。大量のスライムで沼全体がうごめいているようにも見えて、イザネの言うように気持ちのいい光景ではない。
「しかし、これだけの数がいるのであれば少しは歯ごたえがありそうですね」
東風さんが腰に下げた大きな包丁のようなナイフを両手に構える。
今朝から余程うっぷんが溜まっていたのだろう。普段の東風さんに比べ、随分と好戦的になっているようだ。
「この世界に来て初めて相手にするモンスターが如何ほどの物か、お手並み拝見と参りますか……」
バシャ……ン
次の瞬間、東風さんは沼に飛び込んでいた。
ヒュン!シュッバッ……バババッバッ!
東風さんは物凄い勢いでナイフを振り回して周囲のスライムを切り刻んでいるのだが、スライム達には何の影響もない。東風さんのでっかいナイフは半透明のスライムの体の中を素通りするばかりであった。
(もしかして、東風さんの武器にはエンチャントによる魔法の属性は付与されてないのか?)
バシャァァッ!
気付くと東風さんに続いてイザネも沼に飛び込んでいた。
「俺にもやらせろよ東風! おりゃ!」
イザネも勢いよく周囲のスライムをメイスで殴りつけるが、やはり効果はない。ちょうど棒で水面を叩いた時のように、スライムの体はバシャンと音を立てて飛沫を上げ太陽の光を激しく乱反射させたが、ただそれだけ。いくらメイスを叩きつけてようと一匹も倒せやしない。
「イザ姐! こいつら攻撃がききませんよ!」
「うえぇぇぇっ!」
ようやく東風さんが事態に気付き、スライムに取り囲まれたイザネが悲鳴を上げる。
「なにやってんだよべべ王! 早く二人にエンチャントウェポンを!」
俺は慌ててべべ王に魔法を要請したのだが……。
「エンチャントウェポン?」
「だから武器に魔力でエンチャントを付与するんだよ! ……もしかしてエンチャント系の魔法は使えない?」
「ごめんなさい」
頭を下げるべべ王を見て俺は頭を抱えた。
(スライムをどんなモンスターだと思ってたんだよ、こいつら!)
「要するに魔法は有効なんだろう。ならば俺様の出番だな!
『おん ばざら だらま きり……むごっ!」
呪文を唱え始めた段の口を俺は急いで塞いだ。
「おまえ! 今魔法を唱えたら二人を巻き添えにする事もわからないのかよ!」
「そういやFF(フレンドリファイア)ありなんだったな。忘れてたぜ。
つい、いつもの癖でやっちまった」
(まったくもう!)
俺はカバンから魔導弓を取り出し、わざと弱々しい魔文字を描いてマジックアローを生成する。
(だから手加減して魔法を撃つ練習も必要だったんだよ……)
どんなに弱いマジックアローを作っても、今の魔導弓ならスライム退治くらい余裕だろう。イザネ達に多少の被害が出る可能性はあるが、このまま放っておけば二人が沼の深みに引きずりこまれかねない。
ドウッ
沼から爆炎が上がり、東風さんの周囲のスライムが吹き飛ぶ。どうやら火薬を使ってスライムを爆破したようだ。
「火薬は有効なようですが、沼底のスライムまでは届かないですね」
東風さんはこの隙にスライムの囲みを抜け、沼の岸の方へと飛んで逃げる。残るはイザネなのだが……。
「うひぃぃぃぃっ」
胸元までスライムにたかられてイザネが悲鳴を上げる。
幸い、防御力アップの指輪も毒耐性の指輪もスライムの攻撃を無効化してくれているようで、服を溶かされる様子もなければ肌がただれてもいない。暫くは大丈夫だろう。
俺は生成したファイアアローを魔導弓にセットする。
(このファイアアローは、イザネから少し距離を空けて命中させないと危険だよな)
とはいえ、実際にどのくらい距離を空ければいいかなんてわからない。
(勘を頼りにやるしかないのか……)
その時、迷う俺を遮るようにべべ王が前に割り込んできた。
「ま、カイルが無理をせんでも、わしが行けばなんとかなるじゃろ」
べべ王が腰の小さな杖を引き抜くと、杖の先から光が伸びて剣のような刃を形成する。
この爺さんはナイトクラスの癖に剣も槍も持っておらず奇妙に思っていたが、どうやらこの杖が剣の役割をするようだ。
「ほい!」
ジュ……
べべ王が光の剣で近くのスライムをつつくと、スライムは一瞬で蒸発する。
この四人にとってはこれが当たり前の光景なのかもしれないが、いつもの事ながら桁外れの威力に呆れてしまう。
「ほい! ほい! ほい! ほほい! ほい!」
べべ王はリズムカルに沼のスライムを突っつき道を作りながらイザネ救出に向かうが、少々遅かったようだ。
「ひっ! このっ! もういい加減にぃぃぃっ!」
もう服の下までスライムに侵入され、やけくそ気味のイザネが振り上げるメイスが青白く光っている。
東風さんは、それを見た途端に沼から大きくジャンプして離れ、べべ王は大きな顔を型どった盾を構えて飛び下がり、段は俺の襟首を掴んでべべ王の後ろに避難した。
「いきなり、何するんだよっ?!」
かろうじて段に、そう文句を言った瞬間だった。
「狼牙空塵砕!」
ズドッ……!!
イザネの叫び声と共にメイスを叩きつけると沼が破裂するように爆散した。粉々になった泥とスライムの破片が、空から容赦なく俺達に降り注ぐ。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330661197365398
「なんだよ、もぅ……」
イザネのその声は、べそをかいたような鼻声だった。
全身泥とスライムの残骸まみれになったイザネは、先程まで沼のあったくぼみからこちらへと歩いてくる。どうやら、さっきの一撃で殆どのスライムを倒せたようだが、倒した本人もこのザマだ……。
* * *
『おん きりきり ばさら うんはった!』
まるで今までの鬱憤を晴らすかのような爽やかな顔で、段が炎の魔法を連発し残ったスライムを次々に掃討していく。
沼はイザネの一撃で泥が吹き飛び、段の魔法で干乾びて完全に姿を消した。とはいえイザネが元よりも大きなくぼみを掘ったのだから、次に雨が降ったら以前より大きな沼地が出来上がることだろう。
「なぁ、まだ顔に泥ついてるか?」
俺に借りたタオルを手にイザネが尋ねる。
イザネだけでなく、俺も段も東風さんも全身泥まみれ。大盾で降ってくる泥とスライムの破片をかろうじて防いだべべ王が比較的マシな程度だった。
「顎のとこに少し・・・いやそっちじゃなくて。」
俺は指先で泥で汚れた箇所を教える。
こいつら四人は、冒険に使う道具を殆ど持ってきていない。ポーションだけは携帯しているようだが、タオルも水筒も俺以外は誰も用意しておらず、生活力という物がまるで感じられない。
「なぁ、さっきはどうやってスライムを倒したんだ?」
イザネが沼を吹き飛ばした爆発の正体を確かめようと思い、俺は尋ねた。
「ああ、気合いれてぶっ叩くと、ああいう技ができるんだよ」
(気合だって?!)
いや、気合だけでできる訳がない。どう考えても技を放つ直前に見た青白い光は魔力だった。
ファイターが気合だけで魔力を操るなど、いわゆるマジックソルジャー系のクラスの話でも俺は聞いた事がない。とはいえ、スライムに有効であった事から武器に魔力を込めて爆発させたと考える他ないのだが、一体どういう技術体系なのだろうか。
「しっかし、酷い匂いですね。ドラゴン・ザ・ドゥームのスライムにはこんな臭いはありませんでしたよ。
この状態異常の解除はどうするのですか、カイルさん?」
周囲の物を腐食して喰らうスライムに腐敗臭は付き物だ。それを気にするのは当然なのだが……。
(状態異常の解除ってなんだよ?)
泥とスライムまみれの東風さんを、俺は見上げた。なんとなく嫌な予感がする。
「いや、洗濯するしかないんじゃないですか?」
「その洗濯とは、なんなんじゃ?
魔法かポーションなんかで、この状態異常を解除した方が早いんじゃないか?」
そのべべ王の言葉で、予感は確信へと変わる。
(そうか、やはりこれも教えないといけないのか……)
「自動で洗濯をしてくれるような、そんな便利な魔法なんてないよ。
それに早く村に帰った方がいいぜ。時間が経って乾いてしまうと、汚れがなかなか落ちなくなるから」
「おいおい、それじゃあこの臭いが取れなくなるって事かよ! 冗談じゃねぇぞっ!!」
スライムを焼き終えた段が真っ青になって村の方へ逃げ出し、俺達もそれを追うように続いた。
(バンカーさんに頼んで、風呂も使わせてもらえないかな……)
被害はあったものの、段の欲求不満も村長の懸念も解消できたのだから、スライム退治は成功と言っていいのだろう。けど、それよりも今の俺は、泥のこびりついた服が肌に触れる不快感から一刻も早く解放されたい気持ちでいっぱいだった。
* * *
「すいませんララさん。こんな事まで手伝わせてしまって」
「いえ、いいのよ。スライム退治もただ同然でやって貰ったんだし、これくらいは」
腰にタオルを巻いただけの恰好で洗濯物をこすりながら、俺はララさんに話しかけた。まだ高い日差しのおかげで、こんな格好でも寒くはない。今が暖かい季節で本当に助かった。
隣を見ると、上半身裸で腰に大きな布を巻いた東風さんが、用意して貰った大きめの洗濯板を使って泥とスライムの汚れを器用に落としている。どうやら東風さんは、こういう地道な作業が嫌いではないようで助かる。
問題は残りの三人だ。あいつらはすぐに洗濯に飽きてしまい、今は思い思いに遊んでいる。
「ほーら、メルルちゃーん。ばっしゃーん」
「きゃははははっ。えーい」
イザネはメルルが気に入っていたらしく、洗濯用の大きな桶の水をかけ合って遊んでいた。
(まぁ、それでもイザネはまだ許せるんだよ。メルルちゃんも喜んでるし)
いくら服が洗濯中だからって胸と腰に布を巻いただけの姿ではしゃいでいるのはどうかとは思うし、当の本人が気にしてないのも余計にやりにくい。けど、それでも許せるんだよ、まだ。
バシャッ
メルルとイザネを見守る俺の背中を、別の水しぶきが襲う。
「おら、ジジイ!」
「やりおったなジョーダン!」
(ジジイとハゲマッチョが水をかけ合って遊んでるとこなんて、見たくもなかったぜ……)
俺はその光景になにかを諦め、そして目を逸らすかのように洗濯物に集中した。
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