第14話 アタック・ザ・ハニービー

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330660591834874



「これは想像以上に大変ですね」


 東風さんが、うっそうと茂る森を見回しながら俺に話しかけた。


「周辺を確認できる範囲マップもなければ、指示マーカーが探す人の位置を教えてくれる訳でもない。よもや”ゲイル”という名前と”十歳過ぎの男の子”というヒントだけで探さなければならないとは……。しかもこの世界では水や食料切れというタイムリミットまである。

迷ったのが子供となれば、皆が心配するのも理解できます」


 俺はゲイルの名を呼ぶのを一時中断して東風さんを見上げた。やはり異世界から来た四人の中で、この人が最も適応が早い。


「ええ、しかもこの辺は茂みが深いですから……。でも、背の高い東風さんなら遠くまで見渡せませんか?」


「難しいですね。

 背の高い草も多いですし、茂みに紛れた子供を探すにはもっと高いところから見渡さないと……、少々お待ちください」


 そう言うや否や、東風さんは音もなく木の上に飛び上がった。いや、ジャンプしたのか? 地面を蹴る音が聞こえなかったから、まるでその気配はなかったのだが。


「東風さん?!」


「上から確認しましたが、残念ながらこの周辺にゲイルくんがいる様子はないですね」


 上の方から東風さんの体重で太い枝が軋む音が聞こえ、木の葉が舞い落ちて来る。


「いま降りますので、お気をつけください」


 音もなく東風さんが、俺の目の前に着地する。

 あの体重でよくこんなに静かに着地できるものだ。忍者がシーフ上級クラスだというのも、この体術を目の当たりにすれば納得ができる。


(体系はともかく、技術はシーフクラスとして一流なんだよなぁ……。

 あれ、何か落ちてくる?)


パシ……


 直後、木の上から降ってきた茶色い物体を東風さんは片手でキャッチする。それは無数に六角形の穴が空いた、見覚えのある形だった。


「え……、それって……」


「ハチの巣です。”ハチミツ”という素材が取れるのですが、ご存じないんですか?

 降りる途中で見つけたので採取しておいたんですよ」


「いや、そうじゃなくて!」


ブウゥ……ン


 東風さんの手の中の巣を飛び立ったハチ達は、黒い雲のようになって女王の城に無礼を働いた不届き者をあっという間に取り囲む。


「なにやってんですか! 早く逃げて!」


 俺が叫ぶより早く、ハチが東風さんに襲い掛かっていた。


「ぐわぁ!」


 東風さんは体を丸め、まるででかいボールのようになってハチから逃れようと超高速で転げまわる。

 俺は急いでカバンから魔導弓を取り出して構えたが、この状況では何をしていいのか分わからない。


(攻撃魔法は東風さんを巻き込む恐れがあるから、キュアアローでハチの毒を無効化するか? それともガードアローで……いや、それ以前に東風さんの動きが早すぎる。あれじゃマジックアローを命中させられない!)


ドスッ!


 超高速で地面を転がっていた東風さんが大木に激突し、その根元で動きを止める。ミシミシと鈍い音を響かせて傾く大木に向かって、容赦なくハチが群がっていく。


「東風さん!」


チュドッ……ォォォン!


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330660591763104


 突如ハチの群れの中心から爆炎が上がった。天高く立ち昇る煙から、焼け死んだハチ達がボトボトと黒い炭と化して落ちてくる。


「と……東風さん?」


 俺は降り注ぐハチを手で払うようにして東風さんの姿を探したが、黒く焦げた大木の幹と地面があるばかりだった。


「いやぁ、大変な目にあいました。この世界のハチは怖いですね」


 声のした方に振り向くと、影の中から東風さんがはい出て来るところだった。


「だ、大丈夫ですか?! ハチの毒は?」


「我々には毒耐性の指輪もあるじゃないですか」


 見れば、あれだけハチにたかられていたのに東風さんの顔に腫れ一つない。防御力を上げる指輪も装備しているのだから、恐らくは針に刺されたダメージも、ほぼないのだろう。

 俺はホッと胸をなでおろした。


「もうバカな真似をしないでくださいよ」


「すいません。まさかこんな事になるとは、思っていなかったものですから」


 今度こそハチミツを手に入れようと巣に手を伸ばそうとした東風さんを、俺は慌てて引き止める。


「まだ、巣の中にハチが残ってるかもしれませんよ」


「この世界でハチミツを手に入れるのって、こんなに大変なんですか?!」


 東風さんは、慌てた様子で手を引っ込める。実質ノーダメージとはいえ流石に懲りたのだろう。


「なにやってんだよ、おまえら? 予想してた通り新モンスターでも出たのか?」


 さっきの爆音を聞きいて駆け付けたのだろう、茂みから勢いよくイザネが飛び出してきた。


「ハチに襲われていただけだよ」


「ハチ? キラービーでも居たのか?」


 キラービーだって? たしか、巨大蜂のモンスターでそんな名前の奴がいると聞いた事はあったが、イザネはそのモンスターの事を言っているのだろうか?


「違いますよイザ姐。

 ハチの巣を発見したのでハチミツを取ろうとしたんです」


「ハチの巣ってあれか?」


 地面に転がってるハチの巣に手を伸ばそうとするイザネを、今度は東風さんが急いで止める。


「この世界のハチは危険なんですよイザ姐」


 東風さんは地面に転がる無数のハチを指さす。


「うぇ、なんだこれ?」


 イザネが苦い顔をする。もしかして虫も苦手なのだろうか?


「キラービーとは比較にならないくらい小さいですが、大群で襲い掛かって針で刺してくるんですよ。火薬で吹っ飛ばして難を逃れましたが、的が小さいのであれは厄介でした」


 辺りの焦げ跡から漂ってくる臭いは、東風さんの言う通り、確かに火薬独特の臭いだった。


(忍術とやらで起こした爆発じゃなかったのか)


 魔術や魔道具の普及と共に、火薬は活躍の場を減らしている。今や、花火や一部の鉱山などで、使用されるくらいだろうか。

 そもそも火薬の扱いは難しく、暴発の危険性も高い。よって、これをわざわざ戦いに用いるなど、常識では考えられない。魔術の方が安全で確実な筈なのだが、どういうメリットがあって火薬を使っているのだろうか?


「………………だって、獲物がなにも取れてないのに帰ったらかっこ悪いじゃんか」


「お父さんもお母さんも心配してたんだから、ちょっとは反省した方がいいわよゲイルくん」


「ほっとけよ。

 どんなに反省しようが言い訳しようが、どうせ親父に怒られるハメになるんだから」


 気付くとダニーとクリスの話声が足音と共に近づいてくる。子供の声も混ざってるということは、既にゲイルを見つけたのだろう。


「ゲイルくんは、見つかったんだね」


「ああ、さっき向こうの方をうろついてるところを見つけたんだよ。

 道に迷ったんじゃなくて、獲物が取れるまで帰らないつもりでいたらしいぜ」


 俺とイザネが少し言葉を交わしている間に、三人が茂みをかき分けて姿を現した。ゲイルは狩りに使うのであろう小ぶりな弓を背負っている。


「でっけー。あんたも召喚者なのかよ?」


 ゲイルが東風さんを見上げて、感嘆の声を上げる。


「東風といいます。よろしくゲイルくん」


 東風さんが片手を差し出すと、ゲイルは両手で握り返して嬉しそうに笑う。


「父ちゃんの2倍はでかい手だぜ、この人」


「おい、ちょっと失礼じゃないかそれは」


 ダニーはお構いなしのゲイルを叱るが、おおらかな東風さんは特に気にする様子もない。


「構いませんよ、そのくらい。

 ところで、先ほどハチの巣を落としたのですが、なんとかハチミツを取れませんかね?」


 ダニーは周囲に転がる無数のハチの死骸と傾いて焦げた大木を見て、”おおっ!”と驚きの声を上げる。


「おい、あんた何をしたんだ?!」


「ハチの巣を取ろうとして、ハチに襲われました」


「いや、そこまではわかるが、どうやってハチを殺したんだ?」


「火薬を使いましたが」


「火薬だって? わざわざ火薬でハチを退治するなんて、聞いた事がないぞ」


 東風さんとダニーが話している横で、ゲイルが大きな厚手の袋を取り出してハチの巣をその中に手際よく入れる。恐らく狩った獲物を入れるために用意していたものだろう。


「ねぇ、でかいおじちゃん。このハチの巣は俺が取ったって事にしておいてくれよ。遅刻したうえに手ぶらで帰ったら、父ちゃんに殺されちまうよ」


 ゲイルは甘えるような口調で東風さんにお願いする。まだ礼儀は心得ていなくとも、人様に甘える術だけは心得ているようだ。


「私は別に構いませんが、殺されるとは穏やかではありませんね」


「おいおい、弟を甘やかさないでくれよ」


 態度を改める様子もないゲイルの頭を、ダニーが掌で押さえつけた。クリスの呆れる顔をみるに、この兄弟は普段からこの調子らしい。


「ねぇ、それより早く戻りましょうよ。みんな心配してるわ」


 もう付き合ってらんない、と言わんがばかりにクリスは肩を落とし、そのまま村の方へと足早に歩き出した。



         *      *      *



 リラルルの村の門で待っていたのは直立不動で門番をしているべべ王と、寝っ転がってサボっている段だった。


「リラルルの村へようこそ」


 帰ってきた俺達に、べべ王が直立不動のまま、やけに抑揚のない声をかける。べべ王の纏っている鎧は夕日を反射し、やや赤みがかった金色の光を俺達の顔に浴びせかけていた。


「なにやってんだよ爺さん」


 俺はべべ王がまたくだらない事をやろうとしているのだと感づき、身構えつつ訪ねた。


「NPCの真似じゃよ。門番といえば、これがお馴染みのセリフじゃろ?」


「そういえば、村に一人はそんな奴がいたな」


「はははは、なんだか懐かしいですね」


 イザネと東風さんは、べべ王の台詞に訳の分からぬ郷愁を感じているようだが……。


「え? そんなこと言う人、見た事ないんだけど。尋ねられてもいないのに」


 と、クリスは首を傾げる。いや、クリスだけではない。NPCとやらに会った事がない俺にもさっぱりだし、ダニーやゲイルだってそれは同様だったろう。

 しかし、ふざけてはいても、ちゃんと門番していただけべべ王の爺さんはましだ。


「なにサボってんだよ」


 俺は寝っ転がっている段の脇腹に軽く蹴りを入れる。


「ふああぁ。

 なんだもう帰ってきたのかよ。で、新しいモンスターはいたのか?」


 とぼけた事を言いながら段が目を擦りながら起き上がる。べべ王といい、こいつといいマイペースにも程がある。


「すっげー、この爺さん金ピカじゃんか! 本物なのかこれ?!」


 後ろで興奮したゲイルの声が聞こえる。振り返るとべべ王の金の鎧をゲイルがペタペタ触っていた。


「おとり役は目立ってなんぼじゃからのう。染粉で金色にしてあるんじゃよ」


「いいのかよ爺さん。

 そこは”汚い手で鎧に触れるな!”って注意するとこじゃないのか?」


 ダニーが、なんだか不安げに尋ねる。

 確かに貴族達のピカピカの鎧にうっかり手を触れたりしたならば、庶民は只では済まされない。


「常に敵の攻撃に晒されとる鎧じゃぞ。手で触れられたくらいで、何を恐れる必要があるんじゃ?」


 が、べべ王は事も無げに答える。

 そもそも、こいつらの金銭感覚は俺達の物差しで測れるものではない。例え本物の金の鎧をドロドロに汚されたとしても、ケロッとしている事だろう。


「爺さんかっけー!」


 べべ王のその一言に、何も知らないゲイルが無邪気に目を輝かせている。

 まぁ、この爺さんの頭の中身も子供だし、精神年齢が近い分ゲイルとは波長が合うのかもしれない。


(ん?)


 ふと気づくとイザネが俺の服を引っ張っていた。イザネは背伸びして俺の耳に口を近づける。


「なぁ、もしかして俺達ってとても目立ってるんじゃないか?」


「当たり前だろ、イザネ以外はみんな目立ってるよ」


 今更過ぎるイザネの質問に、俺は心底呆れてしまう。自覚がないとは、かくも恐ろしいものか。


「そっか、俺はそこまで目立ってなかったか。安心したよ」


(ちっとも安心できねぇよ!)


 心の中で俺は毒づいた。

 最初に出会った時の下着さながらの恰好であったなら、イザネが一番悪目立ちしていたに違いないのだから。



         *      *      *



「わしらは今の内に、村の探検を済ませておくとしようかのぉ」


 ゲイルを村長の家に連れ帰った後、俺は空いた時間に少しでも休もうと思っていたのだが、退屈を嫌うべべ王が黙っている筈もなかった。


「そういや、村の”拠点登録”もまだだったな」


「我々の歓迎会まで時間があるようですし、その間なら問題ないでしょう」


 何をするつもりか知らないが、段も東風さんも乗り気のようだ。

 日は沈みかけていたが暮れるにはまだ少し早く、歓迎の宴の準備も済んではいなかった。通常ならば時間もある事だし、三人を放っておいてもよさそうなものだが、俺の知らない話をした直後は、まずそれを警戒しない訳にはいかない。


「ちょっと待てよ! ”拠点登録”って何をする気なんだよ!」


 俺は急いで三人を追おうとしたが、後ろから肩を捕まえられた。


「どこ行くんだよ?

 おまえは俺との稽古がまだだったろ。さぁ、今から今日の分をやるぞ!」


 有無も言わさず、俺は片手でイザネに押さえつけられていた。

 正直なところ、俺は昨日の稽古の筋肉痛がまだ引いてなかったし、大量のマジックポーションを村まで背負わされたせいで疲れていた。だが、上機嫌そうなイザネの顔を見ると断る気にもなれなかった。


(まぁ、人気のない空き家が並んでる方を目指してるみたいだし、東風さんがついているならなんとかなるかな)


 べべ王達三人は既に、寂れた家の並ぶ村の奥にまで歩を進めていた。俺はまだ少し不安だったが、諦めてイザネに稽古を付けてもらう事にする。


「わかった! わかったよ」


 言葉では渋々イザネに従う素振りを装おうとしたが、顔は笑っていたと思う。稽古をつけてくれている時のイザネは本当に楽しそうだし、俺もそんな彼女の顔を見るのが嫌いじゃなかった。


(ん?)


 さっそく魔導弓をカバンから取り出そうとして、俺はある事に気が付いた。


「そういえば、この魔導弓には暗黒龍の素材が使われてるって言ってたけど、その暗黒龍っていうのもお前達が倒したのか?」


「当たり前だろ。なんでそんな事を聞くんだよ?」


「龍退治なんて、国が数百人規模の討伐隊を組んでやるものだからさ」


 実際、俺も勇者達がたった数人で龍を退治する話など、絵空事だと信じて疑わなかった。今日の昼食の時までは……。


「数百人規模なんてできるわけねーだろ。ドラゴン・ザ・ドゥームで一度にコンテンツに参加できるプレイヤーは八人までだ。」


「じ……十人以下でドラゴン退治かよ!」


「いや、素材集めなら四人用の少人数コンテンツの方が早く稼げるから、むしろそっちで集めてた」


「もしかして、べべ王達とやってたの? 四人で竜退治を?!」


「ああ。あいつらと組んでやる時は、各自の役割分担と討伐手順が完璧だったから高速周回できたぜ」


 龍殺しの英雄の物語に憧れていたし、冒険者としてドラゴンスレイヤーの称号に憧れもあった。

 本物の龍殺しの英雄に出会えたなら、どんなに感激するだろうと思っていたが、こうも事もなげに言われると呆れるばかりで感動もへったくれもないもんだ。憧れていたこっちがバカバカしくなっちまう。


「さ、無駄話はこれくらいにして、稽古をはじめるぞ~!」


「押~忍!」


 こうして龍殺しの英雄との特訓が、今日もまた始まった。



         *      *      *



 歓迎の宴が始まったのはイザネとの稽古が終わり、段が俺に課したノルマ”一日百回は魔法を使う”をクリアした後の事だった。まぁ、実を言うと段は”一日五百回のノルマ”を考えていたのだが、流石にそれはまけて貰った。


「村長殿、この村の転移ゲートはどこにあるんじゃ? 先ほど拠点登録をしようと村中を探し回ったのに、どこにも見あたらなかったのじゃが?」


 大きな焚火をバックにべべ王が、広場へ俺達を案内するブライ村長に尋ねた。パチパチと音を立てて燃え盛る炎は、俺の右頬を赤く温め続けている。


「はて転移ゲートとは? そのようなもの聞いた事がないが?」


「この村にワープして移動するためのゲートだよ。いつでもすぐに、この村に移動できねーと不便じゃねーか」


 段が理不尽な不平を漏らす。

 転移の魔法の存在は知っているが、高位魔法を操れる技術と専用の施設が必要となる。転移の魔道具が密かに貴族間で出回っているとの噂もあるが、例え本当だったとしても一般人が使える値段に収まる訳もない。


「い、いえ、何と言われましょうと、そのような物はこの村にはありませんぞ。あなた方のいた世界では、転移の門が小さな村にまで設置されていたのですか?」


 ブライ村長が困惑した表情を浮かべる。今日だけで何度目だろう、ブライ村長のこの顔を見るのは。


「あった、というよりあって当たり前でしたよ。各拠点だけでなく、各地方にも散らばって設置されていましたから」


「しかし本当にゲートがないとすると、移動が不便になるよなぁ」


 不安げな声を順に漏らす東風さんとイザネを見て、村長は眉の端を少し下げつつ口の端を持ち上げた。


「この世界にはこの世界のやり方があるのです。最初は不便に感じるかもしれないが、慣れればどうって事はないと思いますよ。

 それは長年ここで暮らしている我々が保証します」


 四人の不安をかき消すような自信に満ちた表情で、ブライ村長はそう説いて聞かせた。

 だんだんと四人の扱い方を覚えてきたのだろう、自身の表情までも計算に含めた冷静な説得だった。

 村長は俺達を真ん中の席に座らせて広場に設置された小さな木製の台に登ると、集まった村人に対して話を始める。


「みんなも既に聞いていると思うが、我々の村に新しい住人が五人も増えた!

 異世界よりやって来た、冒険者達! そして、ゴータルートの街からこの村への移住を決めてくれた、若き冒険者のカイル君だ!

 異世界から来た者はこの世界にまだ不慣れであるようだが、このリラルルの村の者は、彼等をこの村の住人として、そして仲間として温かく迎えてくれるものと信じているぞっ!」


 村人達から歓声が上がり、俺のすぐ隣でも調子に乗ったべべ王と段も村人と一緒になって口笛を吹きならして歓声を上げている。


 村人達の歓声が静まるのを待って、ブライ村長は自分の家族を台の上に呼び寄せた。


「新しい仲間が村に早く馴染んでもらえるよう、これから村のみんなには新たな住人達に自己紹介をしてもらう! まずは俺からだ!

 俺はブライ! 今は村長なんて面倒な事もしているが、俺は農民だ!

 耕した畑と、畑から採れた野菜こそが俺の自慢だ! 美味くて新鮮な野菜が欲しいなら、俺のところに来いっ!」


 村人達が拍手を送る中、ブライ村長は妻を台の前の方に出るよう促した。


「ブライの妻のマーサよ。主人の畑の手伝いと、道具屋をしてるわ。

 なにか必要な物があったらわたしの店にいらしてね。ただ、あいにくポーションだけは、品質のいい物が手に入らないの。ごめんなさいね」


 マーサさんとは、村長宅の道具屋で既に何度か会っている。いかにも肝っ玉母ちゃんといった印象の、金髪のおばさんだ。


「俺はダニー。門番をしている。剣の腕には結構自信あるぜ!」


「どう考えても、あいつの剣の腕はへっぽこにしか見えないんだが……本当に強いのか?」


 ダニーの自己紹介を聞いて、イザネが眉をしかめながら俺にささやく。


「そりゃ、イザネに比べたら大抵の奴はへっぽこ剣士だろうさ」


 俺は稽古で筋肉痛になった腕をさすりながら答えた。

 これはイザネがまた余計な口を叩かないように言った事で、本心ではない。俺のような新米剣士でも、ダニーの剣の扱いが雑な事はくらいは分かるし、イザネの見立ては間違ってないだろう。


「俺はゲイル。

 狩りが得意なんだ! 今日だって、召喚勇者さん達のために蜂蜜を取ってきたんだぜ!」


 台の上で得意げに弓を構えてみせるゲイルを見て、手柄を譲った東風さんが苦笑いを浮かべる。


(あのガキ、ちゃっかりしてるな……。ちょうどカームが、あんな調子だったか)


 俺は、ゴータルートの街にいる弟達の事を思い出していた。


 自己紹介の終わった村長の家族が台を降り、鍛冶屋のゼペックの家族が代わりに台に上がった。


「鍛冶屋のゼペックだ!

 街にいた頃はコロシアムで拳闘の試合に出ていた。いいかぁお前等ぁ! この村で騒ぎを起こしたら俺が容赦なくぶん殴るからおとなしくしてろよぉ!」


(もう酔っぱらってるのかよ……)


 顔が真っ赤なゼペックが、こちらに向かって拳を振ってみせている。ただの鍛冶屋にしては血の気の多いおっさんだと思っていたが、元拳闘士と聞いて納得だ。


「拳闘か。俺様も一度やってみたかったんだよなぁ」


 段がゼペックの真似をして拳を振るう。

 強力過ぎて魔法を使う機会の限られる段は、いっそ素手で戦った方がいいのかもしれない。あいつの腕力なら、並みのモンスターなら殴り殺せるだろう。


「ゼペックの妻のセリナよ。

 あたしは夫の手伝いをしたり、マーガレットさんのお手伝いとか……そうそうバンカーさんを手伝ってお風呂の掃除したりしてるわね。

 ああもう、話す事考えてなかったらぐちゃぐちゃになっちゃった。あたし、こういうの苦手なのよ。

 クリス、早く代わって頂戴!」


 セリナさんはゼペックとはうって変わって、大人しそうな女性だった。大猿対策の会合でも見かけた紫がかった短髪の美人で、ゼペックとは真逆のイメージだ。


「ああ、ちょっと待ってよ母さん。

 あたしはクリスです。ダニーと一緒に門番を、村の門のとこでしてます。よろしく」


 セリナに押し出されるように前に立ったクリスが頭を下げ、ゼペックの一家は台を降りる。

 次に台に昇ったのは、大猿対策の会議の席で、怯えるバンカーさんの頭を叩いた肝の座った婆さんだった。


「あたしはマーガレットよ。

 家では沢山鶏を飼っているの。でも、あたしは一人暮らしだし、この歳になると鶏の世話も大変でね。時々手伝いにいらしてくれると助かるわ」


 白髪の老婆はそれだけ言うと、バンカーさんに助けてもらいながら台から降りる。


「俺はバンカー。

 寝転ぶウサリン停の主人だが、今は村の共同浴場の管理も任されている。

 できれば共同浴場を毎日使えるようにしといてやりたいんだが、管理するのが俺一人だから手が回らずそうもいかない。

 マーガレット婆さんじゃないが、こっちも人手不足なんだ。手の空いた時に手伝いに来てくれると助かる」


「あたしはララよ。

 バンカーの妻です。今は夫が忙しいから、宿はあたしが切り盛りしてるわ。もう知ってるとは思うけど、宿の一階でお食事も出せるから利用してね」


「メルルです。

 よろしくおねがいします」


 小さなメルルがぺこりと頭を下げて、村人の自己紹介が全て終わった。次は俺達の番だ。


 俺はブライ村長に促され、べべ王達と共に台に上がる。


「俺はカイルです。

 ギルドに登録したての、ハッキリ言ってまだ新米の冒険者ですがよろしくお願いします。クラスはマジックアーチャーです」


 軽く頭を下げて後ろに下がると、東風さんが俺に続いて村人の前に出た。


「東風と申します。

 忍者のジョブで、同じく冒険者を生業としております。異世界より来た身故、不慣れな点も多いかと思いますがお世話になります」


 東風さんが頭を下げると同時に、村人からヤジが飛ぶ。


「忍者ってなんだーっ! 聞いた事ないぞーっ!

 なんかやって見せろぉ!!」


(ゼペックの親父か……)


 ヤジの聞こえた方を見ると、案の定すっかり出来上がったゼペックが大声で喚いていた。


「はぁ……わかりました、それでは」


チュドォッ!


 腕を二振りすると東風さんの頭上に爆発が起こる。


(あれで、ハチを一網打尽にしたのか)


 火薬を撒いた動作も火をつけた動作も早すぎて分からなかったが、確かに火薬の臭いが辺りに立ち込めていた。

 村人達の拍手と驚きの声を聴きながら東風さんは丁寧に頭を下げ、台の後ろの方に下がった。


(次は段の番か……)


「俺様は大上=段という密教僧だ! 仲間からはジョーダンと呼ばれている! よろしく頼むぜ!」


「密教僧ってなんだー! なんかやってみせろー!」


(またゼペックのおっさんかよ!)


 俺はヤジが飛んだ方向を思わず睨んだ。


(こいつが本気で魔法を使ったらヤバいんだって! 下手に刺激しないでくれよ!)


 段は広場を見渡し、その端に転がっていた岩を指さす。


「あの岩をぶっ壊しても構わないか?」


 俺は慌てて段の袖を引っ張る。


「おい、大丈夫なのかよ! 周囲の人を巻き込むような事があったらシャレにならないぞ!」


「大丈夫だって! 範囲攻撃魔法じゃないし、周囲に燃えるような物もないんだ。岩の周辺さえ空けてれば、巻き込む心配なんてねーよ」


「あの岩は前から邪魔だったんだ。取り除いて貰えるのならありがたい」


 台の下からブライ村長が立ちあがって声を上げた。


「ほらみろ。村長の許可も出たんだから、これで問題なしだ!」


「どうやってあの岩を壊すつもりか知らないが、砕けた岩の破片が飛び散って周囲の人を傷つけるような事はないだろうな!」


 張り切る段に、俺は更に食い下がる。昨日だって、こいつの魔法のせいで危うく森が大火事になるところだったのだ、すぐに信用する訳にはいかない。


「えっ? あぁ、そういう事もあるのか? そいつは知らなかったが……」


「仕方ないのぅ」


 俺と段のやり取りを聞いていたべべ王は台の上から飛び降りると、村人達の中心へと駆けていく。


「ちょっと待っとれ」


 べべ王は腰に下げた小さな杖をなにかの記号を宙に描くかのように振り回し、それを頭上に高々と掲げる。すると、一瞬でべべ王の周囲は半球状の淡い光に覆われ、その中に全ての村人が収まっていた。


「でかしたジジイ! 『おん ばざら だらま きりく そわかぁ!』」


 驚き戸惑う村人をよそに段は呪文を唱え、勢いよく振り上げた杖を垂直に降ろす。


ゴロゴロゴロ! ズドオォォォォッ!


 それと同時に巨大な雷が降り注ぎ、大岩を粉々に砕く。岩の破片は風を引き裂く音と共に飛散し、べべ王の作った光の壁に次々と衝突してはパラパラと地面に落ちていった。

 岩の破片が全て地面に落ちるとべべ王は杖を下げて光の壁を消し、何事もなかったかのように台の上へと駆け戻って来る。が、それとは対照的に広場の村人達は大騒ぎになっていて、村長がそれを必死でなだめている。


「あああああ、あんな呪文つかって、よく怪我人が出ないと思ったな!」


 俺は自分でも呆れるほど動揺しながら段に食ってかかったが、こいつは今までにないくらい上機嫌だった。


「いいじゃねぇか、上手くいったんだしよ! この世界に来てから初めて全力で魔法を撃ててスッキリしたぜ!」


「あの、今のは……」


 村人達を静める事にようやく成功した村長が、汗だくの顔で台の上の俺達に問いかける。


「俺様が呪文を唱えて岩を壊して」


「わしが、巻き添えにならぬように結界をこさえたのじゃ」


 さも当然のように段とべべ王は言うが、そんな事で村長が収まる訳がない。


「今後は村の中では呪文は禁止という事でいいですかな?」


「えぇ~……」


 段は露骨に嫌そうな顔をするが、俺は段を押しのけて村長の前に出る。


「はいそうします! そうしますとも!

 ただ、回復魔法だけは使っても構いませんよね?」


「では攻撃用の魔法は使用禁止という事で。それいいですよね皆さん!」


 俺と村長は同時に段の方を見る。


「わかったよ」


 俺と村長の勢いと気迫に押されたのか、段は肩をすくめて大人しく引き下がり、べべ王はその光景を見てクスクスと笑っている。


「では自己紹介の続きをお願いします」


 村長に言われて、次はイザネが台の前に立つ。


「俺はイザネ。

 ルルタニアから来た冒険者の戦士だ。みんなよろしくな!」


 流石に今回はゼペックも大人しい。


「俺はなんかしなくていいのか?」


 パチパチと乾いた拍手が響く中、自己紹介を終えたイザネが俺に小声で話しかける。


「むしろ余計な事はしないでくれ、頼むから」


 イザネにそう言い含めて視線を元に戻すと、べべ王がもう台の前に進み出ていた。


「わしは、べべ王!!」


(ああ、またいつものパターンか……)


 今回はイザネに気を取られて引き留める間もなかった。


「お、王?!」


「王様なのあの人?」


 ざわつく村人を前にべべ王はいつものように胸を張る。


『王である!』


 うんざりした顔をする村長とバンカー夫妻とダニーとクリス。なぜか目を輝かせて喜ぶゲイルとメルル。

 あっけに取られる他の村人達。そしてそれを高らかに笑うべべ王と、一緒になってゲラゲラ笑う段。


(もう好きにしてくれ……)


 いい加減に嫌気が差した俺は、思わずさじを投げ棄てていた。

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