第16話 馬鹿が風邪をひいた話
※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330661939735275
「高い高ーい、か~ら~の~ 早い早ーい そしてぇ ぐるぐるぐる~」
「きゃはははは!」
洗濯を終えてみんなで村の共同浴場に向かう途中、イザネがメルルを肩車して全速力で走り、そのまま片足を上げてクルクル回る。
※ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330661939713435
(肩車したまま、よくあんなに動けるもんだ……しかもあんな恰好で……)
泥とスライムにまみれていた俺達の服は、全て洗濯し終えてバンカーさんの宿の二階に干してもらっている。そのため、俺達は大きめの毛布やタオルを借りて体に巻いているだけの恰好のままだ。
イザネだって胸と腰に布を巻いているだけのあられもない姿なのに、まるで気にする様子がない。
「おい、危ないぞ」
俺はたまらず注意した。
「なんだよ、この程度で俺が転ぶわけ……」
「違う! 腰の結び目が緩んでるから!」
実は胸の方も、揺れる度にタオルがズレそうで俺はヒヤヒヤしていた。
「あ、ほんとだ」
イザネはメルルを肩から降ろすと、結び目を直す。
それにしても、あんなに激しい動きをされたら普通の子は怖くて泣きだすと思うのだが、メルルは喜んで笑っていた。度胸のある子もいたものだ。
「ルルタニアじゃ、いくら暴れても解けた事なんかないんだけどな」
イザネが腰のタオルの位置を直しながらぼやく。
(そういえば段も、元いた世界では下着を脱ごうとしても脱ぐ事ができなかったと言っていたような。あれは本当の事だったのか?)
「ルルタニアっていうのは、ゆうし……冒険者さん達の故郷なのかい?」
ララさんが、興奮冷めやらぬ様子でスカートにしがみつくメルルちゃんをあやしながら尋ねる。
「ええ、その通りです。ルルタニアには大きな神殿を中心にした街がありましてね、そこで我々が誕生したんですよ」
ルルタニアの説明をする東風さんを、俺はその隣で気づかぬ内に見上げていた。というのも、今は殆ど裸の状態なのでよくわかるのだが、東風さんの体格が異常だったからだ。
腹だけは大きく突き出ているものの、それを除けば全身がごつい筋肉で覆われている。腹だけは俺の知るどの商人や貴族より肥えているのに、どういう鍛え方をすればあんな体つきになるのだろう。
「ルルタニアはいいぞぉ! 冒険を楽しめるクエストが山ほどあったんだ。できる事ならカイルもルルタニアに連れて行って鍛え直してやりたい程だ」
「おいおい冗談はよしてくれよ」
東風さんに気を取られている間に声をかけられ、思わず本音が漏れる。
段は本気で俺にルルタニアを見せたいらしいが、話を聞く限りそこは冒険以外の全てが希薄な世界だ。そんな訳の分からぬ世界に行くなど、俺には不安でしかない。生活様式がどこまで違うのかすら、想像がつかないのだから。
「ところで、風呂なんかにわしらは何をしに行くのじゃ?」
大きめの毛布を、片方の肩にひっかけるようにして体に巻き付けたべべ王が尋ねる。その口ぶりから察するに、ルルタニアにはちゃんとした風呂がなかったのだろうか?
「何って、体を洗うに決まってるじゃない。
ルルタニアでは、風呂に入ってなかったのかい?」
ララさんが驚いた様子でべべ王に尋ね返す。俺はもう慣れてしまったが、こいつらとの会話を傍から見たなら、どんなに奇妙に映ることだろう。
「汚れのエフェクトなんて、時間が経てば自動的に落ちてたからなぁ~~」
「風呂なんて、みんなで湯浴み着姿になって交流するだけの場所だったぜ。温泉とか、特別な効能のあるとこは一時的なバフも得る事ができたけどな」
イザネと段の話に、今度は俺まで眉をひそめてしまった。
湯浴み着のために風呂があるなんてトンチンカンな話は聞いた事もないし、温泉が健康に良いとは聞くが、バフ(彼等の言葉で、魔力やポーションによる一時的な強化という意味)がかかるなんて初耳だ。
「随分と変わった世界に住んでたんだね、あんた達」
ララさんは片手をほほに当て困惑の表情を浮かべている。
「パパー!」
共同浴場の前でバンカーさんが手を振っている姿を見て、メルルが駆け出す。メルルを両手で受け止める大柄なバンカーさんの姿は、夕日で赤く染まっていた。
「洗濯に随分時間がかかったじゃないかララ」
バンカーさんの言葉を聞いて、俺はべべ王達の方を横目で睨む。
(東風さん以外サボってたから、時間がかかったんだよなぁ……)
「ええ、洗濯物の量が多かったものだから……」
ララさんは苦笑いしながら俺達を庇ってくれている。申し訳ない。
「俺は裏に回ってるから、湯がぬるかったら声をかけてくれ」
そう言うとバンカーさんは、足にしがみついて甘えていたメルルにララさんの方に行くよう促し、薪の束を脇に抱えて共同浴場の裏へと姿を消した。
「みなさん、こっちよ」
ララさんは共同浴場のドアを開けてみんなを中へと招く。木造の建物の中は、外から見た印象とは違って、少し狭く感じた。とはいえ湿気は玄関まで漏れておらず、狭いながらもしっかりと作られているようだ。
(男風呂はこっちだな)
入ってすぐの二つのドアの印を確認した俺は、右の部屋へと向かう。
「あら、あなたはこっちよ」
ララさんの声に振り向くと、俺の後をついて行こうとしていたイザネの腕を掴んでララさんが引き留めている。
「え?」
キョトンとしているイザネを、ララさんがグイッと引っ張る。
「だから女の子はこっちなの。ほら、いらっしゃい」
ララさんに手を引かれたイザネは、メルルとともに左手のドアに消えていった。
(湯浴み着を使っていたらしいし、ルルタニアの風呂は混浴だったのだろうか? いや、混浴にしたって更衣室は男女別になってなければおかしいよなぁ)
俺はそこで一旦考えるのを止めて、男性用更衣室のドアを開ける。
部屋の中には衣服を入れるための籠が並べられており、身体を洗う小さなタオルと湯上り用の大きなタオルが人数分だけ並べられていた。バンカーさんが俺達のために用意しておいてくれたのだろう。
高級宿のようにガウンまでは用意されていないのは仕方がないが、着る物がタオルしかない現状では風呂から出た後は湯冷めしないよう、急いで家に向かわねばならないだろう。
最初にリラルルの村に来た時、俺はゴブリン退治が数日もかからず終わると思っていた。だから、わざわざ着替えまで用意する必要はないと考えていたのだが、今にして思えばそれが仇となっている。
俺は腰に巻いていた大きなタオルを籠に畳んで入れると、浴室に向かおうとしたのだが……。
「なんで裸になってるんですか、カイルさん?!」
後ろから東風さんがやけに不安げな声をすっとんきょうに上げる。いや、むしろそれを聞いて不安を覚えたのは、俺の方なのだが。
「なんでって? 風呂に入るんだから裸になるのは当たり前でしょ?」
返事をして振り返ると東風さんが赤くなってパニクっていた。
「湯浴み着はないんですか?
というか、私達が今着ているのが湯浴み着ですよね? なんで脱いじゃうんですか?」
「いや、混浴じゃないから湯浴み着なんて必要ないし、タオルを巻いたままだと湯舟が汚れちゃいますよ」
どうやら東風さんは裸になるのが、相当恥ずかしかったようだ。が、それとは対照的に段とべべ王にはまるで躊躇がない。
「そうか、裸でいいのか!」
「たしかに湯浴み着よりこっちの、方が気分がええのぅ!」
段は勢いよく籠に腰に巻いてたタオルを放り、べべ王は腰を振って……ええっと、その、イチモツをペチペチ鳴らしている。
「おら! 恥ずかしがってないで東風も脱げよ!」
「ちょっと、ジョーダンさん! まだ心の準備がっ!」
段がタオルを強引に剥ぎ取ると、東風さんは股間を手で押さえ益々赤くなってモジモジしている。貧相な男性ならば、裸になるのを極端に嫌がる人も多い。が、東風さんのように立派な体格の男が、ここまで恥ずかしがるのは少々珍しい。むしろ俺の方が恥ずかしいくらいだ。
一般人よりはよっぽど鍛えているつもりだったが、段はもちろんべべ王も鎧の下は筋骨隆々で、俺の身体とは比べるべくもなかった。まぁ、あの重そうな鎧を普段から着こなしているのだから、べべ王も凄まじい腕力なのだろうと予想してはいたのだが。
「おっおい……裸で入るのかよ! 湯浴み着はないのかっ!」
女湯の方からは、イザネの悲鳴も聞こえてくる。
(あいつ、普段はあんな際どい恰好してても平気なのに、裸になるのは恥ずかしいのかよ……)
俺は東風さんを弄ってはしゃぐべべ王と段を置いて、浴室へと向かった。東風さんには悪いが、無理にべべ王を止めようとしても、火に油を注ぐがごとくかえってエスカレートしそうな予感がしていたからだった。
* * *
「いやー、気持ちいいですね。これはルルタニアの風呂では味わえませんでしたよ」
やっと素っ裸に開き直れた東風さんが、湯船につかりながら誰に言うとでもなく呟く。村の共同風呂の浴槽は広く造られていて、東風さんでも湯に浸かれるサイズがあって助かった。べべ王も段も、今はおとなしく湯船につかって気持ちよさげに目をトロンとさせ、天井の木目を見上げている。
さっき浴槽ではしゃごうとする二人を見た時はどうなる事かと焦ったが、なんとか説得が間に合い、湯を台無しにされずに済んだ。もし手遅れだったなら、今頃はバンカーさんに土下座をしていたことだろう。
もっとも、東風さんが浴槽につかった時に大量の湯があふれてしまったのはどうしようもなかった。不可抗力ではあるが、バンカーさんに一言くらいは詫びなければなるまい。
湯に体の芯から温められ、イザネとの稽古でこさえた筋肉痛が心地よくジワリと引いていく。俺は浴室の木の壁に背をもたれ、更にゆったりと疲れを取ろうとした。
「……イザネちゃんって柔らかいのね」
もたれた壁の向こうからララさんの声が聞こえる。そういえば、もたれた壁は女湯側だった。
こういう場合、壁に穴が空いている事を期待する助平も少なくないらしいが、そんな穴があれば悪用される前に塞がれているのが常だ。とはいえ、せめて声だけでもと耳をそばだててしまうのは、男の性というものか。
「ほんとだ、イザネおねーちゃんぷよぷよしてて面白ーい。あ!! ここも柔らかーい」
(これはメルルちゃんの声)
一体壁の向こうで何をやっているのだろう? 思わず俺は、想像力をいろいろな方面に働かせてしまっていたのだが……。
「筋肉は柔らかい方がよく動くんだよ。固い筋肉は単純な力は出せたとしても、動きまで固くなっちまうんだ。
ただでさえ武術というやつは、日常では考えられないような緻密な動きをしなければならないからな。柔らかくて、きめ細かい筋肉が必要になるって訳さ」
「メルルもイザネおねーちゃんみたいに柔らかくなれる?」
「鍛え方次第かなー……」
(なんだ、筋肉の話かよ……)
すっかり興味を失って壁のあちら側に向けていた注意を男湯に戻すと、べべ王が俺を……いや俺の股間を覗き込んでいた。
「おーい、カイルがチンチンをでっかくしておるぞぉ!」
(ちょっ……待っ!)
俺は慌てて股間を隠そうとしたが、べべ王に手を押さえられて妨害されてしまった。 最悪だ……。
「本当だ! どうやったんですカイルさん?」
「俺様達にもやり方を教えろよ!」
「こやつ今、チンチンを隠そうとしておったぞ。何をコソコソしておるんじゃ?」
「いや、教えろと言われたって……」
裸になるのも初めてならば、勃起なんぞ知らなくて当然だろう。それは分かる。
だが、なんの準備もなしに”やり方を教えろ”だって?! それじゃあ、今ここで勃起した理由から教えなきゃならないじゃないかっ!
(無理だ! 嫌だ! 無茶だ! やめろっ! やめてくれぇーーっ!)
俺は咄嗟に逃げようとしたが、既に段とべべ王に肩を押さえつけられていた。
「なーに逃げようとしてんだよ、カイル!」
「ますます怪しいのぉ」
「なんでもないから! 本当にっ!
コラッ! チンチン掴もうとするんじゃねぇっ! しつこいな! もーっ!」
俺とべべ王と段が浴槽で揉み合っている音が、女湯まで聞こえたのだろう。
「ちょっとあんた達! そっちでなにしてるの?!」
ララさんの怒声が男湯まで響き、俺達は正気に戻る。
気付けば俺とべべ王と段のせいで浴槽から殆どの湯がこぼれ、風呂が台無しになってしまっていた。あとでバンカーさんに本格的に謝罪しなければなるまい……
* * *
新しい我が家の戸を開けると、部屋に積もっていた埃はすっかり払われ、姿を消していた。村の人達が約束通り掃除をしておいてくれたようだ。
バンカーさんが湯冷めしないように用意してくれた毛布を羽織ったまま、俺はベットの布団に包まる。もう外はすっかり暗くなっている。
(疲れたな、今日はもうこのまま寝ちまおう)
俺はそう思ったのだが、残る四人がいっこうに家に入ってくる気配がない……
ゴト……
屋根の上から何やら物音が聞こえる。
(あいつ等、まさか!)
慌てて外に出て屋根を見上げると、そこには毛布を脱ぎ捨てタオル一丁で星空を眺める四人の姿があった。
「なにやってんだよお前等!」
今まさに湯冷めを楽しんでいる狂人四人組に向かって、俺は怒鳴った。
「星を眺めてるんだよ。涼しくて気持ちいいぞー!」
「カイルさんも一緒に如何ですか?」
イザネと東風さんから返ってきた能天気な声に、俺は思わず眉間を押さえた。奴等が湯冷めを気にしてる様子は100%ない。
「湯冷めするから止めろって言ってんだよ、それを!」
「湯冷めってなんじゃ?」
(またこのパターンかよ!)
べべ王のその言葉に、正直俺はちょっとイラっとしていた。
「風呂入った後に体を冷やすと風邪をひくんだよ!」
「その風邪ってなんだ?」
(おいおい、”ルルタニアには病気がなかった”とか流石に言い出さないよな?)
そう思いたいところだったが、段の言葉を素直に受け取るのなら、そう解釈できてしまうのだから始末に悪い。
「病気だよ! 病気! 湯冷めすると風邪になるの!
まさか病気を知らないなんて言わないよな?!」
「バカにしてんのかよ?
俺達は不治の病に侵されたエルフの少女を百年に一度しか咲かない伝説の花を探して治した事もあれば、病で衰弱した男を助けるために龍の霊力を手に入れに行った事もあるんだぜ」
(まてまてまて! その話は、ぶっ飛び過ぎてないかイザネ!)
「そういえば、そんなクエストがありましたね。
でも、我々自身が病気になった事はないんですよね。毒の胞子が吹き出る森に入った時も、胞子で特殊な状態異常にはなりましたが、村のNPC達のように病気になる事もありませんでしたし」
「その胞子だって、アイテムで対策すれば状態異常も防げたしな」
「懐かしい話じゃのぉ、イザネ。
あの森のクエストは胞子対策が面倒だったから、多少の状態異常は気にせずクリアしてしまうのがセオリーじゃったな」
話を聞く限り、どうやらこいつらは、よほど病気に強い体質らしい。
「あー、もうわかったから、ほどほどにしとけよ」
俺はそれだけ言うと家の中へと引き上げる。このまま話に付き合ってたら、夜風に当たってこっちが風邪をひきそうだ。
それにしても柱が太い家でよかった。普通の家だったら東風さんが屋根の上に乗っただけで只では済まなかったかもしれない。
「バカは風邪ひかないっていうしな……」
俺はそう呟き、その夜は一人で布団に潜り込んだ。
* * *
(やっぱ、バカでも風邪をひくんだな……)
ベットに横たわる四人を眺めて、俺は心の中で呟く。
「ゲホッ……お前が話してた風邪って病気はこれかよ? で、どうやったらこれ治るんだ?
なにか特別な薬草とかいるのか?」
「寝てろ」
上体起こそうとしたイザネを引き留め、もう一度寝かせてやる。こんな状態で、どこに薬草を摘みに行こうというのだろう。
「でもよぉ、こうして寝てたって治らないだろ? 何もせずに病気を治すクエストの進行フラグが立つ訳がねーんだからよぉ。
伝説の薬草でも龍の霊力でもいいから、なんか探して来ようぜ」
「だから、寝てりゃ治るんだよジョーダン!」
「あの、トイレも我慢して寝てなくちゃダメなんですか?」
「トイレの時くらいは起きても大丈夫ですよ東風さん。なるべく病気を治すために体力を集中できるよう、寝ている必要があるんです」
「ララさんもすまんのぅ、看病までしてもらって」
「いえいえ、このくらい気にしなくていいのよお爺ちゃん。
あとで消化にいいスープを作って持ってきますからね」
昨日からララさんには、いろいろと助けてもらってばかりで頭が上がらない。
(それにしても、一緒に風呂に入った親子が無事なのに、異世界からやってきた召喚者が風邪で全滅してるって、かなり情けない構図ではなかろうか)
俺がそんな事を考えているとドアがノックされ、今度はバンカーさんがドアから顔を覗かせた。
「まさか、四人とも風邪にかかっちゃったのかい?」
家の中を見回して、バンカーさんは呆れたように声をあげる。
「四人とも湯冷めの事を知らなかったみたいで、ちゃんと注意はしたんですが……」
なんか俺が監督不行き届きで四人に風邪を引かせたみたいな言い方になってしまったが、決して俺のせいじゃないよなこの状況は。
「まいったな。
ブライ村長が用があるみたいなんだ、カイル君だけでも行ってきてくれないか」
「わかりました、ここはお願いしてもよろしいですか?」
「いいわよ任せといて」
俺はバンカーさんとララさんにこの場を預け、村長の家へと向かった。
* * *
「まさか四人とも風邪で動けぬとは……」
俺の話を聞いてブライ村長が頭を抱える。俺も同じ気分だ。
「実は、また大猿が現れたのだ。
早速、召喚ゆ……冒険者殿に退治を依頼しようと思ったのだが……、こんな事になるのなら気軽にスライム退治など頼まなければよかった」
「もしかして、以前の大猿がよく吠えて縄張りを主張してたのって……」
「そうだ。今にして思えば他の大猿が近くにいるのを知っていて、自分の縄張りを主張し近づけさせないよう警戒しておったという訳だ。
モンスターの生息地が年々広がっているのは知っていたが、まさかこんな近くにあんな化け物が何匹も来ていたとは」
一刻も早く退治して欲しかったのだろう。額にしわを貯めて眉を下げる村長から、その落胆ぶりが見て取れてしまう。
(再び村の人達が大猿に怯えだせば、今度こそ村がどうなるかしれないってことか……)
冒険者としての責任を自覚すると共に、肩がズシリと重くなる。
デニムのパーティにいた時は”デニムに任せておけばいい”と気楽に構えていたが、今は違う。あの四人の手綱を握っているのは、間違いなくこの俺なのだ。
「ともかく、風邪が治り次第大猿退治に向かうよう四人に伝えておいておくれ」
ため息交じりに肩を落とす村長に見送られ、俺は家路へと着いた。
* * *
俺が家に帰るとララさんとバンカーさんの姿は既になかった。おそらく病人用のスープを作るため、一度”寝転ぶウサリン亭”へ戻ったのだろう。
(メルルちゃんの朝食もあるだろうしな……)
俺はすぐに村長の依頼を伝えたが、それに対する四人の回答は意外なものだった。
「そういう事なら、おまえが退治しにいけばいいじゃねーか」
「おいおい本気で言ってるのかよ、ジョーダン!」
(また無茶をいいやがって!)
俺は、段の事を一笑に伏せてやるつもりだったが……。
「大丈夫ですよ。今のあなたなら一人でもいけますよ」
「この世界のスライムのような特殊な能力を持つ敵なら注意も必要じゃろうが、話を聞く限りあの猿にはそれもなさそうじゃしのう。
問題はなかろう」
なぜか東風さんもべべ王も、段と同意見だ。
(本気で言っているのか?! あのデニムをズタズタにした大猿を、俺一人で倒せと? 本気で言っているのかこいつ等は?!)
俺は救いを求めるようとイザネの方を見た。稽古を直接つけてくれているイザネなら、俺の今の実力をよく知っている。だから、こんな無茶な話を止めない訳がないと信じていた。
「あの程度のモンスターなら今のおまえでも楽勝だろ。実際にあれと戦った俺が言うんだ、間違いないぜ」
(っ!!)
どういうつもりか知らないが、イザネまで俺に太鼓判を押してしまう。
(本気かよっ! みんなで俺を殺す気かぁっ!)
俺は、目の前が真っ暗になるような感覚を味わう。しかし、それも一瞬の事だった。
(……いや、待てよ。確かにみんなの言うように、不可能な事ではないのかもしれない!)
そうだ、忘れていた。今の俺には、イザネの作った魔導弓とべべ王が作った防御の指輪がある事を。
(けど、本当にいけるのか? この魔導弓と指輪の力を借りれば、俺でもあの大猿を倒せるのか?!)
魔導弓の威力は既に試している。あのデタラメな破壊力ならば、恐らく俺でも大猿を仕留める事ができるだろう。
問題は指輪の防御力だ。
(こんな小さな指輪の魔力で、あの大猿の怪力をどれほど防げるというんだ?)
今回はぶっつけ本番、それも我が身でその効果を確かめねばならない。そう考えた途端、津波のように不安が押し寄せ冷や汗がにじむ。しかし……、しかしだ……。
(……確実に勝てる相手としか戦わないというのなら、それは冒険者とは呼ばない!)
そう、勇気なくして冒険などできる訳がない。そして俺が目指している冒険者とは、危険を恐れてさっさと逃げ出すような臆病者ではない!
「しょうがねーな。じゃ、俺が行ってくるよ」
迷っている俺に痺れを切らせたのか、イザネが額の濡タオルをどかしてベットから体を起こそうとする。
「いいよ!」
俺はそう言いながら、魔導弓の入ったカバンを掴んだ。
「信じていいんだよな、これ」
各種防御の指輪をハメた手を、俺はべべ王に向かって差し出してみせる。
「あったり前じゃ。誰が作ったと思っとる」
その心底不満げな髭面を見て、俺は最後の迷いを断ち切った。
「わかった、行ってくるよ」
俺はそう告げると、水筒と冒険用の道具袋を身に着け、指輪をした手に手袋を被せた。
(ララさんのとこに行って、朝食だけお願いしてから村を出よう)
「しっかりクエストをクリアして、経験値を独り占めにしてこいよカイル!」
病人に似合わぬ段の大声を背に受けながら、俺はできたばかりの我が家を後にしていた。
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