第1話 旅立ち
先日、僕が夢中でプレイしていたネットゲーム「ドラゴン・ザ・ドゥーム」がサービス終了を迎えた。
モニターの中央に写る「ただ今の時間をもちましてドラゴン・ザ・ドゥームのサービスを終了しました」のメッセージ。
自在にその中を駆けまわる事ができた剣と魔法の世界は、もうピクリとも動かす事はできない。ほんの数分前、最後の暗黒龍討伐クエストにみんなで行った事すら遥か遠い過去のものだ。
タンクのベベさんがドラゴンの炎を防ぎ、その後ろでジョーダンが魔法を連発し、戦士のイザネと忍者の東風くんは部位破壊を順に敢行する。4人で苦労して考え、そして報酬目当てで幾度も繰り返したこの攻略ルーチンも、もはや二度と日の目を見ない。
よくあるラノベの展開だとここで異世界召喚が起こり、僕がゲームの中に入っていったりという事が起こるのであろうが、現実にそんな奇妙な事が起こる筈もなく残されたのは喪失感のみであった。
(今夜一緒にサービス終了の瞬間を迎えた仲間達も、きっと同じ気持ちだろうな)
手に持ったゲーム機のコントローラを置いて、僕はそんな事をボーっと考えていた。
時間はまだ余っているが、今夜はもう別のゲームをやる気にもなれない。僕は今日、慣れ親しんできた楽しい楽しい冒険に溢れた世界を失った。ただそれだけが現実だ。
しかし、ふと考えてしまう。
我々は異世界に行けずとも、このゲームの中に僕等が作ったアバター達……我々と共に冒険してきたアバター達の内の幾人かは、もしかしたら異世界に行ってまだ冒険の続きをしているのではないか……、と。
当然ありえぬ事だと分かっている。
彼等は1と0の組み合わせで出来たハードディスク内の磁気信号に過ぎない。そんな希薄な存在が異世界に召喚されるなど、我々以上にありえぬ事だ。
そう、ありえぬ事なのだが、それでも僕は彼らがまだ冒険を続けている事を望んでいる。
無情にもブラックアウトしていく目の前のモニターは、そんな夢想をする僕を容赦なく現実へと連れ戻していった……
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
「勇者の召喚は成功したのかラーグ」
スーツに身を固めた初老の男の声が石壁に囲まれた広いホールに響く。このホールには窓すらないが、四方の壁に大量に備え付けられたマジックトーチ(魔法の明かり)に煌々と照らされ、真昼の様な明るさだ。けれど、その場に漂うジメッとした空気は、そこが日の届かぬ地下の空間である事を強く主張している。
「はい、成功いたしました。……ただ問題が一つ」
ホールの中心にある魔法陣に向かい祈りを捧げていた召喚士ラーグは後ろを振り返り、スーツの男に笑顔を向けた。
「んん?」
マジックトーチに照らされた男の表情が不愉快そうに歪み、ラーグと共にに祈りを捧げていた弟子達はにわかにざわめきだす。
男の訝しげな瞳は一直線に空の魔法陣を捕らえている。召喚の儀式が成功したのなら、勇者達がその魔法陣の中心に立っていなければおかしいのだ。
ラーグはそんなスーツの男の顔色を伺いつつ、尚も言葉を続ける。
「……召喚する座標が大幅にズレてしまいました。
ですが、お喜びください!
この度私が召喚した者は、今までの召喚者よりも強大な力を持ち……」
が、そう早口でまくし立てるラーグの言葉を男は遮る。
「無能なバカならまだ救いがあるが、有能なバカは手に負えぬな!
ラーグよ貴様がした事がわかっているのか?」
その声にラーグは怯えて竦み、彼の弟子達は硬直する。
「どこに召喚したかもわからんのでは、敵勢力が先に接触するやもしれぬではないか!
そうでなくとも召喚者がこの世界に慣れぬうちに我々の思想を叩きこまねば、我らの手先として使うには不便でならんのは貴様も知っておろう!」
「お言葉ですがボイルド様、おおよその召喚場所は多少時間はかかりますが調べる事が可能でございます」
ラーグは弁明するが、ボイルドの怒りは収まらない。
「当たり前だっ!
すぐにでも行方不明になった貴様の召喚者の捜索隊を編成するとしよう。
ズレた召喚地点に関しては貴様がいなくとも、貴様の弟子に調べさせれば事足りるな」
ボイルドは後ろに控えていた護衛の兵士達に声をかける。
「ラーグを処刑しろ。
今までの功績を配慮し、苦痛を長引かせるのはなしとしよう。
即刻殺せ!」
ボイルドの後ろから剣で武装した男達が金属音を響かせながら魔法陣へと向かい、それと共にラーグの悲鳴がホールに響き渡った。
「グラムよ、捜索に当たる召喚勇者共を直ちに補充してくれ。
今は召喚者の空きがないのだ。
できるな?!」
ボイルドは兵士達と共に控えていた老召喚士に、続けて声をかける。
「はっ。
では人数はどういたしましょう?
場合によっては見つけ次第始末せねばなりません。
ラーグめの召喚者が手練れというのが本当であれば、人数を多めに召喚する必要がございますが……」
ボイルドは魔法陣に取り残され途方に暮れるラーグの弟子達の方に視線を向けた。
処刑場に引っ立てられていくラーグ本人には最早一瞥もない。
「何人だ?ラーグは何人召喚したのだ?」
「4人でございます。
それから、彼等と一緒に彼等が居た建物までもこの世界に呼んでしまいましたので……」
弟子の一人の返答にボイルドは舌打ちで応じる。
「それが召喚場所が狂った原因か……
ヘボ召喚士めが!」
グラムが白い顎髭を撫でながらゆっくりと口を開く
「ならば捜索には6名用意いたしましょう」
「ああ、そうだな。
ラーグの召喚者捜索に6名・ラーグの召喚勇者にさせる予定だった仕事のために新たに4名召喚をしてくれ。
まったく不足した召喚者を補充させる筈がとんだ手間だ」
不愉快そうなボイルドの声が、冷たい石畳の敷き詰められたホールで響き渡った。
* * *
「カイルさんですね。
年齢は18才、クラスはマジックアーチャーですか。珍しいクラスですね。
……はい、これで冒険者登録終了です。」
冒険者ギルドの窓口の女性が羊皮紙の登録書に目を通しながら俺を見る。
マジックアーチャーとはかつての召喚勇者がこの世界に作ったクラスで、魔導弓と呼ばれる弓状の魔道具にて魔法の矢を放つ冒険者クラスである。炎や雷の矢を敵に放つ事もできるし、仲間に対して回復や援護効果のある魔法の矢を放つ事もできる攻守で活躍できる魔法職た。器用貧乏にもなりがちなのだが、魔法職のエリートクラスである事には変わりない。
俺は胸を張って、自身が冒険者である事を示す金属製のプレートを首から下げた。
幼い頃に聞いた物語の英雄に憧れ冒険者を目指し、魔力という己の武器を今日まで必死で磨いてきたのだ。魔法職は人数が少ないというし、新人とはいえ好待遇で冒険者パーティに入れるだろう。
…………あれ?
「あの~、お姉さん。それで終わりですか?
新人の冒険者に対してパーティの斡旋とかはないんですか?」
「はあ?」
俺の質問に受付のお姉さんは呆けた顔で返す。
もしかして、なんか変な事を言ってしまったのだろうか?
飾り職の組合では、それが普通の事なのだけれど……。
「甘ったれたガキもいたもんだな。
パーティってのはな、冒険者同士で勝手に組むもんだ。
そんな事までギルドに世話してもらえるわけがねーだろ」
振り返るとニヤニヤ笑いながら冒険者の大男が俺に近づいてきた。
ギルド一階に併設された酒場で昼間から飲んでいたのだろう。男の息から安酒の臭いが漂ってきて、俺は思わず顔をしかめる。
「ちょうど魔法が使える奴が欲しかったんだ。俺のパーティに入れてやろうか?」
「えっと、他のパーティも見て入るとこを選びたいので……」
逃げようとする俺の肩を大男の手が掴む。
まずい、絶対に逃がさないつもりだ!
大男の怪力は、俺の肩にその太い指を食い込ませんばかりの勢いだった。
「おいおい、新人の冒険者がパーティ選べる程この業界は甘くはないぜ。誘って貰えるだけありがたいと思わなきゃ駄目だ。
パーティを選べるのは、ある程度実績を積んだ冒険者になってから。そうだろ、マリー?」
「え……ええ、ええそうですね。一般的には……」
俺は助けを求めようと受付に向かって視線を送ったが、マリーさんは困ったように顔を背ける。
「そうだよなぁ。
って事だからよ、悪い事はいわねえから俺のパーティに来なよ。
ただ、お前は新米だから分け前は少なくなっちまうがそれだけは勘弁してくれよ。新人冒険者はみーんなそうなんだしよ」
うわっ、これってかなりヤバいパーティだ!
なんとか断らなくっちゃ……でも、こいつ強引そうだしどうやって?
「いい加減にしろよチコ。困ってるじゃねーか」
声に反応して振り返ると一人の冒険者の男が立っていた。
緑髪のこの男はベテランなのだろう。剣を携えた姿がやけに様になっている。だがそんな事よりも、男の強いパーマが掛かった緑髪はまるで巨大なブロッコリーのようで、ギルドの中でひときわ目立ち、異彩を放っていた。
それにしても、”チコ”っていうのはこの大男の名前か?
似合わねー。
俺は思わず吹き出しそうになってしまった。
「俺はチコリーノだ!
略してよぶんじゃねぇっ!」
似たようなもんじゃねーか……と俺が思った瞬間、チコの隙をついて誰かが俺の腕を勢いよく引いた。
俺の体は油断したチコの手から離れてバランスを崩してよろめく。
「災難だったね、君」
気付くとレンジャーらしき女冒険者が足が、ふらついて倒れそうな俺を支えていた。
※挿絵
https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330649236886403
俺は慌てて足を踏ん張り女冒険者から離れる。
……俺の腕を引いたのは、間違いなくこの人なんだよな……
俺より背の低い女性だ。隙をついたとはいえ、あの大男のチコから俺を助け出したのがこの女性だとはにわかには信じられなかった。プロの女冒険者は見た目で判断してはいけないという事なのだろう。この人には女性とは思えぬ程の腕力がある。
わわっ!
まじまじと女性を見る俺の目を、彼女が逆に覗き返して来た。
「あ、あありがとうございます!」
慌ててお礼を言ったが、ちょっとドモってしまった。かっこ悪い……
その時、とっさに俺を取り返そうと伸ばしたチコの腕をブロッコリー頭の冒険者が掴んで止めた。
「まーた、新人からピンハネしようと思っていたんだろ?
いい加減にしとけよ、おまえは後輩から嫌われ過ぎだ」
「新人から教育料を取るのはこの業界の常識だ!
だいたいまだロクな仕事もできない未熟者が、俺達と同じ報酬を貰えると思っているのがおかしいんだよ!現実の厳しさを教えるのも先輩の役割ってもんだ!!」
ドスの利いた声でチコはまくし立てたが、ブロッコリーは全く動じない。
「なら、チコのパーティに入りたいかどうか、本人に聞いてみようぜ」
ブロッコリー頭がチコの腕を離してこちらへと振り返り、まとっていた金属パーツで補強を加えた皮鎧がガチャンと小さな音を立てた。
「俺はデニム。
君の名前は?」
「カイルです。」
デニムと名乗った男の問われ、俺は答える。
そうだよ、もともとこういうかっこいい戦士に憧れて冒険者になる事を決めたんだ俺は。あのブロッコリーみたいな天然パーマはどうかと思うけど顔も整っているし、装備が妙に古ぼけている以外は気になるところはない。
先ほどからの行動をみても頼ってもよさそうな人だ。
「では、カイル君。
君はチコのパーティに入りたいのかい?」
「いいえ」
何も考えず条件反射的に答えてから、俺はハッとしてチコの方を見る。
ああ……やっぱ凄い顔でこっち睨んでるよあいつ……おっかねぇ。
「という訳だ。
チコリーノさんにはお引き取りを願おう。」
「ケッ」
チコはふて腐れてギルド左手奥の酒場の方に戻るとドカッと椅子に座り、テーブルの上にあったコップの中の飲み物を口に流しいれた。十中八九、中身は酒だろう。
この建物の二階は冒険者の宿になっており、一階には冒険者ギルドの受付だけでなく食堂を兼ねた酒場もある。
酒場にはチコの外にも、彼の仲間と思しき人物が数名ほどテーブルに着いていたが、彼等が俺に興味を示す様子も見受けられない。
よかった……ともかく、チコに安い金でこき使われる事はこれでなくなった訳だ。
助けてくれた二人にお礼を言おうとしたが、チコがまだこっちを睨んでるのを気にして俺はとまどってしまう。
「ねーねー、カイル君。
良かったらあたし達とパーティ組まない?」
チコの目を気にしてまごまごしていると、さっき俺の腕を引いてチコから助けてくれた女レンジャーが歩み寄ってきた。
いや、レンジャーではなく本業はシーフだろうか?ツインテールに結わえた金髪が特徴的だが幼い印象は受けないし、さほど似合ってもいない。歳はデニムと同様に20前後ってとこだろう。
「おいルル!俺の邪魔をしたのは、そいつを横取りするためかよ!
汚ねーぞテメー!」
俺が彼女に返事をする前にチコが椅子から立ち上がって遠くから怒鳴る。
(うるせぇよ、黙って座ってろよピンハネ野郎が……。)
心の中で毒づくのは簡単だが、それを言葉にするどころか態度にも示せない自分が情けなかった。
「は?今カイル君はフリーなんだしパーティに誘っても問題ないでしょ!
それに、あたし達はあんたみたいに強引な勧誘してないし、ピンハネもしないしね。」
ルルの反撃にチコの顔はますます険しくなるが、何も言い返さずに座り直して酒を煽る。おそらくルルと口喧嘩しても勝てる自信がないのだろう。
芝居では勇者のパーティにはおしとやかな女僧侶や魔法使いの女冒険者が混ざっているのが定番だが、現実にはルルみたいなタイプの女冒険者が大半と考えるのが自然だろう。
チコみたいなガラの悪い冒険者の相手をする必要もあるのだから。
「で、どうかな?
あたし達のパーティに入る?」
ルルさんが再びこっちに振り返り尋ねる
よく見ると胸が結構あるなこの人。
そういえば、さっき腕を引かれてよろめいた時に暖かいものが頬に当たったような気がしたが……もしかして最近の芝居なんかで流行のラッキースケベってやつなのか?
芝居では主人公がその度に大げさに騒いだりしていたが、実際に自分で経験してみると状況が状況だっただけに必死過ぎて楽しんでいる暇などないものだ。
あ、余計な事考えてないでさっさと返事をしなければ。
「はい、俺でよければ喜んで」
「じゃあ決まりだな。
カイル、よろしく頼むよ」
デニムさんが俺の肩ポンと叩いて微笑んだ。
「実を言うとね、この近くにあるリラルルって村からゴブリン退治を頼まれててね。
デニムと二人だとちょっとキツイかなって思ってたとこなのよ」
「強い変異種がいない小さな群れのようだから今の君でも俺達と一緒なら問題ないだろう。
討伐が遅れると変異種や大きな群れを呼び寄せかねないのですぐにでも出発したいんだが、いいかな?」
ゴブリンは邪悪な小鬼だ。
身体能力は強くなく、時には子供にさえ負ける程に弱いがその活動は信じられない程に邪悪であり、群れが大きくなればなるほど手に負えなくなる。変異種ともなれば熟練の冒険者でも手を焼く程に強いが、変異種のいない小さな群れであるなら、初心者の冒険者のパーティでも容易に相手にする事が可能だ。
「そうですね、群れが大きくなると討伐が大変になると聞きますし、すぐに出発する事に 俺も賛成です。」
急な話ではあるが、初心者冒険者が受けられる依頼など限られている。今の俺の力を試すには二度とはない絶好の機会だ。これを逃す手はない。
「いい判断だ。君は冒険者に向いているよ。
リラルルまではここから馬車で半日ちょっとの道程だから今から急いで出発すれば夕方には着ける。
作戦や細かい打ち合わせは馬車で移動しながらするとして……え~っと……
馬車のレンタル料と食費なんかはどんくらいいるかなルル?」
デニムはルルの方に顔を傾けてウィンクする。
「え~またぁ?
そういう面倒な事は、いっつもあたし任せなんだからぁ~」
言葉とは裏腹にルルさんは楽しそうにデニムさんに駆け寄り二人で予算の相談を始める。正直、冒険にかかる費用の事などまるで考えていなかった俺は、とても話についていけない。
仕方なく俺は傍で二人の話に耳を傾け、その会話から得られる知識を頭に入れる事に集中していた。
「ぉぃ」
気が付くと、いつの間にかすぐ後ろにチコが立っていた。デニムとルルは話に夢中になっていてチコが近づいた事には気づいていないようだ。
チコは大きな体を小さくかがめて俺の耳元で話しはじめた。
「あいつらと俺はこないだまで同じパーティだったんだがよ、デニムは女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしちまったクズリーダーだ。
悪い事は言わねぇ、とっととあいつらのパーティから抜けて俺のとこへ来な。今ならおまえの分け前を少しは考えてやってもいいぜ」
それだけ言うと、チコは自分の席に静かに戻っていった。
……女絡みの揉め事だって?
そういえば、デニムさんとルルさんの話す時の距離が近すぎるような?もしかして、この二人デキてるの?
いや、デキてるに違いない!だってデニムさんの腕にルルさん抱き着いてるし……絶対に当たってるよね胸が……。え?なに?俺ってこれからの冒険中ずっとこんな調子でバカップルのじゃれ合いを見せつけられるの?
きっつ~~~……
「ごめんごめん、話し合いにちょっと夢中になり過ぎたよ。」
しばらくたってからデニムが笑いながらこちらに振り返り、俺は無理に笑ってそれに答える。無理をし過ぎて笑いが少し引きつっていたかもしれないが……。
「いえ大丈夫です。」
そうは言ってはみたものの、実は全然大丈夫じゃない。
たって、あんたが夢中になっていたのは冒険のための話し合いではなく、ルルさんとのイチャイチャだったでしょーが……
途中から予算とは全然違う話してたよなあんたら。
ほんの少しの時間で俺の中のデニムに対する評価は既に底辺近くにまで急落していた。
「じゃあ、馬車借りてくるから食料の買い出しよろしくね。」
ルルさんは手を振ってギルドを一足先に出ていき、俺はデニムと共に市場へ向かう。
(はぁ、一人でいる時はまともだけど、ルルさんと一緒だと途端にバカップル化するんだよな、この人……)
一緒に街の市場をまわってみて良く分かったのだが買い物の手際も要領もいいし、街での評判もいい。デニムが優秀な冒険者である事がよくわかるだけにバカップルの片割れである事が残念すぎる。
「すいません。
デニムさんにばかり払わせてしまって……」
金のない俺は食料も冒険に必要な道具も買う事ができず、その殆どをデニムさんに支払ってもらっていた。
「なに、構わないさ。新人冒険者が貧乏なのはよく知っているからね。
けどさ、それにしたってカイルはちょっと極端だぜ。冒険に必要なのは武器や防具だけじゃないんだ。それ以外の必需品も買うために金は余らせとくものだよ。」
デニムが口にした事は訓練所でも教えられていた事だ。にも関わらず自分が冒険者としての常識から目を逸らしていた事を思い知らされ赤面する。
「すいません。
魔導弓の値段が思ったより高くついてしまって、お金が殆ど余らなかったんです。
マジックアーチャーが自体が稀ですので、魔導弓を作ってくれる鍛冶屋が限られているんですよ。」
「そうか、そういう事なら仕方ないな。
武器を持たずに冒険に出るわけにもいかないもんな。」
俺の言い訳にデニムは爽やかに笑って答える。
「でも、これからは気を付けてくれよ。
ちゃんと武装以外にも十分に金を掛けられるだけの報酬はまわしてやるからさ。」
ギルドの前に戻ると、ルルさんが小さな馬車と共に待っていた。
「遅いぞデニデニ~」
ルルさんの一言によって俺は一瞬で緊張の糸を切られ、腰くだけになっていた。
デニデニってなんだよ……なんなんだよもぅ……
冒険が始まる前から、俺は妙な疲労感に包まれていた。
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