第2話 引き際


そう思うのは私だけではなかった。ゴミ捨てに行っばったりあった佐川春夫が放火の話をしてきた。

「うちも誰か燃やしてくれないかなあ。」

「燃やしてほしいね。」

 なんて、冗談を言いながら話をする。そんなこんなで、ここの住人は笑っている。こんな状況でも笑える相手がいるっていうのは幸せかもしれない。ここで、最後の一人になるのは嫌だなあ。なんだかババ抜きみたいだ。不幸が住人同士の一体感を生んでいるのだ。

「夢のマイホームを買うために、働いてきたっていうとかっこいいけれど、結局、騙されてきたんだろうね。」

 佐川春夫がため息交じりに言うと私たちは笑いあった。

 そこに、田中早苗がやってきた。

「斎藤さんのところ、燃えちゃってねえ。東京にいる娘のゆきちゃんの所に保険金がたくさん入って、そのお金でお孫さん、海外の大学に留学するみたいよ。今はね、優秀な子は日本を出て海外で働く時代なんですって。うちもね、息子が東京に行っちゃって、孫にもなかなか会えなくて寂しいけど、海外に行っちゃったらねえ、さびしくて気絶しちゃうかも。ほほほほ。葉山さんちは、ずっと家にいるから、そういう意味では、寂しさとかはなくていいわね。」

 私は、この女が嫌いだ。


同じ福地ニュータウンという不幸の中でも、ヒエラルキーがあって、その評価価値が伴侶であったり、子供であったり、孫であったり、病気であったり、本当にうんざりなんだ。まあ、負け犬の遠吠えってやつか。

 住んだ時期は同じでも、30年後はこうも違うとは思わなかった。しかし、落ちていく人生の中で思い込むことにした。神様が決めたことだから仕方がない。そして、その中でも幸せなことがあると思い込もうとしている。結局、みーんな、最後に行き着く場所は死だ。天国も地獄もあるかわからない。このニュータウンから1時間ほど車を走らせた所に、子孫たちが守ることのなかった墓石を捨てる廃棄場がある。一時は信仰の対象として崇められても、所詮、物は物なのだ。結局さあ、どんどん小さくなっていく日本でいらない物は増えていくわけだ。自分も物に縛られないで生きたい。自分の身体が自由に動くうちに。

 私の母は86歳で死んだ。60歳から脳の進行性の病気に侵された。脊髄小脳萎縮症。26年間は病気と一緒だった。15年間は、認知症が進行してめちゃくちゃだった。最後の3年間は、脚の関節が完全に右側に折れ曲がって固くなって、寝返りも自分では打てないから、褥瘡(じょくそう)って言ってさあ尻に穴がボコって空いてる状態で、尿と尻が腐った匂いで、近づくのも億劫になるほどだった。妻の明江が本当によくみてくれた。家で見られなくなると、病院で胃瘻(いろう)を作って、入院になった。食事は、胃瘻から流し込まれた。母の身体は「引き際を考えろよ。」と言っているようだった。

 一つ、救いだったのが脊髄小脳萎縮症が特定疾患だったから医療費がかからなかったこと。これは、良かった。ただ、母親と過ごしながら、自分もこうなるかもしれないという思いは常にあった。だから、自分が明江をみる方でよかった。明江の世話にならずにすんでよかったと思う。これは、私の持論だが、病気の家族のために健康な者が人生を無駄にするのは間違っていると思う。現代医療を受ければ、病気になってからが長いのだ。病気になったら、死を受け入れることも必要だと思っている。だから、家族という形も小さくしていきたい。一人息子の高明には、私の介護ではなく自分の人生を歩んでもらいたいと思う。

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家を壊す @sakura-pompom

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