第15話 ダンジョン攻略開始④:「ネクロの鬼、悪魔、人でなし、ケダモノ、変態!!」」
――ミミズを口に咥えろ。
突然の言葉を上手く呑み込めないのか、
「だからダンジョンワームを噛むんだ! この戦いで俺たちの使役魔獣にも少しずつ損耗が出ている。だから少しでも補充しないといけない!」
「ちょ、え、え、えええ!?」
ぶちゅり、と。
狼のゾンビがミミズを食いちぎった音が聞こえてくる。
間が悪いことだ。
狼ゾンビの口元からは、妙に粘っこい謎の汁がぼたぼたとこぼれていた。
「あ、え、あれを、口に突っ込むの……? あ、あれを! 口に! 突っ込むの!?」
「……あんなに食いちぎらなくていいよ。そっと咥えるだけで」
「そういう問題じゃなああい!!」
叫びながらもめめめんは側のミミズを殴り飛ばした。壁に勢いよくぶつかったそれは、ばちゅ、と嫌な音を立ててから地面に落ちた。げんなりする光景である。
だが状況が状況である。
味方の魔物がまた一匹、ミミズの大群に飲み込まれて押しつぶされる。万全を期すなら、やはり味方の補充が必要だ。状況次第だが、このままではいずれ戦線が崩壊してしまうかもしれない。
「わがまま言うな! いいな、ミミズを噛め!」
「!?!?!? ひゃああ! ひうぅぅ!
「え?」
ああああっ、と叫び声。
そのまま身震いして頬を上気させる彼女は、妙に息を荒げて震えている。様子がおかしい。何がどうなっているのか分からないが、彼女は
一体どうしたのだろう。俺の声に何かあるのだろうか。
考える間もなく、彼女は鋭く言葉を発した。
「あ”あ”あ”、う、うう”ーっ! せ、責任!」
「え、え?」
「責任!! 取るんだろうなぁああ!?!?」
絶叫。魂の限りの叫びのような力強さであった。鬼気迫るとはこのことである。
責任とは何か。
とにかく状況が呑み込めない。だが答えは決まり切っている。
「責任は取るよ」
「一生!! 一生だぞ!! 一生、責任取らせるからなぁあ”あ”!!」
やけに凄みのある声だった。
迫るミミズたちの大群を傍目に、俺は真剣に頷いた。
「……分かった、一生責任を取る」
「!! しょ、証拠!! 証拠として、映像撮るからぁああ!! あ”あ”あ”あ”!!」
映像? と一瞬呆けてしまったが、彼女の言葉は迫真の力が籠っている。無下にするのも気が引ける。
責任は取る。映像は撮る。なんだかよく分からないが大事なことなのだ。
「あ”あ”っ! う、ふうぅ……!」
(そうだよ、彼女はVtuberだものな。映像は大事だよな)
「う”う”ーっ! ん、く……っ!」
幸い、戦闘は味方の魔物が主に捌いている。俺とめめめんの役割は、中央から味方の魔物に指示を出すことだ。少しだけなら指示なしでも持ちこたえられる。
合間を縫って撮影することは造作もない。
震えながら口をゆっくり開けるめめめん。
目に半分影がかかっている彼女を、俺はきちんと
荒い息で、目に涙をたっぷり浮かべながら、ミミズを鷲掴みにしてはくはくと口をわななかせる彼女を。
「んっ……」と短く悲鳴を上げてミミズにかぶりつく彼女を。
怖気立って肩をびくんと震わせる彼女を。
そして――俺に気が付いて「!?!?!?」と言葉にならない絶叫を上げる彼女を。
「ちょ、ちょ、ちょっと!! ちょっとおお!! え、え、えええ!?」
「! やったな! やったじゃないか、メイラ! ほら、きちんとゾンビ化してるぞ! これで味方の補充を――」
「そうじゃない!! そうじゃないでしょ!! 何!? 何なの!? 何でこんな映像を撮ってるの!?」
いやあ、とぼろぼろ涙を流すめめめん。そのままうわごとのように「このド鬼畜ド変態……!」とか「マジで一生責任取らせてやる……!」とか「こんなめめめんを撮影して何が楽しいの、もうまじでやばい……!」とか「もう駄目、めめめん滅茶苦茶にされちゃうんだ……!」とかあわあわしている。映像云々は彼女が言い出したことなのに。
それにしても何だろう。ちょっと可愛い。
そんなに絶望した表情をされると、ちょっと心がざわつくというべきか。
地面にへたり込んだまま、顔を真っ赤にして、涙目で見上げてくる姿を見ていると、ちょっと何というか。
「……。ほら次だ! これを咥えろ! まだまだ補充しないといけない!」
「ちょ!? 待って、ん”ぐっ、ん”ん”ーーっ!?」
■カンザキ・ネクロ
【探索者ランク】
D級探索者
【ジョブクラス】
《一般人Lv9→11》《死霊使いLv1》
【通常スキル】
「棍棒術3」「強靭な胃袋1」
○魂魄消費数(50→60):
使役魔獣(26)
- ケンタウロス型スケルトン(2) × 15匹 → 12匹
- オルトロス型ゾンビ(2) × 2匹 → 1匹
- 人型ゾンビ(1) × 0匹
刻印魔術(1)
- 力/Uruz(1) × 1つ
※()は魂魄数上限および消費魂魄数。
■メイノミヤ・メイラ
【探索者ランク】
D級探索者
【ジョブクラス】
《一般人Lv8→10》《屍鬼姫Lv1》
【通常スキル】
「体術2」「歌唱1」「舞踊1」「演奏2」
「裁縫1」「筋力強化1」「熱源感知1」「刻印魔術1」
○魂魄消費数(45→55)
使役魔獣(24→52)
- 人型ゾンビ(1) × 17匹 → 8匹
- 獣型ゾンビ(1) × 7匹 → 3匹
- ワーム型ゾンビ(1) × 41匹
魔道具(1)
- ナックルダスター(1) × 1つ
刻印魔術(1)
- 力/Uruz(1) × 1つ
※()は魂魄数上限および消費魂魄数。
――目の前にあった危機は去った。
何百匹というワームの大群を相手に、俺たちは真っ向から立ち向かい、これを撃破した。
味方の損耗は激しかったが、それでも得られた戦果は大きい。
まず一つ目。ワームの大群から魔石を大量に稼ぐことができた。
それも十個や二十個といった量ではない。何百という単位の大量の魔石を得られたのだ。もちろんその殆どは、配下の魔物たちの強化に消えていったが、それでもまだ唸るほど魔石は残っている。
二つ目。ワーム型ゾンビの配下が多数増えた。
暗闇に強く、地面にも潜れて、そしてゆっくりではあるが様々なものを溶かすことができる。そんなワームたちが大量に味方になったおかげで、できることが大幅に増えた。
単純な数の増減で見れば、戦闘前よりも戦闘後の方が味方の魔物数は多くなっている。いずれもめめめんの使役魔獣であるが、後でめめめんから拝借して、俺も是非とも使いこなしたいところであった。
三つ目。《魂魄の位階》が大きく上昇した。
たった二人で魔物を大量に狩ったおかげか、俺もめめめんも信じられないぐらい《魂魄の位階》が成長している。俺は《一般人Lv11》でめめめんは《一般人Lv10》。成長しすぎて笑えるほどだ。
この一回の戦闘で、俗に言われている"レベル10の壁"とやらを二人して軽々乗り越えてしまった。もちろん身体能力は上昇したし、魂魄の力も以前よりもっと多く使いこなせるようになった。
そして四つ目。使役魔獣たちが大幅に強化された。
これは魔石を大量に与えていた影響であろう。何個の魔石を与えたかもう忘れてしまったが、一部の魔物はとうとう存在進化を引き起こしたのだ。
すなわち、魔石の過剰摂取により、体表の色が赤変したのである。
ケンタウロス型スケルトン:ライオット。
オルトロス型ゾンビ:ライオット。
存在進化には複数の位階がある。
知られている範囲では、ライオット指定、サージェント指定、キャプテン指定、ジェネラル指定、キング指定、レジェンド指定――とあるが、確か赤色は指定種:ライオットであったはず。
当然、存在進化した魔物は遥かに強くなる。
今回存在進化を遂げたのは、ケンタウロス型スケルトンが二匹、オルトロス型ゾンビが一匹。これで味方の戦力は、前よりもはるか大幅に強化された。
魔石の荒稼ぎ、ワーム型ゾンビの獲得、《魂魄の位階》の上昇、使役魔獣の存在進化。
どれか一つとっても信じられないほど大きな戦果だが、それが四つも転がり込んできたことになる。気分は最高である。探索者であれば、これだけの成果を前にして笑わずにはいられないだろう。
……そう、笑わずにはいられないはず、なのだが。
「うううー!! ネクロの鬼、悪魔、人でなし、ケダモノ、変態!!」
喜んでいないものがこの場に一人いた。
顔を真っ赤にして、怒り心頭とばかりに憤慨しためめめんは、そのまま感情を剝き出しにして詰め寄ってきた。
先ほどから何度も口元を拭っているところを見るに、未だにミミズの感触が消えないのだろう。あるいは粘液が残っているか。
「すまん、正直50匹はやりすぎた」
「めめめんの感情、もう滅茶苦茶なんだから!! 一生だから!! 本当に一生責任取らせるからね!!」
(……もしかして俺、とんでもないことをしているのか?)
考える。
彼女に大声で詰られながらも、俺はぼんやりと噛み合わないものを感じていた。
一生責任を取らせる、という言い回し。これが何度も出ており、まるで付き合っている恋人みたいな感じを醸し出されている。
だが、もちろんそんなの全然心当たりがない。どうしてこうなったのだろうか。
そもそも彼女もメンヘラアイドルとか自称しているし、相当やばい女ではある。もしかしたらメンヘラ少女の思考回路では、すでに恋人関係が成立しているかもしれない。
だが今までのやり取りの中で、彼女に惚れられてしまうような出来事があっただろうか。
己の中で振り返ってみるも、答えは出てこなかった。
(え、でもさ、そんなに嫌なら俺の命令に従う理由もないよな? 何で俺の命令を聞き入れちゃっているんだ?)
俺が抱いている違和感をあえて言語化するのであれば。
今までの状況を整理すると、
流石にそんなことはないと信じているのだが、面と向かってそんなことを聞けるはずもない。
顔を赤くして、うううー! と唸っているめめめんをよそに、俺は「まあいいや」と気楽に構えることにした。
一生責任を取る。それもありかもしれない。
何だか今日の彼女を見ていると、それもまた
――――――
書いてて最高に楽しかった回です!!
めめめんは実際のところ相当なメンヘラ……って描写をしたいのに、ネクロ君が強烈すぎて全部木っ端みじんになるやつ。
(一生責任を取るという台詞を録画しようとするの、結構"重い"と思いません? ネクロ君がそれを上回る天然無自覚クソ鬼畜野郎なだけで)
そろそろカクヨムコン開催から一週間弱が経過する頃合いです! ここまでお読みいただきありがとうございました!
もし面白いと思いましたら、★評価 & 作品フォローを押していただいて応援していただけると大変嬉しいです! これからもコンテスト頑張ってまいります!
引き続きどうぞ、本作品をよろしくお願いします。
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