47話 この時がずっと……

「――上手く、歩けない」

「大丈夫か?」


 一応心配はしてみるが、笑いながら言うからそこまで深刻ではないのだろう。

 ビルから一緒に出てきたこころは、俺の腕を抱きながらそう言った。


「大丈夫。ちょっと違和感は残るけどちゃんと歩ける」

「ならよかった。……にしても、流石にちょっとしすぎたな。ごめんな」


 気づけば空は赤く染まり始め、約三時間程をこのビルで過ごしていた。

 途中で休憩は何度か挟んだものの……結局最後は我慢が効かずに連続でしてしまった。

 退出時間もギリギリになってしまったし、こころが上手く歩けないのもそれが原因だろう。


「ううん、気持ちよかったよ。いっぱい留衣に好きだって伝えられたし、伝えてもらったし」

「そう言ってもらえるとありがたい」

「今日は、もうこのまま帰るの?」


 俺に訊ねてくるこころの表情は切なげで、それはまるで「まだ一緒にいたい」と言いたそうな顔だった。

 だから、そんな彼女に俺は笑って見せる。


「いや、最後に行きたい場所があるんだ」

「本当に? どこどこ?」

「それはまだ秘密。少し遠いから、タクシーを捕まえて行こう」

「うんっ」


 まだ一緒にいられることを知ったこころは、分かりやすく表情を明るくして頷いた。



         ◆



 本当はあれで終わりでもよかったのだろうが、流石に少し味気ない。

 付き合って初めてのデートということもあって、最後に思い出をつくろうとこころを連れてやってきたのは、街全体を見渡せる小さな丘だった。


「わぁ……綺麗……」


 暗がりに映っているたくさんの光が、今まさに街を照らそうとしている。

 空は青い部分と赤い部分が雲によってグラデーションになっていて、思わず写真を撮ってしまいそうなほどに絶景だった。


「タイミングが良かったな。今じゃないと、きっとこの景色は見られないぞ」

「本当に? だったら、もっと目に焼き付けておかないと」


 俺を見たこころは、再び眼下に広がる美しい世界に見入る。

 その姿を、俺は隣で眺めていた。


 少し肌寒い風が、こころの長い銀髪を優しく揺らしている。

 胸に手を当てて景色を眺める彼女は、何故か城のバルコニーから城下町を眺める異国のプリンセスを彷彿とさせた。

 あまりにも魅力的で、その姿に吸い寄せられてしまう。


 そのまま俺は、こころを後ろから優しく抱き留めた。


「なぁ、こころ」

「ん?」

「今日は、楽しかったか?」

「楽しかったよ、とっても。私が生きてきた中で、一番幸せな時間だった」

「……そうか」


 彼女が幸せだと言ってくれた。

 それだけで、言いようもない喜びが胸の内から溢れ出してくる。


「留衣は、楽しかった?」

「楽しかったに決まってる。こころと一緒にいられて、こころがたくさん笑ってくれて……こころに、好きだって伝えられて」

「最後のはどういう意味?」

「知らん。というか、これは元々こころが言い出したことだからな」

「あー、聞こえないー」


 そんなバカみたいなやり取りをして、お互いに笑い合う。


 結局、このくらいの会話が俺たちには一番あっているのだ。

 意味もない、暗い雰囲気もない、お互いをよく分かっているからこそ、意地の悪い言葉を投げかけ合う会話。


 それが一番楽しくて、幸せ。

「好き」の気持ちが、たくさん溢れ出してくる。

 それをどうしようも出来ないのが、唯一の不満だった。


「ねぇ、留衣。私もぎゅーしたい」

「ん」


 抱きつきを緩めると、こころは腕の中で振り返って俺と向き合う。

 俺の背中に腕を回して、「ぎゅー」と言いながら俺を強く抱擁した。

 それに応えるように、俺も彼女を抱き締める。


「……好き」

「俺も」

「大好き」

「俺も、大好き」


 はたから見れば今の俺たちは、見るに堪えないバカップルなのだろう。

 でも幸い、この空間に他の人間はいない。

 だから思い切り二人の空間をつくることができた。


 この時がずっと続けばいいのに……。


 そう思うが、時間の流れは俺たちを待ってくれない。

 不意に暗くなったかと思えば、太陽はその体を地平線の中へと隠してしまった。


「……帰るか」

「うん」


 そう言いつつも、これを最後にと俺たちはキスを交わすのだった。



         ◆



 暗くなってきたからか、大通りは人の行き交いが午前中よりも少ない。

 俺とこころは帰りの電車に乗るため、駅を目指して歩いていた。


 帰路を辿る間も、俺たちは他愛もない雑談で盛り上がる。

 その空間には笑顔が咲いていて、このまま終わってしまうと考えたら寂しさに包まれてしまいそうになった。

 だから俺はその寂しさから必死に目をそらし、こころと会話を交わす。

 また会うことも出来るのにどうしてこんなにも寂しい気持ちになってしまうのかは、よく分からない。



 だが今思えば、寂しくなってしまったのは必然だったのだろう。





































 歩行者用の信号は青。

 車道の信号は赤。


 だというのに、横から物凄いエンジン音が聞こえてくるとともに一台のトラックが突っ込んでくる。



「こころっ!!」



 様々な人がそのトラックに呑み込まれていく。

 周りで、誰かの叫ぶ声が聞こえてくる。

 そんな中、俺は必死の思いでこころを抱き締め、トラックに背を向けた。


 そこから先は……何も覚えていない。


 こころは守れたのだろうか。

 こころを生かすことは出来たのだろうか。


 俺は……死んだのだろうか。



 ……どうして、だよ。

 なんで、こころから幸せを奪うんだよ。


 お前らは、こころを愛していたんじゃなかったのかよ。

 こころの幸せを、心から願っていたんじゃなかったのかよ。



 お前らは……こころの幸せを、奪いたかったのかよ――






























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