46話 夜這いの先へ

 ――カフェを出てからというもの、こころはずっと不機嫌だった。

 俺の腕を抱き締めてはいるが眉根は寄せているし、隣から聞こえてくるうめき声は止まらない。


「どうしたんだ?」

「……分かってるくせに」

「分からないよ。ちゃんと言ってくれないと」


 そう言ったが、ある程度は予想できる。

 きっと食事中のキスがきっかけで不貞腐れているのだろう。

 だが、分かるのはそれだけだ。

 こころがどうして不貞腐れているのかも分からないし、どうしたら機嫌を直してくれるかも分からない。

 だから、こころに聞くしかなかった。


 俺の言葉にこころは「えー?」と不満を漏らすが、そのあと小さな声でぼそりと呟いた。


「……あれだけじゃ、足りない」

「えっ?」

「あれだけじゃ足りないから……もっと、したい」


 甘ったるい声でおねだりされるものだから、心臓が急に高鳴り出して止まらない。

 そんな声を出した当の本人は瞳をとろんとさせて、とてもではないが歩き回れる状況ではなさそうだった。


「なら今日はもう帰るか?」

「いや、帰りたくない」

「でも帰らないと、続き出来ないぞ?」


 家以外では基本的には出来ない。

 俺がカフェでしたキスだって、下手をすれば店員から注意されるくらいの行動だ。

 幸いにも注意はされなかったが……これ以上公共の場でしてはいけない。


 正直に言えば俺ももっとしたいが、これより先は家じゃないと出来ない。

 だから俺はそう言ったのだが、こころは再び眉をひそめると、「ちょっとこっち来て」と俺を引っ張る。


「ちょ、どこに連れてくんだよ」

「いいから黙ってて」


 俺はこころに連れられて、大通りから外れた寂れた民家の建ち並ぶ小さな路地を歩いていく。


 こんなところに連れてきて、こころは一体何をするつもりなんだ?

 ここに何かあるのだろうか?


 彼女の突飛な行動に疑問符を浮かべていると、やがて一際目立つビルが見えてくる。

 それと同時に、こころの腕を抱く力が強まった。


 こころは、あのビルを目指しているのだろうか。


「もしかして……あれか?」


 聞いてみるが、こころは黙ったまま頷くことすらしない。

 顔を強張らせて、先程の熱から冷めたように緊張した様だった。


 俺の予想は合っていたらしく、こころはビルの前で立ち止まる。

 ビルの壁には時間やら金額やらが書かれた電子表示があった。


「ここって……」


 俺の頭の中に一つの単語が浮かび上がってくる。

 さっきの話の流れから、俺たちはこのビルに辿り着いた。

 ということは、つまり……。


「ねぇ、留衣」

「な、なんだ?」

「私は、留衣が好き。大好き。その言葉じゃ言い表せないくらいに好きなの。だから、言葉じゃない、別の方法で留衣に好きだって伝えたい。……ダメ、かな」

「こころ……」


 俺とこころが考えていることは、多分同じだ。

 本当は昼から行く場所をあらかじめ考えていたのだが、こころがしたいならそれを否定するつもりはない。

 それに……俺もしたかった。


「行こう」

「あっ、うん」


 俺はこころを連れて、自動ドアの向こう側へ進んでいく。

 中へ入ると人はおらず、代わりにタッチパネルが並んでいた。


「どの部屋がいい?」

「どこでも、いいよ」


 こころの返答を聞いた俺は、適当に部屋を選んでタッチパネルを操作していく。

 その様子を物珍しそうに眺めるこころの視線が気になってしょうがない。

 操作し終えると、俺たちは選んだ部屋へと向かった。


 どうやらここは部屋に精算機がついているらしく、一度入ったらそこで精算するまでドアが施錠される仕組みらしい。

 俺たちは互いに未成年のため、人目を気にせずに過ごせるのはありがたかった。


 エレベーターに乗り、擦り減った赤い絨毯の上を歩いて、誰にも鉢合わせることなく部屋に辿り着く。

 ドアを開けて中に入ると、そこには廊下にあったような怪しく光る照明が部屋を照らしていた。


 ここで、するのか……。

 覚悟はしていたが、いざとなってまた心臓が酷く高鳴る。

 だがそれと同時に、不安な気持ちも強まっていった。


「ここ、来たことあるのか?」

「えっ?」

「いや、道案内もスムーズだったし。まるで初めて来たような様子じゃなかったからさ」


 とりあえずベッドに腰をかけながら、俺は隣に座るこころに話しかける。

 他人を退けていたこころに限ってそんなことはありえないと自分に言い聞かせていたが、どうにも不安な気持ちが収まらなかった。


「来たことはないよ! ただ、ここらへんを通った時にたまたま見かけて……留衣とするなら、ここがいいなって思っただけ」

「本当に? 他の誰かと来たわけでもなく?」

「違う。私は留衣以外でここに来られる人なんかいないし……そもそもあんなこと、留衣以外の人とはしたくないよ」

「なら、いいけど……」


 こころに諭されたあとでも、まだ不安な気持ちは続いている。

 そんな俺を見かねてか、こころは俺にそっとキスをした。


「っ――」

「ねぇ……しよ? 私と、いいこと」

「……なんか、聞いたことある台詞だな」

「あのときは拒まれちゃったけど、今拒むのは許さないから」


 そう言って、こころは笑みくずれる。

 その笑みに安心を感じた俺は、ベッドにこころを押し倒した。

 そのまま強引に唇を奪う。


 求めるようについばんで、舌を絡ませて――息を吸うために離れれば、二人の口を名残惜しそうに糸が繋いだ。


「……留衣、もっと」

「っ――」


 甘く煮詰まったような声でおねだりされてからは、もう止められなかった。

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