33話 久しぶりの遊園地

「久しぶりだな」

「あぁ、そうだな」


 正門をくぐり抜けた俺は、隣にいるこころに声をかける。


 ――遊園地。

 俺たちの物語が始まった場所……って言い方は少々痛いかもしれないが、そう言っても何ら差し支えのない場所だ。

 あの日ここに来なければこころが一人暮らしをすることもなかったし、俺がこころを異性として意識することもきっとなかった。

 下手すればここまでこころと関わることもなかっただろう。


 隣に視線を向ければ、こころが瞳に不安の色を滲ませていた。

 だから俺は、彼女の手を握る力を強める。


「大丈夫、きっと向き合えるよ」

「……うん」


 俺を見上げたこころは、口元に弧を描きながら頷いた。


「さぁ、今日は向き合うことも大事だけど楽しむことも大事だからな。じゃないと、体育祭の疲れを労うことが出来なくなっちまう」

「だったら、まずはジェットコースターに乗りたいっ」

「ジェ、ジェットコースター……?」


 無邪気に目をキラキラとさせるこころに反するように、俺は苦笑いを浮かべてしまう。

 ジェットコースターに限らず、絶叫系の乗り物は幼い頃から苦手である俺。

 こころの家族と一緒に来たあの日もなんやかんやで無理矢理ジェットコースターに乗せられ、泣き叫んでいた記憶が脳に鮮明に刻まれている。


「そういえば、留衣はジェットコースター苦手だったな」

「あ、あぁ。だから、乗るならもう少し穏やかな乗り物をだな……」


 言いかけた瞬間、こころの表情が急に暗くなった。


「そう、だよな。留衣が乗れないんじゃ、諦めるしかないよな。一人で乗っても楽しくないし。でも、せっかく久々に遊園地来たんだから、ジェットコースター乗りたかったなぁ……」


 そうしてあからさまに大きなため息をつくこころ。


 あの日もこうして同情を誘ってきた。

 まだ幼く心も純粋だった俺はこころの演技に負けてしまったが、今の俺はあの日とは違う。

 こころの気持ちも分からんでもないが、ここは無心で無視を貫き通す……。


 ちらっと俺を覗いたこころは、再び口を動かし始めた。


「私、ジェットコースターに乗れないと体育祭の疲れを労えないなぁ……」


 無視、無視……。


「もし留衣と一緒にジェットコースターに乗れたら、あの日のこととも向き合えると思うのに……」

「っだぁー!!」


 早くも我慢の限界が来てしまった。

 というか、その話題を持ってくるのは流石に反則だろ!?


「分かったよ! 乗ればいいんだろ乗れば!」

「おっ、さすが留衣。チョロいな」

「もう絶っ対に乗らない」

「ご、ごめん、私が悪かった。お願いだから一緒に乗ってくれよ、チョロ留衣」

「本気で乗ってやらないぞ!?」


 そんな御託を披露しながら、俺は結局こころのジェットコースターに付き合わされる羽目になった。


 本当、どうして俺ってこんなにもチョロいのだろう。



         ◆



「いやー楽しかったな、留衣」

「し、死ぬかと思った……」


 ピンピンしているこころと、死にかけの俺。

 あの日みたいに泣き叫びはしなかったが、軽くチビりそうなくらいには怖かった。

 尚、実際にチビってはいない。


 よく頑張った、俺。


「今日は泣かなかったな。流石にあの日から成長もしてるか」

「当たり前だろ。俺ももう高校生だ、こんなことで泣いてたら男が廃る」

「私は留衣の泣き顔を期待してたんだけどなぁ」

「んなもん期待するな! 俺の泣き顔を見て楽しんでんじゃねぇ!」


 全く……絶叫系の乗り物に乗った回数はそんなに差がないはずなのに、どうしてこんなにも絶叫系の耐性に差があるのだろう。


 ……だが、耐性の差で勝っているのはこころだけじゃない。

 実はこころには耐性が全くなく、俺には耐性のあるアトラクションがこの遊園地に一つだけあるのだ。


 あの日はこころが嫌がって行けなかったが、今日は無理矢理にでも連れて行く。

 ここで勝てなければ、他の分野で勝つまで。

 さぁ、復讐の時間といこう。


「なぁ、こころ」

「なんだ?」

「今度はお化け屋敷に行ってみないか?」

「…………」


 あっ、こころが固まった。


「お、おばけやしき……?」


 あっ動いた。


 声を震わせながら確認してくるこころに、俺は無慈悲にもコクリと頷く。


「さっきはお前に付き合ってやったんだ。今度は俺に付き合ってくれるよな?」

「……私を殺す気か」


 もの凄い形相で睨みつけてくるこころ。

 普通の人なら恐怖で震え上がるだろうが、俺には何の効き目もなかった。


「んな大袈裟な。本物のお化けが出てくるわけじゃないんだから、心霊スポットに行くよりまだマシだろ?」

「お、脅かしのプロを舐めるなよ? あいつらは本物のお化けと錯覚するほどに怖いんだ。平気で気配を消してくるし、中にはショック死で殺そうとしてくる奴もいる」

「そうなのか。で、お化け屋敷に入った回数は?」

「……ない」

「だったらさっきの力説は何だったんだよ」


 というか、そんな殺意を持った遊園地のスタッフはいねぇよ。


「ほ、本当に行くのか? 最悪、死に兼ねないんだぞ?」

「はいはい、そんなことないからさっさと行くぞ」

「だ、誰か助けて……」


 助けをうも誰も来ず、俺は青ざめた顔のこころを引っ張ってお化け屋敷へと向かう。


 普段は誰をも寄せ付けないオーラを醸しているこころだが、こうしてお化けを怖がっている辺り中身は普通の女の子なんだなと実感させられる。

 どれだけ自分を偽ろうとも、自分そのものを変えることは出来ないということだ。


 本当、可愛いよなぁ。


 こころの女々しさにより一層惹かれたような気がした俺なのであった。

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