32話 いつもと違う待ち合わせ

「……ふぅ」


 息を大きく吸って、吐き出す。

 何故こんなにも緊張するのだろう。

 たかが待ち合わせ場所である噴水公園で、こころを待っているだけなのに。


 意識するだけで、こんなにも緊張するものなのだろうか。

 好きって、こういうことなのか?

 深呼吸したがやはりどうにも落ち着かず、俺はジーンズのポケットからスマホを取り出し現在の時刻を確認する。


 今は午前九時半。

 約束の三十分前。

 待ち合わせをするときは、いつもこころの方が先に来ていた。

 だから今日くらい俺が彼女を迎えてやろうと思い、こんなにも早くから待機しているのだ。

 ……というのも、半分言い訳なのだが。


 朝起きてからというもの、こころのことが頭の中にしつこいくらいこびりついて離れなかった。

 食事中も歯を磨いている最中もずっとこころのことを考えてしまうし、それは気晴らしにゲームをしようとも手につかないほど。

 最終的に居ても立ってもいられず、こんなにも早くから待機しているというオチだ。


 こころを意識しなければ、自分がこんなにも女々しいと気づくことすらなかっただろう。

 それをこころのおかげというべきか、こころのせいというべきか……。


「あれ、留衣?」


 聞き慣れたその声が耳に届き、心臓の鼓動が早くなる。

 顔を上げると、そこには衣沙こころがいた。

 黒のミニワンピースに黒のタイツというコーディネートからは体のラインがしっかりと出ていて、こころのスタイルの良さが存分に活かされており、後ろに下げてある銀髪との対比もちゃんとなされてある。


 これもまた見慣れたこころの服装。

 水族館へ行った時も、俺の誕生日プレゼントを買いに行った時も、一緒に何処かへ行くときにはいつもこの私服だった。


 なのに、胸の高鳴りが収まらない。


「随分と来るのが早いな、まだ待ち合わせの時間まで三十分もあるぞ?」

「い、言っておくがそれはこっちの台詞でもあるからな。まだ三十分もあるのに、もう来たのか?」

「そ、それは……」


 俺から目を逸して気まずそうにもじもじとするこころ。

 ……胸のつかえが少しだけ取れたような気がする。


「もしかして、いつも待ち合わせの三十分前に来てたのか?」

「る、留衣には関係ないだろっ。遅れるのが嫌だから早めに来てるだけだ」

「にしても三十分前は早すぎだろ」


 顔を赤くするこころを見ているうちに、段々と緊張が和らいできた。

 こころの言葉に対して笑いながらツッコむ余裕すら出てきている。

 もしかして、相手が緊張しているところを見ると緊張が和らぐのか?


「うるさいっ。留衣だって、いつもは私よりも後に来るくせに今日は私よりも早くきただろ。ってことは、少なくとも待ち合わせの三十分前からここで私を待ってたってことだよな?」

「うっ……まぁ、そういう可能性もなくはないよな」

「そういう可能性しかないんだよ! 一体いつからここにいたんだ?」

「……三十分前からです」

「留衣も私のこと言えないじゃないか! というか、待ち合わせの一時間前からいたのかよ!」


 しょうがないだろ、朝はお前のことで頭がいっぱいでどうしようもなかったんだから!

 反論したくもなるが、本人を前にして言うことは流石に出来ないので黙るしかなくなってしまう。


 さっきまで優位な立場にいたのに、一気に逆転されてしまった。


「どうしてそんなに前から来てたんだ」

「いつもはお前が俺を迎えてくれただろ。だから今日くらいは俺がお前を迎えようと思ってたんだよ」

「にしても一時間は早すぎだろ」

「お前がいつ来るか分かんなかったんだよ」

「だからって一時間前から待たなくても、いつも通りの時間に来ればよかっただろ」

「そういうわけにもいかなかったんだよ」


 どうでもいい言い争いを繰り広げる俺たち。

 こころもそれを感じていたのか、やがて大きなため息をついた。


「とりあえず行こう。私、並びたくない」

「それもそうだな……と、その前に」


 そう言葉を置いて、俺はこころに左手を差し出す。

 差し出されたこころは俺の手を見て固まったあと、ぎこちなく俺の顔に視線を移した。


「えっと……これは?」

「男女二人が遊園地に出かける。これってつまるところ『デート』ってやつだろ?」

「へっ?」

「だから、手の一つくらい繋ごうかと思って。……ダメか?」


 不安になりながら確認すると、こころは飛びつくように俺の手を握った。


「ダメじゃない……嬉しい」

「ん」


 顔を伏せながら呟いたこころに、素っ気なく返す俺。

 再び胸の高鳴りが帰ってきたのを感じる。

 それと同時に少し照れ臭くも幸せな気持ちが俺の心を満たしていった。


 勇気を出して誘ってよかった。


 こころの反応に安堵した俺は、まるでエスコートするかのようにこころの手を引いて遊園地を目指すのだった。

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