31話 一緒に向き合って、一緒に乗り越えて

「……と、どうなった?」


 共に帰路を辿っていたこころは開口一番にそう問いかけてきた。


「断ったよ。心苦しかったけどな」

「心苦しかったってことは、留衣はのことが好きだったってこと?」

「ただ良心が傷んだってだけだ。元々好きだったわけじゃない」

「そっか……」


 今まで不安げな表情を浮かべていたこころは、そこで初めて安堵した様子を見せた。

 ずっと、心細かったのだろう。

 俺がもし夕陽と付き合えば、自分が独りになってしまうから。


 あの時、こころは俺の傍にいたいと言ってくれた。

 俺がいいと言ってくれた。

 それは、俺が幼馴染だからなのだろうか。

 それとも……。


 いや、そういえばこころには好きな人がいるんだったな。

 だとすれば、あの言葉の意味もきっと俺が幼馴染だからなのだろう。


 ……そうか、こころには他に好きな人がいるのか。


「……なぁ、留衣」

「ん?」


 こころは俺の名前を呼ぶとともに、俺の制服の裾をきゅっと掴む。

 その表情には、先程とは違う影が満ちていた。


「本当に、傍にいてくれるんだよな? 留衣は、もうどこにも行かないんだよな?」


 まだそんな不安を抱いているのだろうか?

 少し違うような気もするが……。


「あぁ、俺はもうどこにもいかないよ」

「……そっか」

「大丈夫か?」


 今の言葉で安心してくれるかと思っていたが、彼女の顔は依然として暗いまま。

 それが妙に気になって思わず声をかけてしまったが、彼女は「大丈夫」と返すだけだった。


 どうにかして元気づけてやれないだろうか。

 かける言葉も見つけられなかった俺は沈黙が降りる中考えていると、一つの案が浮かび上がってきた。


「なぁ、こころ」

「なんだ?」


 今度は俺が彼女に名前を呼ぶ。

 伏せていた瞳を上げて俺を見上げたこころに、俺はある提案をした。


「体育祭も終わったことだし、労いも兼ねて今度どこかに遊びに行かないか?」

「遊びに……」


 こころの目が若干の光を取り戻すと同時に、俺は確かな手応えを感じた。


「どこか行きたいところとかあるか?」


 夏だから海やプールへ涼みに行こうともこころは人混みが苦手だから無理だし、水族館はこの前行ったしで適当な場所が思いつかなかった。

 俺は正直こころと行ければどこでもいいので、こころに行きたい場所を聞くことにしたのだ。


「……遊園地」

「ん?」

「遊園地、行きたい」


 一瞬聞き間違えたかとも思ったが、どうやら違うらしい。


 遊園地。

 もちろん、俺も頭の中で候補に上げていた。

 だが真っ先に消したのが遊園地だった。

 その単語を出してしまったら、彼女がまたあの時の惨状を思い出してしまうかもしれないと思ったから。

 だが、その遊園地という単語がまさか彼女から出てくるとは思わなかった。


「……その、大丈夫なのか?」


 聞いた後で聞かなければよかったと後悔したが、こころは先程よりも明るい声で話した。


「私、向き合いたいんだ」

「向き合う……」

「お父さんもお母さんも、もういない。私が殺したから」


 その言葉に、俺は顔をしかめてしまう。


 自分の不注意で車道に飛び出し、車に轢かれそうになったところを両親に庇われた。

 それは彼女の中で、自分が両親を殺したも同然なのだ。


「でも、いつまでもその過去に縛られているわけにもいかない。だからちゃんと向き合って、乗り越えたいんだ。留衣が傍にいてくれるなら、きっと私は向き合えるから」

「こころ……」


 彼女は今、進もうとしている。

 なら、俺が言える言葉は一つだった。


 前を進む彼女を、俺は後ろから抱き締める。

 瞬間、彼女の体がビクリと跳ねた。


「る、留衣!?」

「ご、ごめん! いきなりだったな……」


 駄目だ。

 今まで何とか正常でいられたが、やはりこころを意識し始めたからか心臓がドキドキしておかしくなってしまう。


 とりあえずこころから離れようと抱きつきを緩めるが、こころは俺の腕を抑えてそれを拒否した。


「こ、こころ……?」

「いきなりだったけど、嫌だったわけじゃない、から……」


 震えた声がたどたどしく言葉を紡ぐ。

 後ろからこころを抱き締めているためよく見えないが、それでもこころの耳や頬が赤く染まっているのが見えた。


 これは、抱き締めたままでいいんだよな?

 少し不安になりながらも、俺はそのまま彼女に言いたかったことを言うことにした。


「その、話が逸れたけどさ」

「うん」

「こころは、独りじゃないから。俺がいるから。だから……一緒に向き合って、一緒に乗り越えよう、な?」

「っ……!」


 目の前から息を呑む音が聞こえてくるとともに、こころは俺の腕を更に強い力で抱いた。


「うん……」


 抱き合っていなくても、彼女の温かい温もりを強く感じる。


 彼女に好きな人がいようと関係ない。

 彼女と一緒に向き合って、乗り越えて、そして振り向いてもらえるように頑張ろう。


 俺が、彼女を幸せにしたいから。


「ねぇママ、あの二人ぎゅーしてる!」

「静かにしなさい!」


 そんな通りすがりの親子によって、俺たちは羞恥を限りなく感じながら弾かれるように離れるのだった。


 そういえばここ、思いっきり外なんだよな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る